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26.侍女、ピンチに陥る(それまで頑張る忍)

 皇都は今宵、屋根伝いを舞台に暗闘が繰り広げられていた。


「いー加減にしつこいわね。そろそろ諦めたら」


 プリムラを狙った女性と思われる暗殺者が、ある教会の屋根で停まった。服装と同じ色の覆面を被っていれば、未だ人相は不明だ。

 対峙する位置へ着地した二人のうちメイド服のほうが答えた。


「そうもいかないですわ。貴女(あなた)に報告されたら姫様やユリウス様に向けて動員がかかるでしょう」


 覆面から覗く妖艶な唇が歪んだ。嘲笑を象っている。


「思ったより愚かな連中だったわね。初めから無事に帰す気など、あの方にはなかったのよ。使節なんて、おかしな指名に乗っかってのこのこやってきた、自分の主人(あるじ)を恨むことね。でも今回の場合はその婚約者のせいだから、お気の毒としか言いようがないか」


 あはは、と今度こそはっきり笑い声を上げた。だが続かなかった。

 メイド服だけではない、忍び装束のほうもまた可笑しくて仕方がない様子を見せてきたからだ。

 黒づくめの女暗殺者は意表と不機嫌を混ぜた口調で問い質さずにいられない。


「なに、貴女たち。図星すぎて少しイカれてしまった?」

「まさか、裏の者がこの程度で気が触れるなんて考えられる貴女(あなた)は本当にアサシンですか? と訊きたいくらいですわ」


 なんですって、と黒づくめの女暗殺者が歯を剥いても、ツバキから笑みは消えない。


「我が主プリムラ姫と、その婚約者であり我らの憧れの人でもあるユリウス様は今回のような事態を想定しておりました。それでも行くとした理由がもう……」


 言葉の途中で噴き出したツバキは笑いが堪えきれない。伝えるより思い出し笑いに支配されている。

 続きを催促したい衝動に黒づくめの暗殺者は駆られたが、ぐっと踏み止まった。己の意志によってではなく、状況が動いたからだ。


「笑い転げている場合じゃなくなったようよ」


 ツバキが笑いを収めた時には、キキョウと共に取り囲まれていた。

 屋根の縁に黒づくめの男と思しき者たちが立っている。いずれも追っていた女暗殺者と同じ覆面をしている。仲間たちかどうか聞くまでもない。


「言われたわよね、主様の婚約者に、深追いはするなって。ちゃんと言いつけを守らなくちゃ、ダメじゃない」

「何人こようと、キキョウと共であれば恐るるに足りませんわ」


 ツバキ姐さん、と背中合わせのキキョウは感激で震えている。いくわよ、とくれば張り切って手裏剣を懐から取り出した。


 くくく、と嫌な笑い声がした。


「どうしてわざわざ追ってこられるような逃げ方をしたと思う?」


 黒づくめの女暗殺者が嘲笑だけでなく質問までしてくる。

 さすがにツバキも不気味さを受けたようだ。いっそう警戒心を強めた口調で回答をする。


「私たちを貴女の仲間が待ち伏せるこの場所まで連れてくるためでしょう」

「もちろん、それもあるけど、もっと大きな理由があるのよ」


 それは……、とツバキは問いかけるものの後が続かない。

 なにか舌が痺れるような感覚が走る。異変は口内に止まらず、全身へ渡っていく。思わず膝が崩れれば、キキョウが名を叫んだ。

 はぁはぁ苦しい息がもれるだけで返答すらできない。


「そろそろ効く頃合いなのよね。短剣に塗ってあった毒が」


 苦しい息の中でツバキは顔を上げる。膝が崩れたままであれば、意地で向けた視線であった。

 覆面から覗く妖艶な口許は、それこそ悪魔のような笑みを浮かべていた。


「確実に致死へ至る分だけ、効果に少し時間がかかるのよ。まだ肝心の王女様を仕留めるまでは秘匿しておきたいの。だから貴女の変死体を回収するために誘き寄せたわけ」


 しゃがんだキキョウがツバキへ肩を貸す。

 なんとか逃げようとするが、状況は最悪だ。取り囲んだ黒づくめの暗殺者たちが迫ってくる。


「……ワタシ……ステテ……ハヤク……」


 両膝を落としたツバキが懸命にしぼりだす。抱えて一緒どころか、キキョウ一人だけでも逃亡の見込みは低そうだ。


「できないよ、置いてなんて。あたしたちツバキ(ねえ)さんがいてくれたからこそ、ここまで生きてこられたんだよ」


 泣き叫ぶようなキキョウに、大きな嘲笑が湧いた。


「まったく、なによ、これ。ニンジャってこんな甘ちゃんな連中ばかりなの。まったく情けないったらありゃしない。これじゃ裏の世界から駆逐されて当然ね」


 くっとキキョウは歯噛みする。返す言葉がない。それでもツバキを置いていく気にはなれなかった。


「そんな調子じゃ、この世界では長く生きられないわね。どこの世界もろくなもんじゃないわ。ならばせめて大好きなお姐さんと一緒にあの世に送ってあげる。感謝しなさいね」


 女暗殺者から死の宣告がなされる間に、他の暗殺者が一気に間を詰めてくる。いずれも鎖鎌を回している。一斉に鎌を投げてきた。

 四方八方から飛んできた。


 逃げられない。観念して目を閉じかけたキキョウの耳が空気を裂く微細な音を拾う。

 だからまだ開いていた瞳は広い背中を間近にする。


 信じられないことに、ユリウスが空から降ってきた。

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