3-18 「推ッ忍ッッ!!!」萌えよッ!キュン死郎伝説ッッ!!
推しは夢!
推し活は人生!
推しバトルはいつでも天王山!!
ユニットアイドル"にゃーりん⭐︎もすもす"の碧子を追う推し活民、キュン死郎は、同担ライバルのカネジとライブハウスで邂逅し、今日も推し合うのであった!!
推ッ忍!! 作者ゴリ虫が泣きながら描いた、近未来的バトルコメディー、ここに開幕!!
※あらすじで作者バレは違法?
これは偽名だ! 無問題!!
それは令和六年三月二十七日十時十分、地球が七十三万八千百十五回くらい、回った日のことである!
S県O市ライブハウスでは、猫系アイドルグループ・にゃーりん⭐︎モスモスのユニットライブが開催されることとなった!
コロナの風を置き去りに颯爽と現れる推しメン共! あらゆるドリンクを口にしながら、今か今かとアイドルの登場を待ち侘びている!
しかし! 彼らは平凡な推し活民に過ぎない!
現れたのは、寝癖のように跳ね上げた黒い短髪、Tシャツ・オン・赤チョッキの青年! 胸から腹にかけてにゃーりん⭐︎モスモスのサブリーダー金にゃ川 碧子の笑顔が描かれている!
ライブハウスの新人バイトが来場に気がつき、襟首を正す!
「彼が、伝説の推し活民……」
客の名は可能灸志郎! 推しと握手したときに心臓発作を起こし、救急搬送されたという伝説を持つ!
その逸話から、通称キュン死郎!
推し活界の凶戦士であり、先輩から危険人物と教わった男!
新人バイト、おそるおそる声をかける!
「おはようございます、ドリンクはいかがしますか?」
「ジンジャーエール」
新人バイトは男の猛獣のような双眸に恐れ慄く! しかし怯まない! 偉い! 手際よくグラスを持ち、素早く注いだジンジャーエールを差し出す。
男は出されたジンジャーエールを見て、新人を睨む。
「カナダスライは頼んでいない」
遠目で見ていた先輩がすっとんでくる!
「申ーーーーーし訳ありませんお客様! いつも頼まれるのは、ウェルキソンソですよね! すぐにお持ちしますっ!」
先輩に釣られて新人も頭を下げる! 新人は知らなかった! ジンジャーエールにも様々なメーカーがあることを!
「あ、いいです。せっかく新人さんが入れてくれたんで、こっちいただきます」
ニヤリと笑うキュン死郎! 意外と優しい!
新人バイト、パッと払われた小銭を受け取り、のしのしと遠ざかっていく男を見送って息を吐き出す。なんだ普通の人じゃないですかと呟く彼に、先輩は顔を青くする。お前は推し活民の怖さを知らないだけだ、と。
すると、背後から気配! 入口からの来客! 熟練の先輩は即座に正体に気がつき、いらっしゃいませと道を開ける!
「ドンペリのジンジャーエール割り」
新人、目を見開く! ドン・ペリニヨンをジンジャーエールで割る冒涜に驚いたわけではない! 長髪を金色に染め上げた背の高いの男から、ただならぬ雰囲気を感じたからだ!
「なんだじろじろと」
歪な片眼鏡な光る。キュン死郎より大人しい口調と裏腹に、目つきは毒蛇そのもの! 新人バイトは黙って首を振る!
先輩がへり下りながら、ドンペリのウェルキソンソ割りを渡した!
二人の前から立ち去ったその男、何者なのか? 後輩の質問に先輩が答える!
奴の名は西條院欣二! またの名を廃課金のカネジ!
さるコロナ渦中のライブ配信で、10億円相当を投げ銭した伝説を持つ男!
問題は金額ではない! なんと、この10億成金は、キュン死郎と同担なのである!!
同担! すなわち、推しが同じであること!
女ファン同死ではトラブルの種になりがちだが、男ファン同死では強い理解者であり、徒党を組むことも多いとされた!
しかし、やがて時代は変わる!!
パンデミック、災害、ユーラシア大陸の侵略戦争などで、ニュースで暗い影を落としていた日本では、推し活人口が急増! いかに推しを推せるか競い合うようになる!
初代推し活民(諸説あり)とされるゴールデン・ロダーは生前に言った。
『この世の全てを推しに置いてきた……』
世はまさに、推し活時代!!
見てろ新人、始まるぞ。先輩の言葉に、新人バイトは息を呑む。廃課金のカネジが、キュン死郎に近づくのを見た!!
「よう短髪、しけたカナダスライの味はどうだ?」
「カネジか。ジンジャー入りも悪くないぜ」
そう! あまり知られていないが、ウィルキンソンソの成分表にジンジャーはない!
(注:香料の原料には使われている)
カネジは意外だと顔を歪めるが、ニヤリと笑い直す。
「そうか、酒が飲めないお前にはジュースの味くらべしかできないってことだな」
「実に健康的だろう? 酒に費やす分をスパチャに回せる」
「……ほう。ところで今日はいい天気だな」
「全く。推しを眺めるにはいい日和だ」
ただの世間話にしか聞こえない!
