12話
あまりにも動揺してしまったため、一瞬思考が止まってしまった。
今まで雄太の前で薬を飲んだこと一度もなかった。まだ一年後に死ぬんだと話してないのに、薬を飲むところを見られたら、それ何の薬なんだ、どうして飲むんだ。と聞かれるに決まってるから。そうなれば、自分の寿命のことも話さなければならなくなる。だから雄太には、薬を飲む姿を見せないようにしてきたのだ。
それなのに、こんなミスをするなんて。
もっと注意するべきだった。ただ早く飲んで、屋上に行かなきゃ、それだけ考えていて全然注意していなかった。
「おい、無視してんのか」
止まった思考の中、雄太の声が割り込んできた。
「その薬、なんだって聞いてるんだけど。どっか悪いんか」
「それが、だから…」
まずい。なんて誤魔化せばいいのか、全然わからない。
この状況をやり過ごすための適当な言い訳を考えている間にも、雄太はじっとこっちを見つめて、「早く答えろ」って圧をかけてきた。それで俺はそっと目を逸らして答えた。
「か、風邪薬だよ、ただの」
「風邪薬? お前、風邪ひいてんのか。今春だぞ?」
「それが、ちょっと風邪気味でさ。はは」
適当に笑って、この話を終わらせようとした。しかし雄太は何を考えているのかわからない表情をして俺を見つめていた。
「…そっか。早く治せよ」
「え、あ、うん。ありがとう」
次からは、もっと気をつけないと。いつまで風邪薬だなんて嘘をつき通せるわけがないから。
「それよりさ、昨日雛とデートしてたけど。最近流行ってる映画を…ちょっと、なんで立つんだ」
「もう食べ終わったから」
俺の言葉に、雄太はじっと俺を見上げた。
「最初に言っただろ。食べ終わったら行くって」
「は? 俺の話聞いてから行けよ」
「また今度に」
今ここで雄太の話を最後まで聞いていたら、昼休みが終わるまで屋上に行けなくなるに違いなかった。
「じゃあな」
そう言って俺はそのまま教室を出た。雄太の視線で後頭部がチクチクしたけど、必死に無視した。
いつも通り廊下に出て階段を上っていった。少し遅くはなったが、周囲の風景はいつもと変わらないなと思った。屋上へ続く階段を上るまでは。
春咲さんを待たせないようにいつもより早いペースで、一段ずつ階段を上っていた、その時だった。普段は誰も使わないはずなのに、今日は珍しく女子生徒のグループが向こうから降りてきた。
珍しいね。この時間に屋上に行く人なんて、俺と春咲さんくらいなのに…。
まあ屋上は俺のものってわけでもないし、誰でも使える場所なんだから。と思って特に気にせず階段を上り続けた。そうして女子グループとの距離が縮まりすれ違おうとした、その瞬間だった。
「春咲、あいつあんなところに隠れてたんだ。うざい。次は逃げられないように」
…今、春咲って言った?
俺は思わず振り返った。もうずいぶん下まで降りてしまって、それ以上会話の内容は聞こえなかった。
まさか、違うだろう。
そう思いつつ階段を上った。頭では違うと思い込んでいるのに、なぜか足はどんどん早くなってきた。階段を一段一段上るたびに胸の奥で不安が膨らんでいった。
頼むから、違ってくれ。
不安が次第に確信へ変わり、いつの間にか、俺は「違ってくれ」と祈っていた。やがて屋上の扉を勢いよく開け放ち、飛び込んだ瞬間、目の前の光景に足が止まった。
「春咲さん!」
屋上の真ん中で、春咲さんはボコボコになったまあま、床に倒れていた。




