3-15 恐怖! 祠人間
Z県矛螺村には「祠壊し祭り」という習わしがある。かつては成人の儀として行われていたが、時代の流れにより、中学一年生のテント研修内レクリエーションの一つとして組み込まれるようになった。
幼なじみの男子三人組・堀辺、小坂、良木は、同じく幼なじみの女子・武見に告白する権利を賭け、祠壊し祭りで勝負をする。小坂の班はより多くの祠を壊そうとして儀式の手順を省き、失敗。良木の班は森で遭難し、勝負どころではなくなってしまう。二人の前には必ず、武見が現れていた。
一方、堀辺の班は森に住む謎の妖怪・祠人間と遭遇。先生からもらったしおりの指示どおり、祠人間から逃げようとするが……。
次々と生徒たちを襲う悲劇、恐ろしい祭りの真実、祠人間の正体、大人たちが隠している秘密。本当に恐ろしいのは祠人間か? それとも人間か?
「テント研修、つまんねー。キャンプファイヤーは楽しかったけど」
「でもさ、明日の夜はアレがあるじゃん」
「そっか! アレがある!」
「「「祠壊し祭り!」」」
◇
Z県矛螺村中学校の一年生は、毎年秋に「テント合宿」なる行事に参加する。学校のグラウンドにテントを張り、二泊三日で様々な課外活動を行うのだが、山登りや農家の手伝いなど、いまいち心躍らない体験ばかりだった。
「祠壊し祭り」というのは、二泊目の夜に行われる肝試し的なイベントである。四人一組の班に分かれて森に入り、先生が隠した祠を手順どおりに壊す。村の子供はこの日のために、物心つく前から遊びとして、祠壊しを学んでいた。
かつては成人の儀として行われていたが、村に高校がなく、成人まで村に残る子供は時代の流れと共に減っていった。そこで年齢を引き下げ、修学旅行と受験で忙しくなる前の、中学一年生のテント研修で祠壊し祭りを行うようになった。
「昔々、矛螺村の悪い村長は『祠様』という神を盲信していました。村人たちに命じ、森に大量の祠を作らせたり、お布施と称して多額の年貢を払わせたりしていました。やがて村人たちの怒りは限界に達し、村長を追い出し、全ての祠を破壊しました。これらの悪しき歴史を忘れないため、我が矛螺村では『祠壊し祭り』を行うようになったのです。今夜の祠壊しは遊びではないと、肝に命じてほしい。分かりましたね?」
校長の長話に対し、生徒たちは「へーい」と緊張感に欠けた返事をする。成人の儀だった名残からか、校庭には生徒の保護者が大勢集まっていた。
「祠を壊す手順はしおりに記載してあります。必ず守ってください。いくつか注意事項はありますが、特に祠人間には注意してください。もし、祠人間を見つけたら、速やかに学校へ戻ってきてください。屋上から上げているアドバルーンが目印です。常にライトで照らしているので、遠くからでも目立つはずです。なお、先生たちは何があっても森には入れないので、必ず自力で戻ってきてください」
無責任とも取れる発言に、生徒はざわつく。
「へぇ、ずいぶん脅すんだな」
「そういう演出なんだろ」
校長の話が終わり、いよいよ森へ入るときが来た。
生徒は必要な道具を渡され、班ごとに集まる。堀辺は一班だ。
「なぁ、堀辺。うちの班と勝負しないか?」
そこへ幼なじみで、二班の小坂が賭けを持ちかけてきた。
「勝負って?」
「よりたくさんの祠を壊した班が勝ちだ。どうだ?」
「ゆ、優勝したら、何かもらえるのかい?」
同じく幼なじみで、三班の良木もおっっかなびっくり話に加わる。森が暗いので、怯えているのだ。
小坂はニヤリと笑った。
「優勝したやつは、武見に告れる!」
「武見に?」
「告る?!」
堀辺と良木は動揺を隠せない。
武見は四班の女子で、三人の幼なじみだった。美人で、賢く、少し変わった趣味の持ち主で、四人の中の誰よりも大人で、子供だった。堀辺も、良木も、勝負を持ちかけた小坂も、密かに武見へ好意を寄せていた。
「それ、罰ゲームじゃないのか?」
「運が良ければ、武見と付き合えるんだぞ? 高校は別々の進路になるんだしさ、今から思い出作っておかないと」
堀辺は東京の高校、小坂は野球の強豪校、良木は隣町の工業高校、武見は海外留学と、四人は別々の進路を目指している。
この四人で過ごせる時間は、残り少ない。ましてや、海外へ行ってしまう武見とは、卒業したらもう二度と会えないかもしれない。堀辺と良木は賭けに乗った。
「やるよ、俺」
「ぼ、僕も」
「何の話?」
話題の武見がひょこっと顔を覗かせる。男子三人はギョッとした。
「しょ、勝負だよ。誰の班が一番多く祠を壊せるか、競争することになったんだ」
「ふーん、面白そう。うちの班も参加していい? 優勝した班には、ロイコクロリディウムが寄生したカタツムリをあげるわ」
「いらん!」
堀辺の班が先生に呼ばれる。次に小坂の二班、その次に良木の三班、その次の次に武見の四班が呼ばれ、森に入った。
「また後で会おうな」
「おう! 俺の班が優勝してやるぜ」
祠を探し、バラバラの方角へ進む。このときは四人の誰も、これから起こる惨劇を予想していなかった。
◇
