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21.漢、婚約者の幼馴染みと対面(本当は親善大使としての謁見)

 謁見の間でユリウスたちを待っていた皇王の印象は想像を裏切るものだった。


 大陸の二大大国に次ぐ領土と経済力を持つグネルス皇国の王の座を簒奪した。しかも戦闘ではなく陰謀に属する方法で手に入れている。どれほど老獪そうな顔つきをしているか、少なくとも油断ならない感じは拭えないだろう。

 少なくとも四天(してん)の四人は、そう予想していた。


 若いは聞いていた。プリムラから聞いた話しで計算すれば、二十七の御齢だ。国の主導者としては、とても若い。実際に目の当たりにすれば姿見はさらに低く見えた。

 なにせ年齢が下なはずのユリウスよりだいぶ若輩に映る。もっとも比べる相手が実年齢よりかなりおっさんとする見た目であれば、参考としては適切でない。


 何より皇王『カナン・キーファ』は気さくな人物であった。


「遠路はるばるよくお越しいただきました。騎士様に本来のお役目ではない外交使節として来ていただけるよう、こちらからの無理なお願いを快く引き受けていただき、誠に申し訳なく思っております」


 言葉だけでなく頭まで下げてくる。一般の相手であれば腰の低い丁寧な態度に好感を持てるで済む。だが謝罪してくる相手は壇上の豪奢な椅子に腰掛けている。国の最高位である。身分それ自体が別次元の『王』である。

 受けた方は恐縮とする気持ちを表明にしなければいけない。


 御前にしてプリムラと並び片膝を着くユリウスは面を上げた。


 するとカナン皇王の脇に立つ宰相が、申し訳ありませんとでも言いたげな表情を向けてきた。

 この場にいる者の中では年長だが、この地位へ就くならば他国では考えられない若さにある。まだ三十代半ばだろう。名はジヌ・ラプラスと言い、こちらも一見した感じは好い。

 ここで具申を担当している立場を示す。


「陛下。現在の地位に対する自覚をお持ちください。皇王とする立場の者が以前のように低姿勢では却って相手に気を使わせます」


 宰相がたしなめれば、いっけねとばかりにカナン皇王は肩をすくめる。ごめん、ごめん、と皇王とは思えない調子で謝罪と共に見せる笑顔は爽やかの一言に尽きた。

 おかげで、ユリウスは何かしらの対応を迫られずに済んだ。ごく普通に挨拶を述べ、婚約者と後ろで同じ姿勢を取る四人の部下の紹介をする。


「お会いしたかったです。闘神に四天(してん)と噂される大陸評判の勇将たちとお会いしたいという、たっての願いがこうして叶えられれば気が昂るのを抑えられません」


 まるで憧れの英雄に出会った少年のように、カナン皇王が顔を輝かせてくる。


 ユリウスなら先方の感激ぶりに負けない大袈裟な感動で応えるだろう、と背後に控える四人は思っていた。まさか普段では耳にしない沈鬱な声をしぼり出してくるなど予想もしていなかった。しかも内容ときたらである。


「カナン皇王はカッコいい男だな、身分に関係なくモテそうだ」


 なにを言い出す、ユリウス! と胸裡に留めるイザークの呟きは他の三人にも共通する見解だ。皇王を賞賛しているに違いないが、謁見でいきなり口にする内容ではない。


 途惑いを隠せないカナン皇王であるが、答えはした。


「そうですね、仰る通り好意を寄せていただいことは何度かあります」

「そのうち交際したり、婚約したりなどしたことはあるのだろうか……、あ、いや、すまんじゃない、申し訳ありません。つい俺……じゃなくて自分の経験と重ねたくなってしまうことが習性化しているようなんだ」

