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22.漢、疲労困憊(自業自得ではある)

 恐怖で顔を引き攣らせたユリウスがいた。

 戦場では決して見せない(おとこ)の姿である。だが第十三騎兵団騎士団長を知る者にすれば、さもありなんである。


「私と踊っていただけませんか。あの闘神と名高いユリウス様と踊れるなんて、夢みたいな機会です。どうか、どうかお願い致します」


 この令嬢の申し出を受けたら地獄が待っている。なぜなら他にも列を為して待っているかのような様相が窺えるからだ。


 歓迎の晩餐会は予想していた。舞踏会を催すまでは聞いていない。随行した他の者は知っていたと言う。なぜ俺だけが、と不平が出た。ちゃんと聞いていないお前が悪い、そうイザークに指摘された。返す言葉がない。


 でも婚約者だけと踊ればいい、なんて甘い見立ては早々に脆くも崩れ去る。


 舞踏広間へ入るなり、カナン皇王がプリムラと旧交を暖めたいとする申し出がなされた。ユリウスとしてはイザークとヨシツネに責められて、謁見でけっこうやらかしたとする自覚が生まれている。自分の我がままを表明し難くなっている。


 加えてプリムラが申し出に対してだ。


「わたくしもカナンと思い出話しをしたかったところです」


 昔ながらの呼び名で受け入れている。


 では、とカナン皇王が差し出す手をプリムラが取る。美しき青年と美少女が踊りだせば、眼福に値する一幅の絵だ。軽やかさと華やかさが同居するカップルは何やら話し込みながらステップを踏み続ける。


 久方ぶりで話しも弾んでいるようだ、と思ったところでユリウスは胸の前で腕を組んだ。ここはやはり二人の仲を疑うべきだろうか。お似合いすぎる、俺などには過ぎた女性だ、でもやっぱり諦めきれない。そうした気持ちを表明すべきではないか。

 俺が嫉妬すればプリムラ王女は喜んでくれる。

 自分以外の男性と親しくしている場面を指を咥えて見ているところだ。ここは大いに嫉妬している姿を婚約者に見てもらおう。


 ユリウスの心情は傍からでは決して読めない。何やら考え込んでいるくらいにしか見えない。暇を持て余していそうとも解釈できた。ならばせっかくの機会とダンスを申し込んでくる令嬢が出てきてもおかしくない。つまり自業自得なわけである。


「お、俺はそのぉ……苦手なものが苦手で……もし足を踏んづけてしまったら……しまうだろう」


 いちおうプリムラとはよく練習している。が、どう考えてみても上達していない。ダンスは婚約者としか出来ないのではないか、と思う昨今である。


 四天(してん)のうち唯一の貴族階級に属するイザークが舞踏会に同伴していた。こちらは帝国でダンスパートナーとしての評判がいい。


「そそそ、そうだ、そうだ。おい、イザーク、俺の代わりにどうだ」


 ほぼ嘆願に近い訴えに、呆れた口調が返ってきた。


「申し込まれているのはユリウス、おまえだ。代役を立てようなどと失礼な振る舞いするくらいなら、一緒に踊って笑われてこい」


 すげなくも納得させられる回答に、腹を決めるしかなかった。

 汗を額に浮かべてユリウスはダンスを申し込んできた令嬢の手を取った。

 結果、その夜はずっと踊り続けるはめになった。


 ようやく歓迎の舞踏会が終わり、ユリウスは充てがわれた部屋へ向かう。

 後からやって来たイザークとヨシツネは部屋へ入るなり、びっくり仰天した。


「おいおい、冗談はほどほどにしてくれ」「団長が死んでいる」


 心配ゆえと思いたい発言を投げてくる。


 ユリウスが、ソファへ、ぐったり身体を投げ出していた。


 イザークとヨシツネの二人は数えきれないくらい戦場だけでなく過酷な訓練も共にしてきた。

 が、これは初めてかもしれない。


 我らの騎士団長が疲労困憊している姿などは。


 三日三晩寝ずに戦場を駆け回ってなお高笑いするほど元気な我らの騎士団長である。そこまで不眠不休で活躍しながら、まだまだこれからだ、とする漢である。おまえは人間か! あまりに底なしの体力を前にしてイザークは叫んだものである。

 不死身かとするユリウスが、今や死に体である。


「おい、ユリウス。踊るだけでそこまで疲れるものなのか」


 同じ会場でダンスに興じていたイザークが信じられない様子で尋ねる。


 がばっと勢いよくユリウスの顔が上がった。どうやら全くの動作不能に陥っているわけではないらしい。声も元気よく張り上げてくる。


「当然だろー、いったい何人と踊ったと思うんだ?」

「何人と踊ったんですかぁ」


 ヨシツネの聞き返しに、透かさずだ。


「俺にもわからん」

「自分で訊いておいて、それできますかー」


 八人だな、とイザークが正解をもたらした。


 自分の団長のいい加減さは一先ず置いてヨシツネは感心を見せた。


「すごいじゃないですか。やればデキるもんですね」 

「どの令嬢も華奢でな。力の加減を間違えたらいかん、とそれはもう神経の張り詰めっ放しだ。これなら三日三晩寝ないで戦っているほうが、ぜんぜん楽だぞ」


 二人は実際に目の当たりしているから誇張でも何でもないとわかる。


「ところで姫さんは?」


 きょろきょろ、ヨシツネが仕草つきで訊いてくる。

 どさっとユリウスは力尽きたようにソファへ顔を埋めながら答える。


「昔話しに花を咲かさせているぞ」

「だとしても、ちょっと遅くないですか」


 ソファの上にあった身体が跳ね起きた。図体がでかいだけにユリウスが立つと室内は圧迫感で満ちる。焦る気持ちも空気の変化に一役を買っていた。


「俺のバカ野郎、なに油断しているんだ」


 ソファに立てかけておいた大剣をつかんだ。


 がらっと窓が開いた。

 耳の長い青年が飛び込んできた。ベルが軽やかな身のこなしで床へ着地する。


「心配しなくて大丈夫だよ。姫様とツバキはもうそこまで来ている」


 常人とかけ離れた聴力を持つベルの報告が、ユリウスに一息を吐かせた。


 言う通り、すぐプリムラが部屋へ入ってきた。

 無事な姿を見せてくる。


 良かった良かったとするユリウスへ、ベルが耳打ちしてくる。


 姫様は懐かしんで昔話ししているようではなかったよ、と。


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