35.漢、やっぱり問答を続ける(部下の扱いは雑)
貴族のたしなみなど、俺には最も似合わないものだ。
そう言い返してユリウスは笑うつもりだった。
ユリウスさま、と呼ぶ声がする。
敵より婚約者に対する返事を当然のように優先させれば、プリムラが目で訴えてくる。介抱しているセネカは痙攣の状態に入っていた。言葉にされずとも何が言いたいか、了解できた。
「もちろんだ、王女の良いようにしてくれ」と答えている途中で、先方の言う意味をようやく理解した。
我が婚約者は上級どころか高貴であることを。単なる貴族などではない、王族なのである。
「うおおおぉおー、なんということだー。俺はなんて不作法極まるヤツなんだ。宰相、おまえの言う通りだ!」
いきなり頭を抱えて叫ぶから敵味方関係なく注目せざるを得ない。
自分の指摘が受け入れられてもラプラス宰相は優越へ浸る気になれない。どちらかというと、本当に理解できているのか怪しむほうが先立つ。
四天の四人からすれば、また始まったか、といった感じである。だから放っておけば面倒が増すことは身に沁みている。
団長、団長、とヨシツネが呼んだら、さっそくだ。
「なんだ、おまえたち、いたのか」
ユリウスの返事は、それはないよ、といった具合である。
もっとも四人はすっかり自分らの存在が忘れ去られていそうに感じていた。ここは怒るより確認をする場面だ。役目はイザークが担う。
「おい、ユリウス。グネルスの宰相との雑談は終わったのか」
「ああ、凄く大事な意見をもらった気がするぞ。そうか、そうだな、いくら礼儀作法が苦手だからと言って、以前通りではいかんな。王女を婚約者としているのだから、このままの調子では破棄されてしまう」
やっぱりユリウスは感銘を受け、あまつさえ反省までしている。
はぁー、とイザークはこれ見よがしに大きくため息を吐く。
「いや、しないだろう。もしそうした作法を求める婚約者なら、当初で破談していたはずだ。むしろプリムラ姫は形式ばった貴族のお約束ごとなど気にしないユリウスを良しとしていないか」
ユリウスは、はっとなった。
ちなみに大剣はずっと突き出したままである。騎士としての用心は忘れていない。
「ありがとう、イザーク。危うく騙されるところだった」
その返事に嬉しいより、誤解しているほうが気になる。相手が騙しにきた点はそこではない。正すべきか、と考えないでもないイザークだったが、結局しないことにする。そろそろ何でもいいから事態を動かしたい。
ユリウスがラプラス宰相に向けて叫ぶ。
「悪いが俺……じゃなくて自分は、王女……じゃなくてプリムラとの仲を引き裂こうとする姑息な罠にも負けんぞ」
ラプラス宰相としてはセネカの回収を目的をしてやってきた。暗殺者の使った証拠になる彼女を何がなんでも渡すわけにはいかない。ユリウスも重々承知していたはずだ。
なのにいつの間にか、ふたりを別れさせようとしている悪人になっている。
「どうしてそうなるんですか。私はユリウス・ラスボーンの婚約事情なんて、どうでもいいのですよ」
「信じられんな」
即断でくるから、余計ラプラス宰相はムキになる。
「言っておきますがね。私からすれば貴方の破棄が三回から四回になろうが知ったことではありません」
「なら、どうしてラプラス宰相、皇王の好きにさせておく。婚約しているプリムラに執着し、挙句に殺害まで企てるカナンを」
ぎりっと鳴るほどラプラス宰相は奥歯を噛み締めた。肝心な点をぼかそうとしてきたが、相手はとっくに勘づいている様子である。だがまだ誤魔化しは効くかもしれない。
「何を仰っているのですか。我々が追っているのは、セネカと名乗っているアサシンです。貴方がたが知る必要のない秘密をもらされたら困ることは認めましょう。ただしそれは国家の不利益を生じる内容がゆえに……」
「セネカに王女襲撃の内幕をバラされたくないが、身柄確保したい大きな理由だろう」
ここに至りラプラス宰相のユリウスの人物評が固まった。
まったく忌々しい限りの男である。会話をすればいかにも脳筋とする感じなのに、核心には迫る。変に鋭い部分がある。
油断ならない相手である。
けれども……と内心でほくそ笑んだ。詰めが甘い相手には違いない。
「ところでユリウス・ラスボーン騎士。なぜ我々が兵を動かさず、長く貴方と話し込んでいたと思います?」
ラブラス宰相は実のところセネカの確保にこだわっていなかった。連中の動きを止めておけば、いずれ手遅れになるほど毒が回るだろう。こちらの思惑に乗せられたと知り、ユリウスの地団駄を踏む様子が見られそうだ。
ラプラス宰相人の悪い笑みが浮かびそうになった。
だからこそ驚愕を隠しきれない。
ユリウスがちっとも意表を突かれた様子を見せないどころではない。
はっはっは! もう何回目だとする高笑いをしてきた。