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3-17 雨の中、路地裏書店、恋の頁

 雨が降り続くある日の下校中。

 ふと、これまで開いているのをみたことがない、路地裏の本屋が開店しているのに気付く。


「そっか、またおいで。開いてるときなら、開いてるから」


 そこで店番をしているイケメン店員とのありきたりな日常。

 雨中の書店で進む、女子高生と書店員のスロー恋愛ストーリー。

 いつもなら開いていない書店が開いていた。これだけで学生の好奇心が弾むのは仕方ないことで。

 腕時計をちらりと見れば夕方には満たない昼時。私を縛る足かせは存在しなかった。

 めったに使わない傘をさしつつの下校で疲れていたし、丁度いい。


 路地裏の少し奥まった、けれど大通りからはかろうじて見える場所。

 デカデカとした看板で「書店」とだけ書かれていた無骨な店だった。

 普段ならば何もない入り口、しかし今は「営業中」の札がちょこんと置かれていた。どうせなら、もうちょっと分かりやすくすりゃいいのに。


 初めて入る店。

 そー……っと慎重にドアを開けて、外と比べて比較的暗めの店内を見回した。

 初見感想、中も店の外装に違わず年季が入った本棚だなぁ。あ、意外と几帳面に本が並べられてるんじゃん。


「す、すみませーん……」


 そんな軽薄な内心とは裏腹に、強ばった身体は緊張している事実だけを返す。さっきのは虚勢だったらしい。

 少し小さい、遠慮がちな声が伽藍堂の本屋に響く。

 返事がない、もしかして空き家だった?んな訳ないか。


 奥まで目を凝らしてみれば、それほど遠くない場所に人影。恐怖からか悲鳴が、ヒャ……くらいまで出かけたけど我慢できた。私、凄い。


 夏の湿った空気の中、長袖のゆったりした服を着た黒髪の眼鏡イケメン

 もっとよく見てみるとピアスも開けていて真面目なだけじゃない。

 黄色い悲鳴が、キャ……くらいまで出かけたけど我慢できた。私、凄い。


 こちらが発した声には気付かなかったのか手元の本に目を落としている。

 その真剣な目つきに思わず見惚れていると、ドアがちょっと勢いついて閉まる。

 パタン、と大きくはない間の抜けたドアの音。

 けれど取り付けられたドアベルが、そうは問屋が卸さない。カランカランと小気味よい音を立てた。チクショウめ。


 彼の顔が上がり、その瞳に活字ではなく私の顔が映る。

 ぼんやりとした視線が私の頭から爪先までを彷徨った。

 うっすらと開かれた目が交錯する。

 それまでの動きが余りにもぼやっとしていて、なんだか悪い人には思えなかった。


 彼の口角が少し上がり、ニヤリと笑った。

 本が静かに閉じられる。


「おや、これはこれは。可愛らしいお客さんだね」


 うわこの人喋るんだ、なんて当たり前のことが頭を過ぎった。

 つい入り口近くの本棚に横ダッシュ。隠れてしまう。

 さっきの移動が何度も出来るなら、反復横跳び自己ベストを更新できるかもしれない。


 顔だけを本棚の影からひょっこりと出したまま店員さんを見る。

 あちらも興味深げにニコニコとこちらを見ている。

 どちらともなく視線を外さず……外さず……外さず……外せよ。なんだか負けた気分になりながら俯く。


 店の外に目を向けてみれば、しとしとと小ぶりな雨がまだ降り続けている。

 このまま雨脚の中で帰れば、家に着くころに靴を乾かさなきゃいけないくらいには濡れてしまう。

 そう強引に理由をつけて店に留まることにした。


「まぁ、しがない本やだけどさ。品揃えとかは良いはずだから見てってよ」


 その一言だけ残して視線が手元へ翻る。いつの間にか本も開かれていた。

 本棚に隠れたままジーッと彼を観察するも、微動だにしない。

 試しに私の全身見えるようにして……反応なし。それはそれで釈然としない。


 そっちがその気なら、と彼の観察を続ける。

 ラフな白のシャツに黒いジャンパー。

 普通のラフな格好の大学生といった風貌。

 時々メガネを持ち上げる動きも様になっている。

 深緑のエプロンを掛けたまま思い耽っている様子は、それすらもアクセントとしていてまるで一つの絵画のようだ。

 総評、野生のイケメン。


 カウンターにはどこのものか見当もつかないお土産がずらり。

 もしアレらが彼のものなら、これまで店が開いてなかったのも旅をしてたから。なんて意外な結末なのかもしれない。


 手元の陶器の湯呑みから湯気が立っている。

 香りからして緑茶だろうか。あと急須とポットが見えた。

 隣に備えられた菓子はカステラ。