森は校舎を囲うように広がり、裏山まで続いている。月明かりはあるものの、懐中電灯がなければ満足に進めない。
最初に祠を見つけたのは、小坂の二班だった。真新しい、白い祠がいくつも地面に転がっている。
小坂と班員はしおりを開き、祠を壊す手順を確認した。
〈祠の処分方法〉
①祠に聖水をかけ、清める
②中にある御神体(画像①)を斧で切り離し、袋へ回収する
③祠を細かく裁断する
④裁断した祠に火を点け、速やかにその場から離れる
〈注意事項〉
・正しい順序で処分する
・御神体を除き、森で見つけたものは何も持ち帰ってはならない
・森に自生している植物や生き物を食べてはいけない
・祠人間(画像②)に捕まってはいけない(祠人間の対処方法は別途記載)
・必ず戻ってくる
「なぁ。どうせ燃やすなら、聖水かけたり、祠を切り刻む意味なくね?」
「だよな。ダンボールだろ? これ」
班員が祠の屋根を叩く。小坂も触って、確かめた。材質は重ねたダンボール、といったところか。
今は時間が惜しい。できるだけたくさん、祠を壊す必要がある。律儀に手順を守っているヒマはない。
小坂は一年生にして、野球部のエースだった。そこそこイケメンで、女子にもモテた。武見だけが、小坂をいつまでも友人扱いした。
武見はおそらく、堀辺が好きなのだ。堀辺は武見ほどではないが頭が良く、思いやりがあり、クラスの誰からも信頼されていた。堀辺が告白すれば、武見は必ず受け入れるだろう。堀辺にだけは、負けるわけにはいかない。
祠を壊した数を証明するため、御神体だけを回収し、祠に火をつけた。たちまち祠は燃え上がり、
「ギャァァァーーーーッ!!!」
と悲鳴を上げた。小坂と班員もつられて、声を上げた。
「……今のなに?」
「叫んだよね、祠」
祠はすぐに静まり、もうもうと煙を吐き出す。甘ったるく、くせになりそうな臭いだった。
小坂はふと視線を感じ、横を見た。いつのまにか、武見が立っていた。
「武見、どうした? 何でここに……」
武見はニッコリと笑った。
「小坂君が心配でついて来ちゃった。祠、ちゃんと壊せたみたいだね」
「お、おう。当たり前だろ」
「ねぇ、記念に踊ろう? 昨日のキャンプファイヤーみたいに、手を繋いでさ」
武見が小坂の手を取る。踊ったといっても、レクリエーションの一環でオクラホマミキサーを踊っただけだ。武見と手を繋いだのはほんの数分だけだったが、小坂にとっては忘れられない思い出になった。
「うふふふ」
「あははは」
小坂は武見と手を繋ぎ、燃える祠の周りで楽しそうに踊る。幼なじみとの勝負や、他の班員の存在など、どうでも良くなっていた。
◇
遅れて、堀辺の一班も祠を見つけた。遠くに祠とおぼしき、白い塊が見える。
「足元、気をつけて。ここ、ちょっと段差になっているから」
「ありがとう、堀辺君」
持ち前のリーダーシップを発揮し、班員に気を配りながら祠に近づく。祠との距離を縮めるうちに、いくつか違和感に気づいた。
まず、祠が揺れている。無風で、地面が揺れていないのに、祠だけが左右に動いている。
次に、祠の構造。祠は地面に直接建っているはずだが、見つけた祠は地面ではなく、謎の白い塊の上に建っている。その塊もモゾモゾと動いている。
堀辺と班員は顔を見合わせ、懐中電灯で祠を照らした。
「うおっ、まぶしっ!」
……祠がしゃべった。白い手で光をさえぎり、立ち上がる。
堀辺たちが見つけたのは、祠ではなかった。頭に祠を被った、全身白タイツの男だった。彼が何者なのか、堀辺たちはよく知っていた。
「ほ……祠人間だー!」
アドバルーンが見える方角へ、一斉に走り出す。「待ってくれー!」と祠人間は追ってきた。
「堀辺君、どうする?!」
「えっと、えっと……」
堀辺は走りながら、しおりをめくる。
「祠人間の対処方法その①、ライトを当てない」
「当てちゃった!」
「その②、気づかれる前に逃げる」
「もう気づかれてる!」
「その③、木の上や祠のかげに隠れる」
「その前に追いつかれそう!」
「その④、学校まで走って逃げる」
「だから、その前に追いつかれそう!」
「そもそも、祠人間ってなんなのさ?!」
「この森に住む妖怪で、かつての村長が崇めていた悪い神様……だって!」
「学校のすぐ近くにあんなもん住んでたの?! こっわ!」
「お、脅かし役の先生なんじゃない?」
班員の一人が指摘する。堀辺は祠人間を振り返り、訊ねた。
「あなた、うちの学校の先生ですか?」
「違う違う! 俺は……」
「ひっ! 違うって!」
「やっぱ、マジもんじゃねーか!」
「逃げろー!」
◇
前方に明かりが見えた。どこかの班が祠を燃やしているらしい。手順では速やかに離れなくてはならないが、燃やした班員はまだ祠の近くにいた。
「みんな、逃げろ! 祠人間だ!」
祠を燃やしていたのは、小坂の班だった。四人で手を繋ぎ、祠のまわりをぐるぐる回っている。とても楽しそうに、幸せそうに。
「うふふふ」
「あははは」
「ランランラン」
「るんたった」
「こ、小坂……?」
呆然とする堀辺の横で、追いついた祠人間がぽつりとつぶやいた。
「あーあ、あの子達も失敗しちゃったか。可哀想に」