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39.漢、オマエ呼ばわりする(相手は皇王)

 親衛隊として同行した騎兵の皆が驚いていた。

 カナン皇王が激昂している! 柔和な表情のなかに笑わない視線で怒りを匂わせてくる。声で感情を表すなどなかった。


 しかもこれだけの怒声を挙げさせた当人は通常運転でくる。


「わかる、わかるぞ、その叫びたい気持ち。俺だって婚約までしたくせにダメだったのか、と言われるたび大声を張り上げたかった。苦しい胸のうち、一緒だ、カナンよ」


 大きくうなずくユリウスがしみじみと寄せる同情だった。


 四天(してん)とニンジャの三人に共通の想いが走る。

 敵の首魁と言えるカナン皇王が気の毒でならない。怒って当然だと思う。ここにきて皇王を呼び捨てにするだけでなく、同情があからさまとくる。それは天然で本人に不遜の自覚がない。だからこそ厄介である。


「ホント、無礼な(やから)ですね。なんで私が戦うしか能がない貴方と一緒になりますか」


 爽やかな青年であったカナン皇王の火はすっかり点いて消えそうもない。

 剛勇は外見より中身のほうがあるみたいな(おとこ)は、飛んでくる感情の火の粉に対してどこ吹く風である。


「何を言うんだ、カナンよ。フラれ続けた者同士、想いを分かち合おうじゃないか」


 ユリウスは決してふざけていない。傍にいる者にはわかる。だが真面目ゆえにこじれてしまう物事はある。加えて相手の言う通り無礼でもある。


「ユリウス・ラスボーン。貴方は、貴方だけは生かして帰しませんよ!」


 陳腐ゆえにカナン皇王の憤怒が本物と判断できる。


 怒って当然だな、とイザークが諦めたように呟く。他の四天やニンジャの三人も聞こえてきた声に、まったくだ、とする表情を浮かべていた。


 諦めきれない者は怒らせた自覚がない肝心の人物だけだ。


「なぜだ、カナン。俺とおまえはフラれた者でなければわからない気持ちを共有しているはずだぞ。お互い、傷を舐め合えるはずだ」


 必死なユリウスの訴えだ。

 けれども届かないだろうと味方の誰もが思っている。相手は大陸第三の勢力を誇る国の王である。それを勝手に呼び捨てるだけでなく、おまえ呼ばわりにまで至った。懇親を願う場ならともかく、敵対するなかでは挑発と捉えられても文句を言えない。内容も非常に失礼な一方的な思い込みとくる。

 四天とニンジャ各自の手はそれぞれの武器へ伸びつつあった。 

 

「わかって言ってるんですか。私が望んだものを手に入れたユリウス・ラスボーンが失恋について共に語ろう? 莫迦にするのもいい加減にしてください」


 途端に、ユリウスの様子が変わった。これまで我が道をゆく活力あふれていたのが、がっくり肩を落としてきた。どうやら落ち込んでいるらしい、と周囲のいずれもが推察できる姿を見せてくる。


「そうか、そうだな。俺はなんてデリカシーのない男なんだ。おまえがフラれた相手を婚約者にしているじゃないか。すまん、許せ、カノンよ」


 素直に謝るところは良いが、どちらが皇王なのかわからぬのぉ、とアルフォンスが盾を手にはっきり聴こえる大きさで言う。ただ愉しそうだから、ユリウスには何も伝わらない。


「破棄されてばっかりだったからな。しかも三回目は別に好きになったとする相手まで紹介されたんだ。あれは辛かった。思い出すだけでも涙が湧き上がってくるようだ。だがだ!」


 ユリウスはプリムラへ目を向ける。


「俺は王女のおかげで、必要な試練だったと思えるようになった。そうだとも、プリムラのような素敵な女性といきなりだったら、婚約の有り難さを知ることは出来なかっただろう。なにせ俺はデリカシーのない男だからな」


 自分をわかっているんだか、わかってないんだか、とヨシツネが腰元から剣を引き抜く。

 団長は簡単そうで難解だよね、とベルは短弓を左手にした。


 ユリウスは再びカナン皇王へ顔を向けた。


「そういうわけで俺はカナンへ失礼を働いていたことに気づけた。ちょっと申し訳なく思ったぞ。だがな、ようやく気づけたことがある。おまえはフラれて当然だ!」

「貴方は私に謝罪したいのですか、それとも愚弄したいのですか、どっちですか!」


 すっかりカナン皇王は頭に血を昇らせている。ただしまだ、いかばかりか理性は残っているようだ。


 確かにどっちだろう、と考えるイザークは槍を構えた。


 カナンよ、とユリウスが呼びかける。

 本当に偉そうだ、と四天の四人が共通する感慨を抱くなかだ。


「おまえがプリムラを一途に想っていた事実を知った時は感動したものだ。もしかして俺に何かあった際は託せる男かもしれないと期待を抱いて、今回の使節を引き受けたところもある」


 急に深刻な内容になるから、カナン皇王だけではない。

 ユリウスさま……、と名が出されたプリムラも息を詰める。

 長年に渡る付き合いの四天でさえ、意表を突かれた感である。


「いくらデリカシーのない俺でも自分が帝国で微妙な立場になっているくらいわかっているからな」 


 ユリウスさま……、とプリムラが呼ぶ。

 ユリウスは顔を向ける代わりに背中の大剣を抜く。対峙するカナン皇王を見据えている。


「すまない、王女。こんな俺は騎士の爵位さえ失って、ただの漂流人になりそうだ。さすがに王族の姫を無為徒食の士と共にあるのはどうだろうと考えてしまった」

「そう、そうですよ。よくわかっているじゃありませんか、ユリウス・ラスボーン。貴方たちに未来はありません」


 カナン皇王が狂気にも似た喜悦でもって響かせる。ようやく会話のマウントが取れそうだった。

 けれども相手がいきなり張り上げてきた。

 バカやろー、とユリウスが怒鳴り返してきただけではない。


「そこまでわかっていながら、カナンよ。どうしてオマエは男として全くしょうもない行動を取る。イザークやヨシツネレベルだぞ。恥を知れ、恥を」


 全否定をかましてきた。相変わらず理由は飛ばしてくる。

 ただし今回は言われた当人だけではない。喩えに出された身内も黙っていられなくなる。


 話しばかりでなかなか突入しない戦闘に、ニンジャの一人は欠伸をしていた。

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