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23.漢、踊る(婚約者相手だと元気)

 今晩もユリウスは指導を受けていた。

 寝る前にプリムラの手に導かれ懸命にステップを踏む。


「やはり難しいものだな。ちっとも上達しない。困ったものだ」


 逞しい体格のユリウスがよちよちとした足取りを披露している。滑稽な姿だと痛いほど自覚している。

 優しい先生のプリムラはくすくす笑う。


「ユリウスさまは間違いなく上手になっていますよ。その証拠に御令嬢がこぞって一緒に踊りたがっていたではありませんか」


 ユリウスにとって嬉しい言葉である。それでも難しい顔つきは解けない。うーむと唸らずにいられない。


 今晩の舞踏会では躍りっ放しだった。


 相手は初めて会う訪問地の令嬢だ。グネルス皇国は使節歓待の舞踏会に出席する者は商家の息女が多い。ロマニア帝国と最も違う点だ。国の実権を握る身分がどこにあるか、知らせるような参加者の内訳だった。

 これがユリウスにとって仇となる。騎士は貴族の最下級に当たる。だがグネルスでは身分より名声のほうが重きを為すようだ。大陸中に響く闘神の令聞が、ここぞとばかりに次々の申し出を呼んだ。ダンスの下手さは身に染みている。間違って足を踏んだり手首を捻ったりしないか。それはもうヒヤヒヤし通しだった。


「まったくグネルスの令嬢は変わっている。俺が下手なステップを踏んでいるくらい見ててわかるだろう。なのになぜ一緒に踊ろうとなる」


 本当はだいたいの理由は予想がついている。それでも帝国では考えられない展開にこぼさずいられない。


 ユリウスをリードしながらプリムラは微笑む。


「確かにユリウス様のダンスは一般的なレベルまで届いておりません。けれどもその分、一生懸命に踊ろうとする姿は、かわいらしいですよ」

「かわいいのか、この俺が!」


 熊かゴリラかと揶揄されるユリウスである。だがそれを、もっともだ、と誰より本人が受容している。つまり、かわいいは考えられない。


 けれどもプリムラは黄金の髪に匹敵する輝く表情で断言してくる。


「ユリウスさまはかわいいです。特に今晩のダンスは愛くるしいくらいでした。広間の隅から眺めていて、人気がある理由がわかります」

「ところ変われば、という感じだろうか。グネルスの令嬢の好みがわからん」

「帝国の御令嬢のほうが変わっていると言えませんか。もしくはユリウスさまの魅力は外からのほうが気づきやすいのでしょう。今晩はわたくし、ちょっと妬けてしまいました」


 なんだと! とユリウスが心底からの驚きを発する。

 プリムラが思わずレッスン中の足を止めたくらいだ。


「バカな、王女が俺になど嫉妬を覚えるなど、信じられんし、あってもならん」


 まるで戦略会議であり得ない策を提示に反駁する勢いだ。

 

 にっこりのプリムラは握る手に力を入れる。


「わたくしは、いつも嫉妬しています。ユリウスさまご自身が気づけずにいる魅力が、どれほどのものか、今晩の夜会で思い知らされました」

「それはいかんな。じゃ、俺はもうダンスをやめよう、そうしよう」


 陽気なユリウスの宣言である。踊らなくてすむ理由を見つけたと喜んでいる節が見え見えである。


 手を握る力を弱めたプリムラは半瞬の後だ。笑みを顔中へ広げた。


「ユリウスさまは貴族階級とする身分にありますから、舞踏会を拒み続けるなど難しいかもしれません。それにわたくしとしてもダンスを教える生徒が失われることは残念でなりません」

「もちろん、これからも教え続けてもらいたい。不思議だが、プリムラだけはいくら躍っても疲れないからな」

「わたくしが相手ならば疲れませんか」

「むしろずっと踊れそうな気がするくらいだ。やっぱり王女だな、これからも一生ずっと頼む」


 何もおかしなことを言っていない。そう信じるユリウスだから、異変に慌てふためく。


 プリムラが顔を伏せたと思ったら、じっとして動かない。見降ろす黄金の髪や肩が微かに震えているように映る。


 もしかして泣いているのか。


 思い至った疑念にユリウスは胸が苦しい。王女、どうした王女! の声を連呼した。


 上がった顔に涙の跡がないどころか気配もいなかった。


 きゃー、と叫んだプリムラの顔は真っ赤っかだ。上気しすぎで湯気まで立ちそうなくらいである。


「嬉しい、嬉しすぎますぅー!」


 喜悦のあまりか。ユリウスにすれば初めて耳にするようなプリムラの声だ。もしイザークがいたら、これを嬌声と表現しただろう。

 お、王女……、とおずおず呼びかけた瞬間だった。 


「はしたのぉーございます、姫様」


 よく聞く台詞は、ぽかり黄金の髪を持つ頭が殴られることとセットで吐かれる。

 今回も例外ではない。


「なにすんのよぉー、ツバキー。いつものことだけど」


 まだユリウスとの手を離さないプリムラが唇を尖らせている。


 すっかり見慣れた光景だが、今晩は追加の影があった。

 メイド服のツバキの横に忍び装束の少女がいる。ニンジャの一人、キキョウであった。

 おお、よく来たな、とユリウスが普段の挨拶を投げたが、なぜかだ。はい、といつもの畏まった返事がない。じっと見つめてくる。ダンスレッスンのためつないだ手を離さないユリウスとプリムラへ視線を送るばかりだ。


「どどどうした、キキョウ。なんか、おかしいか」


 ちょっと照れ臭くなったユリウスが慌てた。いくら裏仕事をこなしていても、キキョウはまだ少女とする年齢の見た目である。もしかしてプリムラと手を取り合っている格好は刺激が強かったかもしれない。

 これはだな……、と説明しかけた。


 キキョウはユリウスの様子など目に入らぬかのように平然と言う。


「姫様の猫がさかったみたいな声が聞こえたので、どんなスゴいことをやっているのかと思ったら、手をつないでいるだけなんですね。つまらないです」


 ちょ、ちょっとー、とプリムラは抗議だけでなく恥じらいもあって、ようやく手を離す。

 こ、こら、と少し頬を染めたツバキも叱らずにはいられない。

 つまらないかぁ〜、と胸の前で腕を組むユリウスだけが変な意味で捉えている。


 まだまだ清い婚約期間は継続中である。


 しばらくしてユリウスは部屋を出た。

 グネルス皇国の皇都ディアズにおける最初の晩を迎えた。


 長い夜が始まろうとしていた。

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