33.漢、いろいろ知りたい(女性陣はいろいろあり)
その世界では女性が指揮の任へ就けられなかったらしい。
「あたしは優秀だったわよ。ソルジャーとして他の誰よりも秀でていた。だけどオンナだっていうだけで団どころか隊すら任せてもらえない。こんな不公平ある?」
顎先に突きつけられた大剣が下げられた途端にセネカは語りだす。
囲む者のうちイザークが質問を上げた。ソルジャーとは何を指すか求めたところ、この世界における騎兵に該当するそうだ。
「凄いな、セネカはなかなかな戦士だったというわけだ」
呼び捨てだが、ユリウスであるせいか不自然さを感じさせない。
なによりセネカ自身が全く気にせず受け答えしている。
「自分で言うのもなんだけど、どの指揮官よりは優秀だったわよ。でも女だからって……だから性別関係なく任に就ける世界へ行きたいと思った……所属の部隊が壊滅した時に」
「それで叶ったか、その願いは」
プリムラを左腕に抱えたユリウスが今までになく静かに問う。
答える者の笑みはこれまでにない苦さを混ぜた。
「ええ、叶ったわよ。集団を率いるまでになれた。ただ戦闘ではなく暗殺の方だったけどね。戦い方が原始的すぎて、自分の能力が大して活かせる環境ではなかったけど」
「おお、セネカがいた世界は俺たちの世界とは戦い方が違うのか」
「剣は主な武器じゃないし、弓矢なんか使わない。機械で作られた武器をうまく配置して……と言っても理解は難しいわよね。人間同士による力押しの戦いは、ここの世界よりずっと少ないわね」
「なんか難しいな」
「ちゃんと理解できるよう説明しだしたら一晩はかかるけど、どうする?」
ユリウスはどうしたものかといった顔で周囲を見渡す。
確かにセネカの言う通り、理解できるまで説明させたら時間はかかりそうだ。かかっても聞きたい話しではある。
ただ真新しい屍体が転がる現場である。
ゆっくりどころか、ぐずぐずもしていられない。
「暗殺団の撃退を知るのは時間の問題だろう。さっそく移動を開始するか」
ユリウスの下す判断に、四天の四人とニンジャたちがうなずく。
キキョウが一歩踏み出した。セネカへ険しい目を送る。
「なら、殺そ。もういいよね、こいつ」
サイゾウとハットリも睨みつける。紛れもなく標的と定めている。
命の危機がびしびし伝わってくれば、セネカは慌てて叫ぶ。
「ちょちょちょっと、待って。もっと話しが聞きたくない? あなたたちが知らないこと、いっぱい教えてあげられるわよ」
「いらない。もしこっちの世界に役立てられる知識がまだあったなら、アサシンも始末なんかしてこないはず」
セネカは痛いところを突かれただけではない。
「キキョウは頭がいいなぁー。確かに言う通りだ」
ここにいる皆の主導者たるユリウスがお墨付きを与えている。
事態は切迫していると捉えれば、必死に訴えた。
「お願い、あたしは死にたくない。わざわざ異世界の召喚に応えて来たのに、こんな所で終わりだなんて、イヤよ」
あまりに直接的な言い回しが本音とわかる。
ユリウスは帝国の宰相が異世界人の疑いを持っている。周囲にいる者ならば生かして尋問したい意向はわかっている。
わかっていてもキキョウだけは態度を変えられないようだ。
ユリウスはプリムラを腕から降ろせば、説得にかかる。
「俺は異世界人とは何たるか知りたい。どうして元の世界を捨ててまでこっちへきたか、方法だけでなくその事情についても聞き出したいんだ」
わかりました、とキキョウが不承不承ながら受け入れていた。
そんなニンジャの少女の頭へごつい手が優しく置かれた。
「ありがとう、キキョウ。よく状況を踏まえて俺の気持ちを汲んでくれた。さすがだな」
感心感心とユリウスが撫でてくる。
ちょっと赤くなったキキョウがかわいらしく唇を突き出す。
「もう、ユリウス。子供扱いやめてくれる。ちゃんと大人顔向けの活躍してるでしょ」
「おお、そうだな。すまん、すまん」
謝りつつもユリウスは笑みをいっぱいに広げる。
「わかればいいよ、ユリウス」
キキョウのほうも滅多に見せない笑みで返している。
大柄な騎士と忍び装束の娘が作る、ほのぼのした良い場面だった。
それを壊す者が身内と呼べる中から現れた。
「ユリウスさまー、もう行きませんと誰かがやってくるかもしれません。ほら、ハットリにサイゾウ、四天の皆さんも急いで行く準備をしてください」
高貴さをかなぐり捨てたプリムラが号令してくる。
言われた誰もがなんとなく心境を察したから苦笑と共に従う意を示す。
わかっていないユリウスはおろおろして「どうしたんだ王女」と呟けば、ささっと傍に寄ったツバキが解説を施した。
「ユリウス様。キキョウとあまりに親しげなご様子は控えたほうが宜しいかと存じ申し上げます」
「別にキキョウとは特別に親しいわけではないぞ。とても仲良くしているだけだ」
「思い出してください。我が主が抱っこされるのは緊急事態のみです。日常で頭を撫でられることも、気安く名前を呼ばれることもありません。自分がされたいことを護衛で付いてきた女は叶えている。これは辛いものです」
なんだと、とユリウスは驚き慄いている。
「では、どうすればいいんだ、俺は。教えてくれ、ツバキ」
「取り敢えずはキキョウを遠ざけることですわ。あくまでニンジャの一人として任務以外の接触は控えたほうが……」
ツバキが言葉を切ったのは気づいたからだ。
傍にキキョウだけなくプリムラもいる。二人とも揃って、ざわっと肌を粟立てるような気を放っている。
ツバキにすれば、ついユリウスを丸め込むことに夢中になりすぎた。でなければ二人の接近にここまで気づけないわけがない。
「あら、姫様にキキョウ、どうしました?」
素っ惚けようとしたが怒気を逸らせそうにない。
もし火急の事態が訪れなければ、女性三人のかしましい会話が繰り広げられただろう。
「みんな、伏せろ。何かが飛んでくる!」
聴力の優れたベルが慌てて警告を発してきた。
同時に、うっとセネカがうめく。
左胸辺りに生えていた。刺さった矢が赤い染みを広げていた。