だが新人バイトは知らなかった! カネジが天気の話題を口にするのは、挑戦状を叩きつけることと同義であると!
さあ、ライブ会場が暗転した! 入口が閉ざされる! シンセのビートが鳴り響き、にゃーりん⭐︎モスモスのメンバーがステージに現れる!
『猫友のみんな、こんにちはー!! 今日は私たちのライブに来てくれてありがとにゃーーーん!!』
「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」
地から盛り上がるような声援!!
廃課金のカネジ、ドンペリ割りで唇を濡らす!
キュン死郎、静かにペンライトを握る。
『今日は楽しんでいってね! さっそく、一曲目のスタートだにゃん♪』
「「推っ忍ッッッ!!!!!!!!」」
声援は二人の掛け声に押しつぶされた!!
にゃーりん⭐︎モスモスのファンたちは知っている! 勝負のコングが鳴ったのだと!!
にゃーりん⭐︎モスモスのつかみ曲は"モッスルマッスルにゃんにゃんにゃん"
サビの"モッスル・マッスル"のタイミングで左、右とペンライトを振り、"にゃんにゃんにゃん!"のタイミングで前後に振るのがファンのお約束である。
キュン死郎とカネジは、曲に合わせてそれぞれ緑のペンライトを振りかざす。予習は完璧である! 動きに一糸の乱れもない!
「ふん。わかってはいたが、なかなかやるな短髪」
「ああ、そっちこそ!」
新人バイト、遠目から困惑! どう見てもペンライトを振っているようにしか見えない!
「あれが推しバトル……? 思ったより地味……」
「バカ、じっと見るな! 目が潰れるぞ!」
先輩が小声で叫んだ次の瞬間!
カッと視界が緑に染まった!
間一髪、視界から逸らした! 腰を抜かして床に落ちる! 頭がズキズキする! 指で影をつくりちらりと見れば、カネジのペンライトが、強烈な光を放っている!
「な、なんだあれ!?」
説明しよう! カネジのペンライトは、ラスサビに合わせて閃光を放つ仕様なのだ!
「あれが推し活バトルというやつさ。さあ立て、担架を持て。これから忙しくなるぞ」
ホールのスタッフ総出で、閃光の巻き添えを喰らった人を担ぎ出す。しかし、新人バイトは首を傾げた。倒れたのはほんの数人で、思った以上に被害は少ない。
当然である! ファンはセドリを覚えるだけでなく、推し活バトルで起きえることも知っておかなくてはならない!
にゃーりん⭐︎もすもすファンにとって、カネジの閃光棒は代表格! 倒れたのはアイドルを推し始めたばかりか、情弱のひよっこ共!
新人バイトは身をもって理解した!
推しを推すのは命懸けだ!!
ならば、あの凶戦士キュン死郎はどれだけ危険なのか。新人バイトは被害者を運びながら身震いした。
しかし! 最初に出会った時に得た優しさが、好奇心をくすぐる! これはたぶん吊り橋効果!!
ふいに、カネジが片眼鏡に触れた。
「くくっ……貴様の安いペンライトとは比べものにならんだろう。この閃光にかかる費用は四百万円! これを超えられるか、キュン死郎!!」
カネジの眼鏡は最新AIを搭載した特注品! かけた金銭、労力、感情など、特定の推しに対する推し力を数値化し、その優劣を計れる代物である!
「はっ、数字にすれば推せるってわけじゃあない」
キュン死郎、動く! 両手に持つ二本のペンライトが、八本に増殖した! どういう理屈だ! まさに鉤爪のごとし、バル●グ持ちである!!
『みんなー! 次の曲、いっくよー!!』
次曲、"にゃーれんカレン♪"のイントロが響いた! ややハードでアップテンポな曲! ペンライトの色が二拍ごとに変わる!
メンバーが歌い始めた刹那! キュン死郎はペンライトを頭上で素早く回転させる!
「またそれかキュン死郎」カネジは笑う!
「目回術は児戯で地味!! 俺の閃光棒の派手さに敵うわけがない!!」
新人バイトはカネジに同感する!さっきは倒れる人が多かったが、今やなし! ぶっちゃけ見なければいい!!
「目回術? いつのライブの話だ」
キュン死郎の言葉に、カネジの笑顔が引っ込む。
「なんだ、これは。今までの推し力と違う……?」
予想とは違う技だと悟るカネジ。キュン死郎はペンライトを、ぐんと高く放り上げた。
空中回転するペンライト、ふわりと相手の直上に移動し、やがて重力に従う!
「推しが成長するように、推し活民も進化する。推しのためなら苦労も厭わない。金だけが推し活の正義じゃないッッ!!」
周りは他の推し活民に囲まれている! カネジは降り注ぐペンライトを避けられない!
「墜ちろ。直下流星ッッッッ!!」