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3-10 国内浄化ダーツの旅 ~放蕩第三王子一行の浄化ピクニック地は、必ず繁栄するらしい~

 しがない中規模国家リリス王国の第三王子・レイヴィストは、実は彼はお付きの二人と共に、各地に現れる瘴気を浄化して回っているのだが、瘴気の存在は国家機密。当然彼の功績も表には出せず、代わりに「仕事を放り出して外で遊んでばかりの放蕩王子」という悪評が囁かれている。


 報われない成果を出し続ける事は、普通ならば苦行だろう。

 しかし彼は、そもそも周りからの評価に興味がない。

 それどころか、「どうせ自分にしかできない使命に縛られるのなら、楽しくやりたい」という信条の元、レイヴィストは浄化した土地では、必ずその土地ならではの楽しいピクニックをして帰り、そのお土産話を億目もなく周りに語って聞かせていく。

 お陰で『放蕩王子』の噂は嵩を増していくけど、彼の『最大限現地を楽しむための工夫』を含んだお土産話は、元瘴気の発生区域を寂れた町から、人賑わう観光地へと生まれ変わらせる切っ掛けになっていき――?



 “王族としての義務を果たせ”

 物心ついた時からずっと、周りからそう言われ続けていた。


 大国とは言えない中規模国家・リリス王国の第三王子。

 周りから「国の跡目争いにも興味のない、放蕩王子」と呼ばれて久しい俺みたいなのにも、そんな義務が生じるというのだから世知辛い。




「ほら殿下、今日もお仕事してください」


 今日も今日とて、いかにも神経質そうな切れ長の目の男・俺付きの筆頭秘書官クライがそう言いながら、俺の机に書類をドンと積んでくる。

 思わず「うへぇ」という声が出そうな程、途方もない書類の枚数だ。

 これをこれから片付けなければならないと思ったら、何だか眩暈がしてきたような気がする。


 だから俺は、机の上に両肘を突き、顔の前で両手の指を組んでニコリと笑い、口を開いた。


「なぁクライ。俺なんかにくっついていても、出世なんて見込めない。そろそろいい加減、他の王子付きになった方がいいとは思わない?」

「何を言い出すのかと思えば。幼い時からの腐れ縁を切ろうとしたところで、今更無駄というものです」

「そこを何とか」

「無理です諦めろ」


 無理だなんて、決めつけはよくない。

 そもそも彼は、宰相の息子だ。

 有能な文官でもあるのだし、本人が本気で臨みさえすれば配置換えなんて簡単にできる。


 それをしないのはおそらく彼が彼の父や俺の父――すなわち国王陛下から「第三王子から目を離すな」と言われているからなのだろう。

 しかし、そんな事如きで自分の将来を閉ざすなんて勿体ない。

 決して口煩い側付きを遠ざけようとなんてしていないぞ。

 あくまでも俺は、彼の将来を思って言っている。


「俺を少しでも不憫に思うなら、周りから『王族の仕事を放り投げて遊びに出歩くチャランポラン王子』などと呼ばれないような立ち居振る舞いをしてください」

「周りからの俺の『放蕩王子』っていうレッテルは、今更どうにもならない。だからこうして毎回言ってやっているのに……って、ちょっと待て。流石の俺でも、そこまでひどい言われ様ではないんじゃあ?」

「さぁ? どうだろうな?」


 クライが意味深に、悪い顔で笑ってくる。


「え、流石に大丈夫だよね? セイレイン」


 心配になって後ろのメイドに真偽を求めると、空になった俺のティーカップに新しい紅茶を注いでくれていたメイドが顔を上げた。

 

「私に貴族社会の噂について聞かれましても」

「君なら同僚のメイドや通りがかりの貴族たちから、その辺の噂話くらいは抜いてこれるよね」

「貴方が周りからどう言われようと、私にとって唯一無二の主人であることに変わりはありませんから」

「そういう事を言っているんじゃなくてね?」


 二人とも優秀なのに、あっちは言う事を聞かず、こっちはあまりにも俺に対して盲目的過ぎる。

 どちらも困ったものである。


「貴方こそ困った主人ですよ」


 また俺の心を読んだのか、クライがわざとらしくため息を吐く。


「一体俺のどこが、困った主人だって?」

「じゃあその手は何だこの野郎」


 言われて、思わずキョトンとした。

 自分の手元を見てみれば、手には俺の魔力を練り上げた結晶――ガラスのように透き通り、虹色の淡い光彩を放つ『魔法のダーツの矢』を握っていた。

 おっと、いつの間に。

 

