40.漢、ようやく動く(誤解されている者もあり)
ふわぁーあ、とハットリは大きな欠伸をしてしまう。
本来ならサイゾウやキキョウといったニンジャの仲間たちが咎めるところだ。
実際は退屈としている態度に、とても共感してしまっている。
しかもまだ会話は続きそうだ。
叱るまでいかない。
なにせ参加はユリウスだけでなくなった。
「団長ぉ〜、どさくさで貶すのは感心しませんね〜。まぁ多少譲って、オレの女遊びについて言われるのはまだしも、両刀使いのイザークと同類みたいなの、やめてくださいよぉー」
ヨシツネの抗議に、ユリウスが「おお、すまん」とすんなり謝ったからこそ強い反駁が上がった。
「待て待て、なにか凄い誤解をしていないか。私は誰彼構わず口説くような恥知らずではない」
「そうなのか?」
あまりに裏がないユリウスの反応だけに、イザークは声を荒げる。
「当たり前だ! 女なら誰でもなヨシツネと違って相手を選んで誘うし、男性には興味ない」
「あれ? でも士官学校の時、フリなんとかという男の後輩から告白されてなかったか」
ユリウスは名前が覚えられない一面を披露しつつ、ばらしている。
敵も味方もない、衆人環視されるなかで。
反応が素早かった人物は問題を挙げた漢の婚約者とお付きの侍女だった。
「イザーク様って、男性からも好意を寄せられたりするのですか」
「男性と男性の愛の形とはどういうものか。ツバキ、気になります」
食いつきのいいプリムラとツバキの目は輝いている。まさに恋バナ大好きな女子二人といった感である。
姫様もツバキ姐さんもー、とキキョウが嘆いていた。
広まる誤解にイザークは頭を抱えたい。
しかも選りによってとする人物が鵜呑みして怒ってきた。
「屈辱だ。まさか男色家と同列視されるなど、侮辱の何物でもない。グルネス皇国の王として看過できない」
本気で言うカナン皇王がいた。
イザークとしては、ちょっと待てである。変なところでユリウスの影響を受けるな、と正したい。だが阻む者は例のごとくだ。
「カナンよ。愛に男も女もないぞ。恥じることではない」
制して私見を述べるユリウスへ、イザークこそ本気で抗議したい。そうなんだ、とニンジャのハットリまで納得してくる。何がなんでも誤解は解かなければならない。
物事は肝心な際に起こるものである。
一向に戦闘へ入りそうもなかったのに、ここへ来てだ。
「許しませんよ、ユリウス・ラスボーン。ただでは殺しません。大事な婚約者をなぶり殺しにされるさまを見せつけて、後を追わせましょう」
カナン皇王のひときわ大きく挙げた予告が合図だった。
ユリウスたちを囲む皇王の親衛隊が武器を構える音を一斉に立てる。
じりっと一歩、輪を狭めてくる。
「数は百ちょいといったところかな」
聴覚の優れたベルが音だけで数を割り出す。
「思ったより少ないな」
反射的に答えるイザークの意識は当面の危機へ向かっている。つまり自身の誤解に対する抗弁する機会を失う。本人には不幸とする絶妙のタイミングで、戦闘が開始されそうだ。
うおぉおおお! とユリウスの雄叫びもある。
「カナンよ、おまえ、そこまで腐ったか!」
まるでカナン皇王を昔から知るような口振りで、けれども紛れもない怒気を放つ。
当てられた敵の騎兵が恐怖に駆られるまま向かっていった。
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まさか、としかカナン皇王は言いようがない。
「うちの団長、怒らすなよ」とヨシツネなる者が屈託なく笑いかけてくる。
「手裏剣って良い武器だね。教えてもらおうかな」と弓矢を降ろすハーフエルフは敵より仲間の少年少女へ感心を向けている。
「思った以上に、やわだったのぉ」盾だけで相手を薙ぎ倒した巨軀の男は消化不良を漂わせている。
「私は男色家でもなければ両刀使いでもない、女性が好きだ。そこは理解して欲しい」イザークと呼ばれていた長身の男はどうでもいいことを必死に訴えてくる。
何より神経を注がなければならない事柄が目前にあった。
眉間へ大剣の切っ先が迫っている。あと少し伸びれば額を刺し粉砕するだろう。
命を握る人物は未だ怒りが解けないようだ。
「なぜだ、なぜオマエは愛した者を殺すなどと考えられる。プリムラを手にかけようなどとバカな考えを持てる」
どこかユリウスの声に悲しみが滲んでいるようだったから口が開けたのかもしれない。
まさに目の前へ迫る凶器に怯みを隠せなくてもカナン皇王は叫ぶ。
「私と同じだからですよ。まだ捨ててくれた方がマシだったとする親を持つ苦しみは、他人では同情までしか寄せられない。プリムラのことは私ことカナン・キーファこそが理解できる。健やかに育ったユリウス・ラスボーン、貴方ではない」
処刑執行を促すような激白だった。
カナン皇王はもう覚悟を決めているようだ。
なにせ三桁に昇る数の直属とした騎兵が、時間にすれば十分程度であっただろうか。悉く倒された。しかも命まで取らない余裕ぶりである。
一度に複数に飛ばす矢と投げる手裏剣が動けなくする箇所を突く。目に止まらぬ槍と剣の繰り出しが相手をその場でうずくませる。巨大な盾は鈍器そのものとなって殴りつけた相手を伸していく。
なにより闘神の名を欲しいままにする騎士が振るう大剣が多勢の敵騎兵を吹き飛ばす。
反撃の余地は全くなかった。
なにをしている、とカナン皇王が叱咤激励をしかけた口の前へだった。
ぎらり、大剣が月の光りを受けて煌めく。
突如と現れた死の淵へ誘う現実に、腰を抜かしてしまう。尻を落とした時点で己の見立ての甘さを痛感し、観念した。終わりを覚悟して、最後の捨て台詞を吐いたつもりだった。
カナン皇王は重要な部分について考えが至っていない。
相手はユリウスなのだ。想像通りにいくはずがない。