3-05 魔法少女コノハラズリ☆スプリングのいない街
戦いに疲れた魔法少女と行く、エスケープトラベルストーリー。
家族思いの男子高校生「蓮」はある日、街を騒がす神出鬼没の怪人に襲われ、抵抗する間もなく命を奪われそうになる。
その時、眩い光を散らし彼を助けたのは、半年前に人々の前から姿を消した「魔法少女コノハラズリ☆スプリング」だった。
事件をきっかけに魔法少女の正体を知った蓮に、彼女は人々の前から消えた理由を語る。
「死ねない身体、終わらない戦い。もう、守ることに疲れたんだよ……」
そして蓮は彼女から、ひとつだけ願いを叶える代わりに、とある場所についてきて欲しいと頼まれる。
しかしなおもコノハラズリ☆スプリングを戦わせようとする政府の職員が行く手をさえ切り、2人の旅路に様々な思惑が絡み合う。
魔法少女の短い逃避行、忘れられない春休みが始まる────
コノハラズリ☆スプリングは、この街を守っていた魔法少女の名前だ。
文武両道、才色兼備、怪人虐殺の三拍子が揃った彼女は、怪人に襲われた時に助けを呼べば、いつでも駆けつけてくれる救いのヒーローだった。
「どこ行っちゃったんだろうなぁ……」
「なにが?」
とある平日の朝、ニュースを見ながらつい呟いてしまったのを、妹の葉瑠に聞かれてしまった。
「コノハラズリだよ。いなくなって、半年くらいだっけ? この街、物騒になったよな」
「あぁうん。そう、だね……」
彼女がいなくなってしまった理由を、僕ら一般市民は誰も知らない。
市役所の人とかは知ってるんだろうけれど、そういうのは彼女のプライバシーだとかで、市民には伝えられないみたいだ。
最後に倒したのが魔法少女特化のウイルスをばらまく怪人だったとか、怪人の巣に囚われてしまったとか言われてるけど、どれもまぁ都市伝説の域を出ない。
「でもでもお兄ちゃん! ネットで言ってたけど、魔法少女って痛くて怖くて、とっても大変なんだって」
「まぁだろうね」
市民が撮った動画がよくSNSで拡散されていたけれど、怪人に腕をもがれたり胸を貫かれたりで、その戦いはかなり苦しそうだ。
魔法少女は不死身で傷もすぐに治るし強いから、最後にはなんだかんだ勝ってしまうんだけれど。
「うん、そう。だからきっと魔法少女やるのも大変なんだよ……」
「そんな勝手な話あるかよ、一般市民が死んでんだぞ」
「か、勝手────まぁ、うん……」
その言葉を聞いて、葉瑠は黙ってしまった。
少し意地悪なことを言ってしまった気もするけど、僕の言うことだってこの街のほとんどの人が思ってるはずだ。
今も丁度ニュースでやっているのは、この街で昨日、怪人が暴れたという話題。
その怪人は相当強かったらしくて、軍隊も一般人も、死傷者が出たらしい。
他所の街の魔法少女は頼れないみたいだし、そんな物騒ではおちおち高校にも通えない。
僕たちの家庭だって、もう無関係ではなくなってしまったし────
「まぁ、だから葉瑠も気を付けろよ。魔法少女はもう、助けてくれないんだから」
「わ、分かってるよ。あっ、もうこんな時間!」
そんな適当な返事をして、葉瑠は席を立ってしまった。
慌ただしい音を立てて、中学に行く準備をする。
「行ってきま────あっ! そだそだ、言い忘れてた!」
「何だよ、早く行けよ」
「愛してるよ、おにーちゃん」
じゃーねと言って、妹は早足で行ってしまった。
何だ気持ち悪いと思ってから、テレビに目を戻して気がつく。
そうか、今日は3月15日。
「僕の誕生日か……」
◇
「誕生日おーめでとー蓮! 帰り何奢る? ラーメンでいいよな」
「勝手に決めんなよ」
放課後、同じ学年の颯太が絡んできた。
小学校の頃からの幼馴染みで変なヤツ。
けれど正直、僕はコイツといるときが一番楽しかった。
「いいよ別に、その気持ちだけで充分」
「ちぇ、少しは人の親切受けとれよ。このこの~」
「ちょっ、やーめーろっ!」
脇腹を小突かれて、変な声が出そうになる。
コイツ、弱いの分かっててやってやがる。
「ラーメンの誘いは、ごめん。今日は家で、家族と誕生会なんだよ。多分」
「あーそっか。蓮のウチ、恒例だもんな」
変な習慣だけど、家族の誰かが誕生日の日は、必ず皆で祝うのがウチのしきたりみたいなもんだった。
まぁ別にいなくても親からのおとがめは無いだろうけど、主役の僕がいないというのも家族に悪い。
「じゃ、ラーメンはまた今度だな」
「だから何でメニュー決定して────あ、いや。やっぱそれでいいや。明日、良ければ一緒に行こう」
「え、何で? お前ラーメン苦手じゃん」
知ってて誘ったのかコイツ。全くいい性格してるよ。
僕は少し間を置いてから、ようやく口を開く決心をした。
「実は僕、転校することになってさ。最後の思い出つーか」
「えっ…………」
それを聞いて、颯太は呆然と立ち止まった。
「て、転校!?」
「うん。来年度からはもう、次の高校。こんなギリギリまで言い出せなくて、ホントごめんっ!」
「そう、なん、だ……」