 時々甘味を楊枝でつまんで、緑茶をズズッと啜る。

 絶対美味しい組み合わせだ。


 本棚に目を移せば、さっきまでは棚の年季の入り用で驚いていたが、それだけではない。

 雑誌や文庫本、ライトノベルから参考書まで。

 見やすく並べられていて、丁寧な仕事だと素人目でもよく分かった。


「あ、これ今学校で流行ってる本だ」


 何の変哲もない文庫本。確か何かのコンテストで受賞したのだとか。

 財布には2000円。定価750円。

 欲しいものとか差し引いて……うん、大丈夫。予定よりちょっと残る。

 本を本格的に手にとってカウンターへと持っていく。


「えっと……これ、買います」

「まいどー。ついでにカステラも食べるかい?」


 指さす机の端には爪楊枝の束。

 遠慮するのも悪い気がして、はいと返事。

 彼が代金を電卓で計算しているのを傍目に、楊枝を抜き取りカステラを口に放り込む。


 うまー。


 お兄さんがいつの間にか、彼の湯呑みとは別にお茶をついでくれていた。

 急須に入れてから時間が少し経ったお茶なのか、適度な温度まで冷まされていてすぐホッと一息つけそうな温かさ。

 至れり尽くせり、気が利きすぎて鬼ヤバ。

 お礼は後で言うことにして受け取り、一口嚥下。


「……ありがとうございます。美味しかったです」

「そりゃよかった」

「……」

「……」


 沈黙。


 当然ながら、どちらも初対面。

 相手もラフな格好とは言え仕事?の真っ最中な訳で。

 埒が明かないからこっちから質問。


「……お兄さんはさ」

「何かな?」

「ここの店員さん?」


 何当たり前のこと聞いてんだ私は。

 きょとんとした目でこちらを見つめてくる彼。

 どう二の句を繋げるか考えていると、向こうからの返事があった。


「そうだね。ここが実家で、祖父の代わりに店番やってるんだ」


 おぉ、完璧な返答。

 疑問に思ってたところ言い当てた。


 本が差し出される。さっき私が買うために渡した本。

 個人の書店ならではの、手渡しでの商品の受け渡し。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。さっそく家で読みますね」

「へぇ、いいね。じゃあそこに豆知識を一つ。本のサイズにはA5判、四六判、B6判……ってあるけど、文庫本のA6判で特に小さい部類らしいよ」

「知ってますよ」

「こりゃ手厳しい」


 彼はちょっと失礼だったかもしれない対応にもカラカラと笑った。


「せっかく持ち運びやすい大きさなんだから、いろんな景色を見せてあげて」

「意外とロマンチストなんですね」


 まあそういうことなら、ちょっと持ち出していろんなところで読んでみようかな、なんて思ったり。


「じゃあもう一つ。「文庫」はA6くらいの大きさの本を表している、とか」

「そっちは知りませんでした。いつかその知識って役に立つと思います?」

「……さぁ? ただの雑学だし、生活が豊かになる程度じゃないかな」


 んな適当な。

 けどそれくらいのほうが気楽でいい。

 まだ彼の話は終わっていなかったらしく「現に君とこれで話が出来てるからさ」と続いた。

 思わず「確かに」と真面目な顔をして相槌を打ってしまった。顔を見合わせて、二人で静かに笑う。


 本を買った。つまり書店での用事はこれで終了。

 時計を見れば夕方と言って差し支えない。いつもより一回り遅い時間。

 名残惜しいけれど、帰ることにする。ドアへと(きびす)を返し、歩を進める。


 後ろから、誰かの声が漏れた気がした。

 振り返ればさっきと変わらない様子の店員さん。

 徐ろに彼が口を開く。


「この本屋、楽しめたかい?」

「まあ、それなりには」

「そっか、またおいで。開いてるときなら、開いてるから」


 何を当たり前のことを、とは返さない。

 今まで開いてるの見たこと無いんですけど、と喉の奥まで出かけて何とか押し戻す。

 私は典型的な臆病者なのだ。

 彼とはまだ皮肉を言うほどの仲じゃあないと弁える。


「気が向いたら来ますよ」

「楽しみにしてる」


 カウンターに座ったまま笑顔で控えめに手を降っている彼を尻目に、ドアに手をかける。

 ドアをくぐっている最中にドアベルが鳴った。が、閉まると同時に聞こえなくなる。


 外は少し暗がりとなっているが、雨は止んでいる。

 これが私と、雨の日だけ開く本屋のお兄さんとの物語、その一ページ目だった。

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