27.漢、奸計にはまる(解釈如何な面もある)
味方が驚愕するくらいである。
敵などは唖然呆然といった態である。
なにせ全方向から飛ばした鎖鎌が叩き落とされている。
そこへ輪にかけて高笑いとくる。
「はっはっは! やっぱりニンジャとはスゴいものだな。なかなか追いつけなくて……どうした、ツバキ!」
どうやらユリウスは話している途中で異変に気づいたらしい。短剣に毒が塗られていたことをキキョウが伝える。
高笑いしていた形相が一変した。
キサマら、叫んでは取り囲む黒づくめの暗殺者たちを睨め付ける。
「戦いに、毒とした類いの使用は厳禁とされているはずだ。大陸のルールを破るのか」
ケラケラ、狂笑で黒づくめの女暗殺者が応える。
「表舞台でしか戦ったことがない連中の言いそうなことね。いったいどこからやってきたのか知らないけれど、裏の戦闘は甘くないってわけよ」
「なんだ、わからないのか。ただ隣りの家から飛んできただけだぞ」
嫌味は聞き逃し質問だけに答えるユリウスは、なんだとばかり呆れている。腹立たしい限りな態度なのだが、現在は戦闘中である。
女暗殺者は状況確認を優先させた。
「隣りって……、あそこからジャンプしてきたってわけ。しかも包囲を飛び越える高さで? あり得ないわよ」
「なにっ。おまえらアサシンのくせにこれくらい跳んだだけで驚くのか。やっぱりニンジャとは違って、面白みの欠ける存在なのだなぁ〜」
ふむふむとうなずいたユリウスだが、苦しむツバキを認めれば慌てて声高に叫ぶ。
「ハットリ、嘆いている暇はないぞ! 今すぐベルの元へ行け。解毒剤をもらってこい。滝の修行にもついてこい、とも言っておいてくれ」
姿が見えない相手に申し渡す。
不明な伝言もあったが、ツバキを抱えるキキョウの顔に希望が宿った。
女暗殺者は黒い覆面から覗く妖艶な唇の片端を持ち上げた。
「ゴリラみたいな身体しているくせに身軽なのは感心するけれど、そうそう簡単に解毒剤なんか用意できるものかしら。下手な希望は仲間に却って残酷よ」
「あれを身軽というならば、俺が重くなるのは婚約破棄された時だけだ」
もし四天の誰かがいたならば、始まったと思うだろう。敵が身体能力について言及しているのに、気持ちの問題で返している。身体能力の身軽さと気が重いをごっちゃにするな、とイザーク辺りが指摘しそうだ。解毒については頭から飛んでいるでしょ、とヨシツネなどはツッコミそうだ。
残念ながらここに四天の誰もいなかった。
「つまりユリウス・ラスボーンは婚約破棄されたら、力が発揮できなくなるわけね。情けない男よねー」
女暗殺者は嫌味たっぷりで怒らせるつもりだった。頭に血を昇らせれば隙が生まれるだろう。
だが相手はユリウスだった。
「そうだ、キサマの言う通りだ。婚約破棄されるたびに底なし沼へ引きずり込まれていくような気分になる。そうだ、そうだとも、俺はダメな男だ。プリムラにいつ破棄されてもおかしくない男だった、俺はー」
王女でなく名前を呼ぶところが切迫感を強く感じさせる。ツバキの容態が気になるキキョウでさえ、心配になってしまう。力を込めて意見した。
「ユリウス、しっかりして。なんで姫様が婚約破棄するなんて思うの。もっと信頼してあげてよ」
ぴたっとユリウスの動きが止まった。それからキキョウを見下ろす瞳は顔に似合わず潤んでいた。
「俺は今、とても恥ずかしい。そうだとも、王女を疑う真似など、それこそ婚約者として失格ではないか。だが同時にキキョウの素晴らしさを知った。その歳で見せる人格の熟成ぶりはどうだ。騎兵としては優秀だが人としてしょうもないヨシツネにも見習わせてやりたいくらいだ」
この場にいたら名前を出された当人が黙っていられないことを言っている。
キキョウ本人も特別なことを言ったつもりはない。単に思ったことを口にしただけだ。
ただしユリウスはとても心を揺さぶられている。もはや理知よりも感情で語るモードへ入っている。
怒りに満ちた目を女暗殺者へ向けた。
「危うくキサマの奸計にはまるところだった。俺が王女に婚約破棄されるとして気を挫こうなどと、卑劣極まりないぞ」
「そこまで、言ってないわよ!」
女暗殺者からすれば濡れ衣も甚だしい。確かに謀る気ではあったが、意図さえしていないことを決めつけられてはたまらない。なんなんだ、こいつ、となる。そもそも闘神とする評判に騙されていたのはこっちではないか、と考えたくなる。
だから、ついだった。
「いつまでもこんなヤツと関わっている暇はないわ。さっさと始末して」
攻撃の命令を女暗殺者が下す。戦闘に際しては慎重で臨む、とする当初の注意をおざなりにしてしまった。
油断はたちまちにして報いを受けた。
周囲を囲んだ黒づくめの暗殺者たちが一斉に踏み込んだ。標的へ鎖の先にある刃を投げかける。
えっ、と女暗殺者が信じられないとする一声を上げた。
十人はいるのだ。なのに一振りで全員が首と胴が分かれている。
身体を分断する剣技は、一振りで一人が限界だ。凄腕なら二人までいくだろうとする認識だ。大陸で剛腕名高い騎士の実力は三人くらいがせいぜいと見立てていた。
「すまんな。もし毒の使用が疑われなければ、戦場同様にそれなりの加減も考えられたんだが」
手にする大剣に付着する血を、ユリウスは振って払う。
女暗殺者はまだ立ち直れずにいた。
これまで騎兵らの戦闘を馬鹿にしてきた。所詮は陽の当たる場所で行われる戦いだ。国家間で行われる戦場など裏で暗躍する自分らに比べれば、命のやり取りにしては温い。本気の殺し合いでは、我らには敵わない。いくら名を馳せた騎士でも、まともすぎる戦い方しか知らない相手では物の数ではない……はずだった。
戦場で手加減をしている、毒を盛る連中には容赦ができない? こいつ、何を言っている!
混乱の女暗殺者だが、わかった事柄はある。
ここは退かなければいけない。逃げなければならない。毒を仕込んだ程度では決定的な武器になり得ないのだ。こいつを殺すには、もっと卑怯な手立てを講じなければ不可能だ。
ともかく屋根から飛び降りよう。
ところが足を動かすより早くだ。
「……ユリウス・ラスボーン……」
思わず女暗殺者は、その名を口にする。
がたいの大きさからは想像できない俊敏さを発揮していた。
すでに目前にいた。
黒づくめの女暗殺者は振り下ろされる大剣を瞳に映していた。




