表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/231

32.漢、正体を知る(女暗殺者の)

 女暗殺者セネカは身体の震えを抑えられない。

 ど、どうして……と洩らすだけで精一杯だ。


 右手に大剣を持ち、左腕にプリムラを抱えるユリウスがゆっくり近づいてくる。


「アサシンは人知れずの策を弄す点には長けているかもしれん。が、まともな戦闘となったら騎兵には敵わんといったところだ。いや待て待て、それではニンジャに蔑ろにしてるみたいで悪いな」


 考え込む顔をしながらユリウスは手にした大剣の先を突きだす。

 顎先に今にも触れそうであれば、ひっとセネカは悲鳴を上げてしまう。

 女暗殺者にすれば、騎兵どうこうではない。こいつらが強すぎる!

 


「やっぱりあれだな。アサシンに比べてニンジャは優れものだな。良い出会いとなった。これも王女が俺なんかのところに来てくれたおかげだ、ありがとう」


 そんなぁ〜、と両頬へ手を当てるプリムラはご機嫌だ。ずっとユリウスの腕に抱かれていたことで、未だ夢見心地が冷めやらずだ。本当だぞ、とユリウスに念を押されれば、愛くるしい唇が滑らかに動く。


「わたくしなどには過ぎた者たちです。あ、でも一人、不届な者が混じっておりますけど」


 ニンジャを賞賛しつつ、ツバキに対する怒りも忘れない。


 はっはっは、とユリウスは高笑いするだけで追求はしない。気にかけるべき問題が大剣の先にある。


「ところでセネカの処遇はどうする。直接に狙われた王女に委ねてもいいぞ」


 処断するなら、わずかにユリウスが踏み込むだけでいい。一歩分だけで大剣はセネカの首を裂く。

 顔つきを改めたプリムラが少し不思議そうに訊く。


「ユリウスさまにしては苛烈とする処遇をお認めなさるのですね」

「俺は今、俺自身にものすごーく腹を立てている」


 不思議に思う者はプリムラだけでなく、セネカも同様だった。それはどういうことですか? と前者は声に出して、後者は危機的状況にも関わらず表情で問いかける。  


「今回、ニンジャたちが毒の使用も辞さないとしていたところを、俺の一存で止めてもらった。ただ嫌だったからとするだけの理由なのに、あいつらは飲んでくれた。だがその甘さでツバキを失いかけた」

「あれは先方が使用したというだけで、こちらも毒をもって対抗すれば防げたという話しではありません。ユリウスさまが気に病むことではありません」

「いや、毒に対する油断を招くきっかけになっただろう。ツバキが傷を負った際にすべき確認を怠った責任は俺にある」


 ぎゅっと絞るような音がした。大剣の柄をさらに強く握りしめたせいだ。ユリウスの感情の表れである。

 セネカは迫る危機を感じた。大剣がいつ伸びてきてもおかしくない。


「お願い、お願いよ、殺さないで。あたしは、あたしはこんな所で死にたくない」


 それこそ泣きついてくる。今にも両手を挙げて涙を溢さんばかりだ。

 微かにユリウスが諦めにも似た息を吐く。

 プリムラは冷たい目と口調で応えた。

 

「けしかけた本人が自分だけの助命を請いますか。真意はどうあれ、貴女を助け出すためにやってきた者たちではないのですか」


 プリムラのすみれ色の瞳が周囲を睥睨する。

 裏通りの小広場を中心に黒づくめの人影が連なる。斬られるか、矢で射抜かれるか、手裏剣が刺さっているか。やられ方は多様であれど、結果は等しく絶命である。

 ただ一人だけセネカは残った。生存できるかどうかは相手次第となっている。


「助けなんかじゃないわよ。秘密がもれないよう来ただけよ。その前には殺そうとしてたじゃない。見たわよね、闘神(とうしん)も。アサシンなら他のヤツの命なんて気にするはずがないわよ」


 必死な抗弁だが、聞く者に響く者はいない。

 いやユリウスだけは少し気の毒に感じたようだ。


「同じ裏の世界でもニンジャとはずいぶん違うようだな」

「そうよ。あたしだって初めからニンジャの所にいたら、こんなろくな目に遭っていなかったわよ。まったく運がないったら、ありゃしないわよ」


 嘆きから憤慨になったセネカの視界に入ってくる。

 キキョウがユリウスの突き出す大剣の傍へ立った。


「あたしとサイゾウ、ハットリも元からニンジャの里の者ではないですよ」

「そうなのか?」


 思わず驚きを上げたユリウスへ、キキョウはうなずく。


「三人とも壊滅させられた、あるアサシン集団の生き残りです。生き残りと言っても本当に小さい時だったので、当時はただ死を待つだけの存在でした。運良くニンジャの里の者に拾われたおかげで、こうして生きていられます」

「そうか、そうなのか。家族を殺されたりで辛かったな」

「いえ、あたしたちは誰が父で母なのかわからないまま育てられたから。物心ついた頃にはひたすら暗殺のための訓練をしてました」


 ふっとキキョウが目を向けた。まだ少女とするあどけない顔立ちだ。けれども瞳に湛える冷たい光りは、見つめられたセネカを震え上がらせるに充分であった。


「姫様とツバキ姐さんがいたからこそ、あたしたちは感情を取り戻せた。そんな大事な二人をアナタは奪おうとした。許せない」


 死刑宣告に違いなければ、セネカはなり振り構わず叫んだ。


「やめて、やめてよー。あたしは元からアサシンじゃない。異世界から来た人間なのよー」


 訴えが嘘か真かはともかく、延命には成功した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