38.漢、同意を求める(怒らせもする)
ユリウスの言動がわからない。
身近にある者ならば慣れている。
ほぼ初対面ならばパニックを起こして、さもあらんだ。
「素晴らしいって、何がです。ユリウス・ラスボーンは、こんな訳わからない人物だったのですか」
涼やかな普段の姿をかなぐり捨ててカナン皇王は語気を荒げてしまう。しかも誠に始末が悪いことに、相手は気にしないどころか、さも当然と返してくる。
「なんだと、わからないのか、皇王は。困ったものだぞ、それは。なぁ?」
なんだとばかりにユリウスは仲間たちへ振り返る。四天の四人とニンジャの三人は揃って、それぞれの表現で返答する。
わかるわけがない、とする明確な意思をもって。
なんだと! ユリウスがまるで叛逆を受けたかのように驚いている。
「おまえならわかるよな?」
今度はカナン皇王のすぐ傍にある騎兵へ指差して訊いている。味方が駄目なら敵にいく。問われたほうはいい迷惑である。
「わ、わかりません……」
口ごもって答える敵の騎兵に、四天の四人とニンジャの三人はしみじみ同情した。
うぐぐ、と理解されない苦しみに唸るユリウスの袖を、くいくいと引っ張られた。向けた目に、プリムラの酷く落ち込んだ様子が写る。
「すみません。わたくしもわかりません。婚約者なのに……」
「わからなくて、当然だ、当然なんだぞ。だからプリムラが気にすることではない!」
ころり、ユリウスの態度が変わった。
調子いいっすね〜、とヨシツネの声にうなずく敵味方一同であった。
もちろんユリウスが向ける意識は婚約者だけだ。聞いてくれ、と始める。
「俺が思うにグレイは人間それ自体を好んでいない。というか、エルフとする者たちはどうやら同人種以外はあまり認めない傾向にあると考えるんだ。ドワーフや龍人たちといった他の亜人とも距離を取っていたようではないか」
「素晴らしいです、ユリウスさま。よくそこまで洞察なさいましたね」
「あ、いや、実はな。先だってエルフの連中を助けてな。それでわかった」
実は考察ではなく体験だと種明かしをするユリウスは、ちょっとバツが悪そうに頭をかいている。
「わたくしはユリウスさまの助けずにいられない人柄が最高の魅力だと思っています。素敵です」
「そそそうか、そうなのか。いや〜、嬉しいな。王女に言われるのが何よりも嬉しいぞ」 と言ってユリウスは、はっはっはっと笑う。
ふふふ、とプリムラも軽く握った右手を口許に当てて笑う。
これから将来を築こうとする二人が見せる微笑ましい姿だった。
だからこそ本来なら会話の相手であるカナン皇王は黙っていられない。
「ユリウス・ラスボーン騎士。結局、いったい貴方は何が言いたいのです」
今度は声を荒げていない。けれども怒りに震えているくらい普通にわかる。
ユリウスは普通ではなかった。
「俺は皇王に訊きたいことがある」
まさかの質問返しは「なんでしょうか」と受容する返答の引き出しに成功した。
聞く耳を持ってしまったカナン皇王に、ベルは小さく呟く。あーあ、やっちゃったね。横に居並ぶイザークとヨシツネが首を落としている。これは長くなりそうだ。
すっとユリウスは背筋を伸ばした。
「俺は婚約を破棄されたことがある。三回も、だ」
質問するとしながら、自分語りでくる。
知ってますよ、とカナン皇王はぶっきらぼうだ。
ただ先ほどユリウスに指さされた騎兵が思わず応じてしまう。
「えっ? 婚約までして破棄されるものなのですか。しかも三回も」
心の底から信じられないとする口調だった。おかげで与えるダメージはとても大きい。
「そう……そうなんだ。どうやら俺と生涯をすごさなければならないという実感が迫ると、逃げ出したくなるらしい。夫とするには耐えられない男、それが俺だ!」
やけくそといった雄叫びに、敵兵にすら同情が漂うようだ。
ただカナン皇王だけ、いっそう冷たくだ。
「それだけ自分がわかっているならば、取るべき選択は自ずと出てくるでしょう。貴方は戦場を駆け巡っていればいい。家庭を持つなど向かないのです」
カナン! とプリムラの呼ぶ声はひときわ高い。思わず昔のように呼んでいた。
ふっ、とカナン皇王は実によく似合う冷酷さを目元に象った。プリムラ……、と呼び返す顔は簒奪を果たした酷薄さを覗かせてくる。きっと続く言葉は相手の心を抉るものだったに違いない。
けれどもユリウスに先を越された。
「さすがだ、カナン皇王。フラれただけあって、わかってくれるな。やっぱり男として俺と同類だけあって理解が早いな」
そう言ては、はっはっは! と嬉しそうな高笑いを付け加えてくる。
貶めたはずが明るい反応で返されるだけではない。まるで仲間だと言わんばかりできた。カナン皇王はプリムラ並びユリウスも含め、不遜な口説を垂れている場合ではなくなった。
ふざけないでください! と怒り任せるまま叫んでいた。