「一体何度、予告なくそれをやられた事か。俺たちも否応なく巻き込む事だと、いい加減自覚できませんか」

「別に望んで作っている訳じゃないよ」

「どうだか。あちらに行った貴方の楽しそうな様子を思えば」


 疑わしい。

 暗にそう指摘されて、ギクッとする。


 まぁ楽しんでいる事を否定はしない。

 だってこんな部屋の中でただ黙々と書類仕事に追われているよりよっぽど楽しいのだから、仕方がない。


「レイヴィスト様、ピクニックセットの準備ができました」


 セイレインが、どこからともなく持ってきた大きな風呂敷包みをよいしょと担いだ。

 何だかんだ言いながら、クライも部屋の隅に置いていた長剣を腰にび、手早く準備を終える。


 進んで準備をするなんて、クライも存外これを楽しみに――。 


「仕方がなくです」


 チッ、また勝手に俺の顔色を読んだか。


 ……まぁいいや。

 先程からずっと、「早くダーツを投げなければ」と()()()()()()()()()()ような感覚がする。

 早く、投げなければ。


 その衝動に素直に従えば、体が独りでにスッとダーツの矢を構えた。


 矢の先には、壁に貼られた国家地図がある。

 国内と、国に隣接する他国の領地が描かれた地図。

 そちらに向かって、どこを狙うわけでもなく、ただ投げる。


 ストンという音と共に、矢先が地図のある一点を突き刺した。


「――タルラボク子爵家、ルヴィア」


 クライが自然と、その都市の名を口にする。


 瞬間。

 俺たち三人の足元に、大きな魔方陣が一つ展開した。

 まばゆい白の発光が、視界をカッと塗りつぶす。




「……何度やっても、慣れないな」


 クライの嘆く声を乗せた風が耳の横を抜け、通り過ぎていった。

 緑と土の香りが鼻を抜ける。

 執務室にいれば、本来嗅ぐ筈のない匂いだ。

 しかしまぁそれも当たり前だろう。


 辺りは木々に囲まれていた。

 どうやら今回のダーツの矢による転移先は、ルヴィアという都市の中でも森の中だったようである。


「レイヴィスト様、そのままではお風邪を召されますので」


 流石は優秀なメイド。

 セイレインから渡された上着を羽織ると、少し肌寒かったのがちょうどいい体感温度になった。


「今のところ、特に異常はないみたいだけど、どう思う?」

「目に見えるところに異常がないからって、何もないとは思えません。殿下のダーツには、必ず『異常が起きる程の瘴気が生まれた時、その場所を指し示し転移する』という制約が付き纏う。貴方はそういう宿命の持ち主なのですから」


 王族が秘匿する重要機密の一つ、それが国を混沌に陥れる悪の気・瘴気の存在と、それを予知し浄化する能力を有した王子の誕生だ。

 俺は国の機密そのものであり、ダーツの矢により予知した場所に一瞬で移動――すなわち転移する事ができるという特異性を持つ。


 それらすべてが秘匿である故に、俺は今後も一生『放蕩王子』というレッテルの中で生きる事になるだろう。

 そうやって、自分の人生を犠牲にして国を救えるのなら本望……だとはまったく思っていない。

 やるべき事をやらなければ世界が滅ぶようなので、やるべき事はやるつもりだが、せっかくなら楽しくやってやる。

 それが俺の信条だ。


「今日も楽しみだね、ピクニック」

「はぁ。これから瘴気まみれになったせいで凶暴化した生き物を倒さなければならないというのに、どうしてお前はそう緊張感がないのか」

「あれ? クライ、いつもの敬語が完全に取れちゃっているけど?」

「こんな誰もいないような場所で、わざわざ取り繕うのは面倒だ」


 そう言ってフンッと鼻を鳴らしたクライが、あまりにらしくて思わず笑う。


 昔から、クライは俺の数少ない『対等に会話をしてくれる相手』だ。

 俺はクライのこういうところは、結構好きである。


「で? どこだ、敵は」

「うーん。なんかあっちが、ちょっとモヤッと?」

「相変わらずザコい感受性だな」


 そう言いながら、連れ立って歩き出す。



 辺りは静かで、何の気配もない。


「この辺にいる魔物っていう事は、樹木属かな」

「いや、ゴーレムと水霊属の筈だ」

「え、でもここ、見渡す限りの森だよ?」

「見た目はな。元は岩の多い沼地だった場所だ。そこを一代前の子爵家の当主が、王都主導で別都市に対して行った緑化運動っていう革命をミーハー心で取り入れて、土を入れて埋め立て草木を植えたんだとか」


 ふぅん、なるほど。

 それなら確かに出てくる魔物が、景色に反しているのも納得だ。


「たしか、沼は一部そのまま沼としてまだあるっていう話だが」


 ルヴィアは、廃れかけの中都市だ。

 王国内では目立たない田舎。

 クライは自分の聞いた話がその土地の今に即しているのか、おそらく半信半疑なのだろう。


「ならじゃあ、もしその情報が合っていれば、俺たちが倒すべき今回の敵は、水霊属かゴーレムのどちらかっていう事に――」

「水音!!」


 ここまでずっと淡々と紡がれてきたセイレインの声が、初めて鋭い警告を発した。


 クライが剣を抜き構え、セイレインが服の袖から暗器を出す。 

 カキィンという音を最初に響かせたのは、セイレインの方だ。


 大きく一歩前に踏み込んで飛んできた物をはじき返したセイレインは、「石。相手はゴーレム」と端的に情報を落としてくれる。

 しかしそれはある種正解で、ある種間違った情報だった。


「あぁ、これは少し厄介そうだね」


 相対するのは、禍々しい瘴気を放っている、体長三メートルほどの水霊属――大ワニだ。

 しかしその体は、花咲く石甲冑で守られている。


「水霊属にゴーレムが寄生。つまり両者の弱点はどちらも効かず、どちらの力も使える状態ですか」

「本来両者は、寄生状態にはなり得ない筈だが、何故」

「先代子爵の植林のせいじゃないかな?」


 甲冑に花が咲いているのを見るに、おそらく樹木属が最悪にも、本来なら相容れない両者の仲立ちの役割を担っている。

 そして本来ここにいない筈の樹木属がここにいるのは、きっと。


「ミーハー心が新たな生態系を作り、樹木属の魔物を生息させるに至ったっていう事か!」



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クライが「じゃあその手は何だこの野郎」と言った時、てっきりセイレインのお尻でも触っているのかと思った。いかん、私の心が汚れている。 異世界水戸黄門かな? ちなみに従者のクライにセイレインってどちらも声…
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