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37.漢、異世界人の意見は受け入れない(あくまで清く)

 カナン皇王と男女の仲にあった。

 セネカの告白に、ユリウスはひときわ大きく反応した。


「なんだとぉおおおー、カナンは皇王のくせにそんなことをしているのか」


 皇王だからこそじゃないですかね、とヨシツネが挙げれば周囲も、まぁな、とする顔をする。

 ちなみに肝心なユリウスの耳には届いていないようだ。バカな、とする文字を書いた表情を崩さない。 


 セネカはユリウスという人物にあまり慣れていない。切り出された文句の意味がよくわからない。わからないから、普段の調子で尋ねる。


闘神(とうしん)、あたしと皇王の関係について、そんなに驚くことぉ?」

「セネカよ、おまえはカナンと恋人なのか」

「まさか、そんな関係じゃないわよ」

「なのに、そういう行為に及んだのか」

「男と女だもの。別にそれくらいするでしょ。闘神だって婚約者がずっといたわけだし、わかるわよね」


 ぶんぶんぶんっとユリウスの首は横へ大きく激しく何度も振られた。


 今度はセネカが驚く番だった。


「ウソ、なに、ぜんぜんそういうことしてないの。えっと、プリムラ様とは一つ屋根の下に住んでいるのよね。それで何にもしてないの?」


 プリムラの頬にほんのり赤みが差していく。

 ユリウスのほうといえば、それはもう吼えた。


「王女はな、妖精なんだ! そう簡単に触れられるものではないんだぞ。これまで破棄された婚約者たちと何もなかった俺が、どうしてナニかなる。まず大事な第一歩は、チューだ。まずはそこから始めることなんだ」


 思わずセネカは周囲へ目を配った。特に四天(してん)とされる配下の四人が見せる顔つきから冗談ではないようなのを知る。段々飲み込まなければならない事柄が腹に落ちてきた。


「まぁ、がんばって。ユリウス様」


 セネカは名前を呼んで励ますまでになっていた。  

 聞いていた噂は対決時において、評判通りだと認識した。ここにきて私事に関しては少し印象と違うみたいと理解し始めている。

 だがまだ甘かった。想像の外へ出ていく言動を見せつけられる本番は、これからだった。


 下水道を抜ければ大河が視界へ飛び込んでくる。

 向こう岸は夜の闇で見えない。横断において川面が荒れれば困難を極める幅である。渡し船は必須である。


 自然が作ったグネルス皇国と森の国の国境であった。

 現在は暗くて見えないが、対岸は豊かな森林地帯が広がっている。


 耳長族の別称もある亜人のエルフが住まう場所だ。各地で点在する集落の取り纏め役として『長』はいるものの国家としての宣言していない。他が便宜上『森の国』とした呼称を、エルフ自体も受け入れた格好となっていた。


 ユリウス一向が目指す場所は崖の影に隠れた川岸だった。

 逃亡の準備へすでに入っている。

 ベルは舞踏会におけるグネルス皇王とプリムラの会話に不穏を嗅ぎ取った。ユリウスに報告すれば、決断した。使節として派遣要請を聞いた時点で、敵の渦中に飛び込んでいく危機意識を全員が持っている。

 かねてからの打ち合わせ通り夜鷹に要請の文書を括り付けて飛ばした。返事を持って帰ってくるのも早かった。

 

 何もかもが速やかに事が運んでいる……かのようだった。


「どちらへ行かれるつもりでしょうか、ユリウス騎士とその御一行の方々は」


 待ち伏せていたとしか思えない声がかけられるまでは。


 えっ! と先頭を切っていたベルは驚きしかない。

 思わずセネカへ目がいく。裏切るとしたら彼女しか考えられないが、視線を感じ取っての反応は、冗談じゃないわ、と語ってくるようだ。確かに居場所を知らせるなど、いくらなんでも無理なくらい解る。


 どうしてここが、と問いかけるベルの視線の先には多くの者たちがいた。

 爽やかな風を吹かすような青年に騎兵がずらり付き従う。これまで相手してきた警護兵とは違う。皇王の親衛隊に違いない。ならば守られるように立つ人物は瞭然である。


 カナン皇王が笑みをもって答えを寄越す。


「一時期あるエルフの訪問をよく受けていましたからね。もっとも利害関係であるせいか、信用はされなかった。いざという際に備えて、皇都の地下水道を含めた地図を手に入れておくなど、なかなか賢い子ではありました。ただ……」

「ただ、なんだと言いたいんだい?」


 直感が働いたベルが訊く。これは貶めるための褒め方だ、とする予感は当たった。


「所詮は亜人。我々人間に通じる策を弄すほどの知恵はありません」


 なんだとぉー、と反発が上がった。

 常に笑顔としていたカナン皇王は微笑を湛えたままだ。だが変化は直に訪れる。声を上げた人物は蔑まされた対象ではなかった。仲間を思って怒りを表明したのだろう、と推察した。


 変なところでユリウスという(おとこ)は、単純でない。


「あれか、皇都へよく来ていたというのは、グレイか。灰色っぽい目をした」

「灰色でいいと思いますよ。彼の瞳の色は」


 カナン皇王に、やや呆れがにじむ。気にする人には気になる口調だ。


 ユリウスは気にしないだけではなかった。はっはっは! と高笑いだす。


 彼をよく知る者たちでさえ、何事かと思う。

 噂でしか知らない者にすれば、警戒心が湧く。相手は名を大陸中に響かせる騎士だ。尋ねずにいられない。


「どうしたのですか、ユリウス・ラスボーン騎士。何が可笑しいのですか」


 たいていカナン皇王は敵対者に対し絡め取る物言いをする。ここは胸のうちへ生じたままを口にした。


 でかいなりしたユリウスだから迫力はある。それでいて、ごつい顔の笑みは愛嬌を感じさせる。


「素晴らしい、素晴らしいとは思わないか!」


 陽気に訴えてくれば、カナン皇王だけでなくここにいる全員が取り敢えずだ。

 顔を見合わせる相手を欲した。

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