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3-01 片ロール令嬢のドリルは伊達じゃない

──ドリル。


『縦ロール』とも言われるそれは貴族令嬢にのみ許された頭の左右にぶら下がる円錐が特徴の髪型であり、令嬢の価値を決めるもの。

ドリルが大きければいいという訳でもない。形、色合い、毛並み、全てを兼ね備えたドリルこそが至上。貴族令嬢の中で最高に優れたドリルは『神のドリル』と呼ばれ、『神のドリル』を持つ者は王家に嫁ぐ権利を与えられる。


『神のドリル』に最も近いと言われていた伯爵令嬢のアンネローゼは、卑劣な罠にかかりドリルを失ってしまう。


令嬢同士のドリル争いから一気に転落した彼女は妹の『片ロール令嬢』シュテフィに夢を託すのだった──

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ん゛ん゛ん゛!!」


 獣のような、この世のものとは思えないほど汚らしい泣き声に私が急いで駆けつけると、そこには惨状が広がっていた。

 絨毯が敷かれた床一面に散らばる金色。そして、その中心で狂ったように泣き叫ぶ少女。

 それを見た時、私はしばらく状況が理解できず立ち尽くしてしまった。


「……これは」

「ドリルが、私のドリルがぁぁぁぁぁっ! おぉぉぉぉんんっ!」


 少女──否、姉のアンネローゼは金色をすくい上げる。その表情は真っ青を通り越して土気色をしており、彼女の絶望がひしひしと伝わってきたのだった。




 ──ドリル。


『縦ロール』とも言われるそれは貴族令嬢にのみ許された頭の左右にぶら下がる円錐が特徴の髪型であり、令嬢の価値を決めるもの。ドリルが大きければいいという訳でもない。形、色合い、毛並み、全てを兼ね備えたドリルこそが至上。貴族令嬢の中で最高に優れたドリルは『神のドリル』と呼ばれ、『神のドリル』を持つ者は王家に嫁ぐ権利を与えられる。

 顔立ちや体型や教養、家柄問わず、ドリルによってのみ令嬢の人生が決定してしまう。それがこの国の習わしだった。


 そして、私の姉の伯爵令嬢、アンネローゼ・ロシュトは『神のドリル』に最も近い存在と言われ、王子と婚約が内定していた。私の憧れでもある。

 天性の神々しい金髪は見る者全てを虜にするほどの輝きを放っており、伯爵令嬢でありながら彼女に逆らえるものはほとんどいない、全ての貴族令嬢の頂点に立っていたアンネローゼ。

 だが、今その神聖なる『ドリル』は床に散らばり見る影もない。一体誰が? どうやって? なんのために? 疑問だけが頭の中でぐるぐると巡る。


 今日、私と姉は公爵令嬢のパメラ様に招かれて公爵家主催の晩餐会に参加していたのだが、姉がお花を摘むために席を外し、公爵家の廊下でしばらく一人になった途端にこの騒ぎだ。よりにもよって令嬢たちが数年に一度王家にドリルを披露する『御前披露会(ごぜんひろうえ)』を数日後に控えたこのタイミングで……!


「お姉さま、一体何があったのですか?」

「分からないの! 廊下を歩いていたらドリルが突然」

「どうしてこんな(むご)いことを……」

「う゛う゛っ……ぐずっ……」


 姉は俯いて嗚咽を漏らし始めた。大舞台を目の前にしてドリルを失ってしまえば、人生終わったも同然だ。少なくとも婚約破棄は免れない。下手をすれば王都から追放までありえる。それほどまでに貴族令嬢は自分のドリルを大切にするし、そのドリルに手を出すことは禁忌とされている。が、現に姉のドリルは散っており、姉の地位を陥落させることを目論んだ何者かが仕組んだことに違いないだろう。犯人を特定できれば追放処分だが、できなければ『疑わしきは罰せず』の原則に則ってその限りでは無い。なんと卑劣な!


「でも、突然散るというのは不自然です。呪いか、はたまた晩餐会の食事に何か盛られていた……?」

「あらあら、どうかなさいましたの?」


 背後からキンキンと耳障りな声がした。──この声は。


「……パメラ様」


 公爵令嬢のパメラ・ベールが他数名の令嬢を連れて立っていた。彼女のドリルもブロンドの上品なドリルであり、公爵令嬢としての風格を感じさせる佇まいと飾りのついた派手なドレスと口元を隠している大きな扇が特徴だった。確か、ドリルはアンネローゼの次点と言われていたはずだ。



「み、見てはいけません!」


 私は咄嗟に腕を広げてパメラ達の前に立ちはだかった。ドリルを失った惨めな姉の姿をライバルに見せたくなかったというのが理由だが、あまり効果はなかったらしい。パメラの後ろで数人の令嬢が口元を押さえお互い顔を見合せながら「まあ大変」「一大事ですわ」みたいなことをこそこそと話し始めた。


 パメラはすぐに状況を察したようで、表情が引き締まった。


「あらあら、健気な妹さんですこと。ですが、高貴な公爵家邸の中でこのような横暴を許す訳にはいきませんのよ。どいてくださる?」


 パメラは私を押しのけるようにして、落ち込む姉に近寄ると傍らにしゃがみ込んだ。


「アンネローゼさん、犯人に心当たりは?」


 ふるふると黙って首を横に振る姉。


「とか言ってさ、本当はパメラが仕組んだことなんじゃないの?」


 腕を組みながらそんなことを口にしたのは、漆黒のドリルの男爵令嬢ミカエラだった。彼女のドリルもその形の良さから目を引くが、やはりアンネローゼには及ばない。


「ミカエラさん、言いがかりは辞めてくださる? いくらミカエラさんと言えども許しませんわよ?」

「でもさ、披露会を控えたこの時期に突然晩餐会を開いたのは公爵家だよ? どう考えても怪しいじゃん。アンネローゼが脱落すれば、王子様に嫁ぐことになるのはパメラになる公算が大きい、こんな状況で疑わない方がおかしいでしょ」

