3-19 【速報】十年後の世界から来た俺が、何故か「美少女」で「勇者」だった件!
親元を離れ憧れの一人暮らしを始めた俺、村川 陽太の前に、突然見たことのない美少女が現れた。
その美少女は、未来から来た十年後の俺だと言い、平和を脅かす魔王を倒し世界を救えと言ってくる。
「さあ、私の手を取ってください。二人で世界を救いましょう?」
なんで俺が美少女なんだとか、世界はどうなってるんだとか、いろいろ疑問はあるけどどうでもいい!
だって憧れの、ラノベのような出来事が自分の身に起きたんだからさ!
これは勇者になった俺と、十年後の俺を名乗る美少女。
そして命を狙ってくる? 自称・聖女が繰り広げる物語である!
「さあ頑張りましょうね、過去の私!」
「おうよ頑張るぜ、未来の俺!」
「騙されおバカ勇者! あんたなんか大嫌いよーっ!」
――玄関の前に、見たこともないような美少女が立っていた。
妖精のように白い肌、ピンクがかった銀色の長い髪、宝石のように美しいライトグリーンの瞳。
ただそれ以上に俺の目をくぎ付けにしたのは……その衣装だ。彼女はまるでゲームのキャラが着ているような、可愛らしいドレス鎧を身にまとっていた。
えっ、なにこの状況。というか、なにこの子。
コスプレイヤー?
それともまさか……異世界から来た……とか?
なんてな……。
俺があれこれ考えてたら、美少女がニッコリ笑って言った。
「おはようございまーす。入りますねー」
美少女が口を開く。まるで鈴の鳴るような綺麗な声だ。
つい聞きほれてたら、美少女は俺の横をすり抜けて勝手に入っていく。
「では、おじゃましま~す……あれ? この場合は、“ただいま”なのかな?」
「え、ただいま?」
「わぁ、この部屋すっごーい!」
「じゃないっ、いやちょっと、勝手に!」
俺は慌てて中に戻った。
部屋には俺が推してるゲームのヒロイングッズがあちこち飾ってある。
どれもこれも勉学の合間をぬって……いやすみません、ウソ言いました。
ゲームの合間をぬって励んだバイト代を費やして迎えた、大事なグッズたち。
その中で興味津々にグッズを見てる、白い鎧に赤いマント、腰に立派な剣を携えた美少女は、確かにヒロインちゃんとそっくり……かも。
最近はラノベとかマンガでもよく見るよな。
異世界転移とか、異世界から来たとか、さ。
だけど不審者の可能性も考えて、一応……。
「あの……どちらさま?」
「え? あはは、そっか。私ったらうっかりしてた! ごめんね!」
そう言うと彼女は姿勢を正し、俺に向かってこう言った。
「私はヒナタ、十年後の世界から来た勇者なんです!」
「勇者……陽太? って、俺と同じ名前?」
「もちろん同じですよ、だって私は……」
彼女は少し間を置くと、こう続けた。
「十年後の未来から来た、貴方なんですからっ!」
***
ふぅ――とりあえず落ち着こう。
俺は二人分のお茶を入れ、テーブルへと運んだ。
彼女は俺が持ってきたお茶を見て、目をキラキラさせている。
「これ“緑茶”ですよね。確かに緑っぽい色だけど……これって本当に飲み物なんですか?」
「え? 十年後の世界では“緑茶”がなくなってるのか?」
「いやだな~十年ぶりで忘れてるだけですよ。知ってるに決まってるじゃないですか。なんと言っても緑茶は、私たちの世界を代表する飲み物ですよねっ!」
「ま、まあ……そういうことにしておこうか」
彼女は恐る恐る口をつけると……その味に驚いたのか、目を大きく見開いた。そしてゴクリ、と喉を鳴らす。
「あ、美味しい。私この味好きです!」
「それは良かった……じゃないんだよ!」
「はい?」
そんなキョトンとした目で俺を見るなよ。可愛いすぎるだろ……って、違う違う!
もしもこの子が本当のことを言ってるなら、目の前にいるのは俺なんだぞ?
ゲーム好きであんまり冴えない大学生、村川 陽太の未来なんだ!
自分で自分に可愛いって言うとか気持ち悪いだろ。
……だけどもしかしたら……俺じゃない可能性はないだろうか……?
「君は本当に俺なわけ? 証拠とかは?」
「あ~なるほど、そう来ますか」
彼女はお茶を一口飲むと、コトンと湯飲みを置いた。
「そこにあるのは愛用の“パソコン”ってやつですよね?」
「そうだけど……それがどうかした?」
「隠しフォルダの名前は『テスト勉強』、『お世話』、『芸術』……だったかな?」
「は? え、いや……え?」
「どうです、当たってますよね?」
「ウソだろ……な、なぜ、オレのお宝画像の保存先を知っているんだ」
おいおいマジかよ!
この美少女は俺のパソコンの中身まで知っている!
間違いない! これは間違いなく非現実的事態がコンニチハだ!
