17話
「付き合う」って言葉、絶対言わないつもりだった。自分に残された時間が一年もないのに、付き合うっていうのはあまりにも無責任な行動だと思っていたからだ。
だけど今は、これしかなかった。これ以外に、春咲さんを止める方法が思いつかなかった。
「どういうこと、なの?」
春咲さんが戸惑っているのが、丸見えだった。
「とりあえずそこは危ないから、こっちに来て」
春咲さんは少し悩み、やがて小さく頷いた。そしてフェンスを超えて屋上の白いタイルの上に降り立った。
ふう、よかった。これで春咲さんも安全に……っ!
突然、目の前がぐるぐると回り始めた。緊張が解けたせいか、それとも無理に走り回ったせいか、体から力が抜けた。
「高橋!」
垂れそうになる俺を、春咲さんが支えてくれた。
「大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ…はあ、はあ、ちょっと座らせて」
俺の頼みに、春咲さんは俺を床に座らせた。俺はフェンスに背中を預けた。
呼吸は荒く、視界もまだふらついてい流。そういや、頭も少し痛い気がした。
深呼吸して落ち着かせようとしても、なぜかうまくいかなかった。
隣に座った春咲さんが、心配そうな顔をして俺を見ていた。
「本当に大丈夫? 封建室に行って方が」
「大丈夫。緊張が解けただけだから、少し休めばいい」
そう言って春咲さんを安心させた。
しばらく座っているうちに、少しずつ落ち着いてきた。めまいがだいぶ収まったころ、春咲さんが問いかけた。
「それで、さっきのあれ…どういう意味なの? か、彼氏になるって」
春咲さんの顔がほんのり赤くなっていた。
「言葉通り。俺が彼氏になって春咲さんに関する噂が全部嘘だって証明する。すると、噂も嫌がらせもなくなるはずだから」
「でも、そうしたら高橋も噂に巻き込まれるかもしれない」
「俺はいいよ」
もともと他人の視線なんてあまり気にしない性格だし、残りの時間が少ないため、嫌がらせや噂なんて怖くなかった。
「突然だし、俺のこと信用できないかもしれないけど、春咲さんを助けたい気持ちは本当だ」
「……」
春咲さんは少し目を見開いて、ぼーっと俺を見つめた。
「…あ! 誤解しないで。意図があるわけではないから。春咲さんが普通の女子生徒として生活できるようになるまで、付き合ってるふりをしようってことだから。だから…その……俺と、付き合う?」
変だった。本気で好きで告白するわけでもないのに、なぜか緊張した。制御できないほど心臓が高鳴り、顔が熱くなっていった。
俺はそっと春咲さんの顔を伺った。
えっ、ちょっと。
春咲さんの瞳には涙が溜まっていた。必死にこらえているのか、唇をギュッと噛み締めていた。しかし涙は頬を伝って流れていた。
まさか俺が告白したからっ!
「う、うわあ、も、もしかしていやだったら断ってもいいから」
「そんなんじゃない」
春咲さんは涙を拭いながら、首を横に振った。
「学校に変な噂が立ってから、私を助けてくれるって言った人は高橋が初めてだったの。それが嬉しすぎて」
涙は止まることを知らず、彼女の頬を伝って落ちた。
「だから、私なんかでよければ、その...…私と付き合ってくれる?」
「……」
どうしてだろう。「付き合う」っていう言葉が持つ破壊力のせいだろうか。あの言葉に特別な感情がこもっていないとわかっているのに、それでも心臓の鼓動がさらに速くなった。
「うん」
俺はできるだけ平静を装って答えた。けれど、どれだけ感情を抑えても、顔が熱くなるのはどうしようもなかった。