「わたくしは何もしてませんわ。公爵家の名誉に誓って」

「“形だけ”の公爵家ね」


「おほほ、そこまでですよミカエラ様」


 横から口を挟んだのは、紫色のドリルを持ち、鉄製の仮面で顔を覆った令嬢。──子爵家のアデラだ。ドリルが至上となる貴族社会において、顔の良さなど無意味にも等しい。むしろ、ドリルを際立たせるためにあえて整った顔を仮面で隠す令嬢もいる。アデラはその一人だった。物々しい仮面の効果もあって、不気味な雰囲気もまとっている。


「パメラ様がそんなことするわけありません。……おほほ」

「ふーん、どうしてそう言い切れるの?」

「おほほ、公爵家で事が起これば真っ先に疑われるのはパメラ様なのに、聡明なパメラ様がそんなことをすると思いますか? ミカエラ様は本当に何もわかっていないのですね」

「なんですって!?」

「むしろ、そうやってパメラ様に罪をなすりつけようとしている風に見えますね」


「……アデラさん、もしかしてあなたわたくしに取り入ろうとなさってるのかしら?」

「おほほ、さてどうでしょうか」


 パメラ、ミカエラ、アデラ、3人の視線が交錯する。


 そうか、“もう始まっている”のだ。次の頂点を決めるためのバトルが。ドリルでいえば2番手で横一線に並んでいた3人だったが、頂点であったアンネローゼが脱落した今、次の頂点──つまり『神のドリル』を決める必要がある。


(そのために“今”なのか……!)


 権力争いの中で犠牲になってしまった姉。その姉の目の前で、なおも争いを続ける令嬢たちに、私はふつふつと怒りの感情が湧き上がってきた。



「やめてください!」


 叫ぶと、この場の全員の視線が集中する。妙な緊張を覚えながらも、私は感情に任せて非難した。


「皆さん、姉はドリルを失い輝かしい未来までも失ってしまったのですよ!? その姉の前で、気遣う言葉もなく言い争いですか!? そんなにそれが大事なのですか!」


 パメラのドリルを指さしながらそう言うと、当のパメラは呆れたとばかりにため息をついた。


「はぁ……もちろん、大事ですわ。他人を気遣っている余裕などありませんことよ? 『片ドリル』の負け犬には分からないでしょうが」

「なんですって!? ちょっと綺麗なドリルを持ってるくらいで!」

「……シュテフィ」


 私がパメラに食ってかかろうとした時、姉がそっと手を掴んで静止した。


「やめなさい」

「でも! お姉さまは悔しくないのですか!?」

「今は控えなさい。ここは公爵家でパメラの晩餐会の最中なのよ? これ以上騒ぎを起こしてどうするの?」

「おほん……そういうことですわ。ではわたくしは誰か人を呼んで来ますわね。床が汚れてしまったので“掃除”をしなければ」


 キッと一度だけ私を睨むと、パメラ達はそのまま去っていった。その失礼な態度に私は怒り心頭に発しそうになったが、姉がそっと肩に手を置いて怒りを鎮めてくれた。



「お姉さま、私は悔しいです。あんなことをされて犯人が分からないなんて……それにもう『御前披露会』が……」

「御前披露会だけど、あなたが出なさいシュテフィ」


 姉の言葉に一瞬耳を疑う。

 先程もパメラが言っていたが、私にはドリル──つまり縦ロールが右側しかない。というのも、全て姉に遠慮してのことだった。間違っても姉を差し置いて自分のドリルが注目を集めることになどなってはならないと、小さい頃からそのようにしていた。

 それに、私のドリルは控えめで姉には遠く及ばないはず。私が御前披露会に出たとしてもパメラやミカエラやアデラに勝つことはできないだろう。そんなことを思った時、姉は続けた。


「そんなことはないわ。だって、シュテフィは私の妹じゃない。片方だけだからといって、ドリルの美しさは変わらない。不利になることはないわ」


 私は驚いて姉の顔を見つめる。立ち上がった姉──アンネローゼの表情はもう全く絶望などしていなかった。貴族令嬢としてのプライドを激しく傷つけられるようなことをされたにも関わらず、アンネローゼは既に前を向いていた。

 姉は私の耳元に顔を寄せるとこう囁く。


「いい? 御前披露会で良い評価をいただくと、王宮に出入りすることができるようになるの。そうしたら他の有力貴族令嬢たちの動向も掴みやすくなる……」

「それってつまり?」

「勝って、私にこんなことをした犯人を見つけ出して。どんな手を使ってでも構わないわ。──あなたがいる限り、“私はまだ負けてない”。覚えておきなさい、一流というのは妬まれるものだから、必ず二の矢三の矢を用意しておくものよ」

「お姉さま……」



「シュテフィ、あなたが私の代わりに『神のドリル』になるのよ」



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ドリル! よく、お嬢様の髪形に使われる縦ロール。それを大真面目に題材にする。作中に一切の笑いが無い所が笑わせてもらいました。うん、好きです。
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