「えへへ、これで本人だって信じてもらえました?」
「信じた信じた! だけど君が本当に俺で、未来の自分だと名乗るなら……」
「名乗るといいますか、本人なんですけど?」
「じゃあ俺は一体誰なんだ?」
「十年前の私、ですよね?」
美少女……いや、ヒナタちゃんはさも当たり前のことを話すように、首を傾げながら答える。けど。
「よく見てくれ、俺男だよ、男。生まれてからずっと男なんだ。しかも今は十九歳だぞ。十年経って、なんで美少女になってるんだ? しかも年齢だって」
だってヒナタちゃんは今の俺と同じくらいだもんな。計算が合わない。
「あ、それはですね……えっと」
ヒナタちゃんは少し間を置くと、俺の目を見てこう言った。
「十年後の世界は、多様性と医学とか魔法とか色々進化して、性別も年齢も自由に変えられるんですよ」
「な、なんだってー! って……ん? 魔法?」
「はい、魔法です」
「魔法!」
俺は思わず叫んだ。
「なんで世界に魔法が!?」
「それはですね……」
彼女は少し間を置くと、こう続けた。
「実は……この世界は間もなく、異世界とつながってしまうんです」
「へ? い、異世界……?」
「はい。異世界とつながってしばらくは混乱しましたが、すぐに世界は平和になったんです。でも……」
ヒナタちゃんは急に真剣な顔になった。そして少しトーンを落としながら話し出す。
「異世界には魔物や魔王がいて、こちらの世界へ侵攻を始めたんです」
「なんと!」
「それで私は……十年後の未来から“正しい歴史”に変えるため、そしてアナタを幸せな未来に導くため来ました」
「ど、ど、どうして俺が、俺を?」
「それは、世界を守る事が出来るのは過去の私……つまり選ばれし勇者の力を持つ貴方だけだからです!」
「勇者? 俺が……勇者?」
俺は思わず自分の頬をつねった。痛い。これは夢じゃないようだ。
やったぞ俺。本当にラノベの世界だ!!
「うーん。この単純さ……これも勇者の素養なのかな……」
「何か言った?」
「ううん、なんでもないです」
ヒナタちゃんはニコっと笑った。
俺も一緒に笑う。
だけどこれで分かった。
俺はずっとこのヒロインキャラを推してたわけだな。
そして十年後、俺は推しのヒロインと同じ姿になって勇者してたってわけか……。
うーん?
今の俺はヒロイン推しだけど、別に同化したいわけじゃなくて……まあ、十年後の俺は何か心境の変化でもあったのかな。
「さぁ、あのクソ生意気な聖女がアナタの前に現れる前に、今すぐ呪文を唱えましょう」
「クソ生意気な? え?」
「あー何でもありません。私の言葉をマネして続けてくださいね」
ヒナタちゃんは、俺の耳元にそっと顔を寄せると……こう囁いた。
『異世界につながる門よ! 今こそ我の声に応えて、その門を開きたまえ! ……はい!』
「異世界につながる門よ、今こそ我の声に応えて、その門を開きたまえ……」
――急に目の前の空間にヒビが入る。そしてガラスのように割れた。
そこに広がっていたのは違う世界。
広い野原の奥に山が見えて、そして、あそこを飛んでるのは……えええ? ドラゴン?
「ひょっとして、これが魔物や魔王がはびこる異世界ってやつなのか?」
「はい、“剣と魔法の異世界イヴァール”へようこそ!」
「ようこそ……って、うわ!」
俺は慌てて立ち上がったが、バランスを崩して思わず床に転んでしまう。するとヒナタさんはクスッと笑った。
「だーいじょうぶですって。さあ落ち着いて……」
俺が転ぶのは予想通りだったみたいだ。
ヒナタちゃんは俺に向かって手を伸ばすと、微笑みながらこう言ったのだった。
「さあ、私の手を取ってください。二人で世界を救いましょう?」
***
<Side:聖女>
「うう、緊張するわ。相手は世界を救う勇者だもんね。でも、大丈夫、神に選ばれた聖女として、立派に役目をはたしてみせるんだから!」
今日は私が“剣と魔法の異世界イヴァール”から救世主を迎えに異世界へ行く日。
聖なる祈りの力で勇者様の世界に転移して、この世界へと導くのが私の役目なの。
「聖女様、そろそろ出発のお時間です。お着替えは済みましたか?」
「……ねえ、この“異世界の制服”っていうの、ちゃんと私に似合ってる?」
「え? はい、もちろんです。お洋服も、肩までに切った黒髪も、よくお似合いです」
侍女はそう言うと、少し首を傾げた。
「でも聖女様、なんだか今日はいつもと違って見えますね」
「そ、そうかしら?」
「はい。だって今日はいつもよりソワソワしてるというか……心が弾んでいるような……あ、もしかして……あこがれの勇者様に会えるからですか?」
「……違うわ」
「ふふ。隠さなくてもいいですよ!」
「もう……違うって言ってるでしょ?」
私はプイっと横を向く。
まったく、この人は鋭いんだから! 勇者様に会うのが楽しみなんて……そんな訳……あるに決まってるじゃない。
だって小さい頃からずっとずっと、この瞬間を待ちわびてたんだから。
「ふふ、聖女様もやっぱり女の子なんですね~」
そう言うと、侍女は嬉しそうに笑った。
「ほらほら、早く行きませんと、誰かに勇者様を取られちゃうかもしれませんよ? たとえば、未来を変えたい魔王とか」
「う、そんなことさせないよ! よーし! 行こう!」
私は気合を入れて立ち上がる。
勇者様はどんな人かしら? きっと素敵な男性に違いないわ。
だって私と一緒に魔王を倒す旅に出る、運命の相手だもの!