僕の転校がそんなにショックだったのか、颯太は黙ってそう呟くばかりだった。
正直もっと軽く流されると思ってたので、結構意外だ。
「蓮、もしかして転校の理由って、やっぱ……」
「うん」
魔法少女コノハラズリ☆スプリングの不在が原因だ。
僕ら以外にも、危険になってしまったこの街から離れる人は沢山いる。
「そっか、そうだよな……」
「まぁ、そうは言ってもそこまで遠いとこじゃないしさ。住所また送るから、お前も遊び来いよ」
「────分かった、楽しみにしてる。あと明日のラーメンは奢れよ」
こっちが奢るのかよと心の中でつっこんでから、僕は道の向こうを歩く影に気がついた。
「あ、ごめん颯太。僕ここで別れるわ」
「えーつれないな────って、なるほど? そゆことね」
僕の目線の先を辿って、颯太も納得したようだった。
そこにはホールケーキを危なっかしく運ぶ、葉瑠の姿。
「昔からホント、妹ちゃんに青春してるね」
「違うから」
僕たちは、そのまま軽く手を振って別れた。
◇
「ありがとーお兄ちゃん、正直ホント助かりました!」
「いいよ、ケーキ落とされちゃ叶わんし」
辺りが夜の闇に包まれる街を、2人で歩く。
そう言えばこうして妹と帰るのは、初めてな気がする。
なんだかそう思うと、少し照れ臭い。
「まぁ葉瑠はドジだし、兄ちゃんが助けてやらないとな────おい、どした?」
いつもなら抗議ぐらいしてくるのに、今日に限って妹は無反応だった。
代わりに周りを、キョロキョロ見ている。
「あれ、お兄ちゃん、何か変じゃない?」
「何が?」
そんなこと言ったって、僕にとっては何も変わらない夜の街並みにしか見えなかった。
変な事なんて────
「そうだ違うよ! この時間、まだこんなに暗いはずない!」
「あっ……」
確かに葉瑠の言う通り今の時間帯は夕方くらいで、こんなに真っ暗になっているはずがない。
そしてこの街での共通認識。そう言うときは大抵、ヤバい。
「近くに怪人がいる!?」
神出鬼没の怪人、けれど急に周りの様子が変わるのは、唯一その接近を見分ける確かな方法だ。
「早く逃げようお兄ちゃん!」
「う、うん……!」
大丈夫、大丈夫。絶対無事に帰れるはずだ。
そう自分に言い聞かせて、来た道を葉瑠と走って戻る。
そして何とか、あと少しで大通りに戻れると安心した時────不運なことに、角を曲がった先にそれはいた。
「あっ…………!」
映画に出てくるようなゾンビの両手に、そのまま巨大な鎌が着いた、いかにもな怪人。
そしてそいつは、僕らが逃げる間もなく刃を振り上げ、先を走っていた葉瑠を切りつける。
胸の辺りをざっくりと、深く深く。
ドサリと妹が、コンクリの道に倒れる音がした────
「は、葉瑠っ!!」
僕は妹に駆け寄る、周りにケーキが飛び散る。
クリームの白がすぐ、赤に塗り潰される。
傷から血が溢れる、止まらない、止められない。
「しっかりしろ、すぐに救急車と魔法少女呼ぶから! それと、それから!!」
「誰か、お兄ちゃ……を、助け…………」
それを最後に、妹の腕から力が抜けた。目を開けたまま動かなくなる。
声をあげたいのに、声が出ない。逃げたいのに、逃げれない。助けたいのに、助けられない。
だめ、ダメ、そんなのダメだいなくなるな!
僕の一番大切な宝物なのに、守らなきゃいけなかったのに!
妹の名前は、若い頃にうちの両親を怪人から助けた、魔法少女コノハラズリ☆スプリングにちなんで付けられた。
なのに、その魔法少女がよりにもよって、こんな時にいないだなんて────
「はっ!」
顔を上げると、目の前でまた怪人が、刃を振りかぶっていた。
僕を狙っている、妹と同じように僕の命も刈り取るつもりだ。
僕も、死ぬ────そんな事を考えた瞬間、目の前で碧い光が飛び散った。
「“エイプリール・デストロイレイ”!」
その光のシャワーを浴びた怪人は吹っ飛び、地面を転がる。
そして振り返るとそこには、一人の少女が立っていた。
「あっ…………」
彼女の格好はいかにも奇抜な、緑と白であしらったフリルのドレスに金髪のツインテール。
その手に持つのは、まるで槍のようなステッキ。
ニュースやネットで何度も見たその姿はまさに、いつでも駆けつけてくれる救いのヒーロー。
「魔法少女コノハラズリ☆スプリング、今ここに」
彼女はこちらを一瞥すると、僕を背後に前へ出た。
今の攻撃じゃ足りなかったのか、怪人はなおも立ち上がる。
「こ、コノハラズリ…………?」
「遅れて、ごめん。君の妹ちゃん、助けられなかった。でも君は、必ず私が、守るから」
「そ────」
本当に笑っちゃう話だけれど、その時僕は、なぜか思ってしまった。
彼女の動きや仕草やしゃべり方が、僕の知り合いにそっくりだと。
そして気がつけば僕は、直感したその名前を呼んでしまっていた。
「颯太、なのか?」
「えっ……!?」
その名前にコノハラズリが怯んで、僕は確信した。
僕の幼馴染みは、半年前に失踪した、魔法少女コノハラズリ☆スプリングだったのだ────