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16話

「春咲さん! 待ってぇ」


 俺は必死に叫んだ。だが、その叫びは春咲さんには届かなかったのか、彼女は微動だにしなかった。俺は慌てて彼女のもとへ駆け出した。


「そこは危ないから、早くこっちに」

「いやだ!」


 春咲さんは鬱憤をぶつけるように声を張り上げた。その声に、俺は思わず足を止めてしまった。

 春咲さんは振り返って言った。


「もう限界なの。全部いやだ!」


 春咲さんの両目からポロポロと涙がこぼれ落ちていた。


「私がいじめられる姿、高橋だけは見られたくなかった。普通の女の子に見られたかったの。だから嘘までついて隠してきたのに」

「……」

「もう耐えられない。私についての噂も人々の視線も友達からのいじめも、もう限界なんだ。もう無理。楽になりたい。だから私を…止めないで」


 春咲さんは何かを決意したかのように、虚ろな虚空へと顔を向けた。


 まずい。本当に飛ぶつもりだ。


 春咲さんの体からは、もはや緊張感というものが感じられなかった。すぐにでも飛び降りそうだった。俺は春咲さんを止めるために、必死に駆け出した。さっきまで春咲さんを探して走り出した余波で、足は震え息切れが酷かった。だが、それでも俺は止まらなかった。

 やがて春咲さんとの距離は縮まり、あと二歩。手を伸ばせば届きそうな距離だった。春咲さんが飛び降りる前に掴もうと思って手を伸ばした刹那、彼女が虚空へ一歩踏み出した。彼女の体はゆっくりと前へ傾いていった。


「死ぬなっ!」


 かろうじで、俺は春咲さんを抱き留め、落下を防いだ。だが、春咲さんはそれが邪魔だと言わんばかりにもがいた。


「離してぇ! もう行きたくな」

「俺が君の味方になる」


 俺はきっぱりと言った。すると春咲さんは驚いたように目を見開いて呆然とした表情を浮かべた。


 こんなこと口にしてしまったら、もう後戻りはできない。だが、他に思いつく方法がないんだ。


 すごく悩んだ。でも、どう考えてもこれしかなかった。


 …ああ、もう知らん! この方法しかない。これからのことは……なんとかなるだろう。


 決断を下した俺は、春咲さんの顔を真っ直ぐに見つめて言った。


「俺と付き合おう」

「いっ、いきなりどういう」

「俺が君の彼氏になる。俺が君の味方になるから」


 俺の言葉に呆然とした春咲さんは、何も言わずに俺の顔をじっと見つめていた。俺はその視線から逃げず、真っ直ぐに見返しながら言った。


「だから……死なないで」


 俺は春咲さんに懇願した。死なないでくれ、と。俺が君の味方になるから、生きてほしい、と。

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