「なかなか辛い経験をなさったと聞き及んでおります」

「そうなんだ。でもそれは現在の婚約者に出会うための必要な過程だったと思えるようになった。ところがここにきてカナン皇王が女性が放っておかない美男ときている」


 いったい何の話しをしているのだろう? 腹心であるはずの四人が、そう思うくらいである。

 初対面とするカナン皇王を筆頭に傍の宰相や謁見の間に集う廷臣たちは不明を顔へ出さずにいられない感じだ。


 揺るぎない者は語っている当人だけだ。ユリウスは皇王相手でも悪びれずに続ける。


「私生活について言及する失礼を承知して言うが、まだカナン皇王は王妃を迎えていないと聞いている。では側妃か意中の相手がいるのだろうか、と気になってしまう俺じゃない自分なんだ」

「……なぜ、そのようなことをお聞きしてくるのですか」

「いや、なに。ただ俺……じゃない自分のような貴族の最下級とする騎士を指名してきた意図を考えたわけだ。するとやはりだな、実は我が婚約者に会いたかったからではないか、と思うようになった」


 ピリッと辛い空気がたゆたうようだ。

 カナン皇王とその周辺から愛想より警戒とする態度がはっきり示されてくる。

 けれどもユリウスは変わらない。


「違うのか?」


 恐れを知らないというか、責められてもおかしくない態度である。

 さすがに無礼とする言葉が傍に立つ者たちから上がりそうになった。


「感服致しました、ユリウス騎士(ナイト)。さすがラスボーン辺境伯が後継ぎと望むだけの人物です」


 答えるカナン皇王の顔は爽やかだ。


「やはり我が婚約者に会いたかったわけだな」

「はい、認めます。もうプリムラから聞き及んでいるでしょう。ですから素直に打ち明ければ、結婚を求めるほど好意を抱いておりました。そんな彼女と再会したい気持ちが裏にあった事をここに白状します。ですが……」


 続けるグルネスの最高位にある青年の目は、ユリウスが送る視線から逸らさない。


「闘神と呼ばれるほどの騎士に、まずお会いしたかったことは嘘ではありません。加えて懐かしき初恋の人が相伴(しょうばん)可能な立場であれば、つい親善の使節と来てくださるよう求めてしまいました。どうか、この我がままを許してはいただけないでしょうか」

「許すも何も俺が懸念しているところはそこではない」


 ふんっとユリウスは強く息を吐くように返す。


 背後で控える四人は心中で一斉に同じように呟く。

 ついに俺になったか、と。

 我らが指揮官は相手が上の位だろうが関係なくなる事例をよく経験している。先だっても我が国の皇帝に対しても同じような態度で臨んでいた。これは後のフォローが必須で、その役目は部下が担うしかない。ロマニア帝国第十三騎兵団の腹心たちがする、暗黙の了解であった。

 どこへ行っても、うちの団長は変わらない。


 変わらないことを、さらに思い知らされることとなる。


「なにかご心配とする点があれば、どうぞご遠慮なく仰ってください」

「そうか、では正直に言わせてもらおう」


 真に受けて、普段のまんまで続ける。


「俺はカナン皇王があまりにイイ男だから心配になっているのだ。しかも我が婚約者と若き日に知り合っていたというのが、何とも羨ましい」

「羨ましいのですか?」

「ああ、俺の友人は幼馴染みと結婚したんだ。それはカナン皇王と我が婚約者にも当てはまらないか。しかも二人はイイ男と美少女であって、絵になるカップルだ。俺が相手では到底無理な、誰もが羨む素敵な美男美女だ」


 おいおい、となった背後の四人である。

 幼馴染みと結婚した友人とする逸話は、どう考えても龍人(りゅうじん)族の猛将アーゼクスに違いない。とても気が合う関係なのは承知している。けれども相手とは未だ敵対関係にある建前を忘れられては困る。

 変に突っ込まれたらボロを出さないか、内心ヒヤヒヤである。


 ふふふ、とカナン皇王は愉快そうに笑みを溢した。


「残念ながら我が初恋の人は、もうすでに婚約者がいる身です。しかも相手は大陸において闘神と名高いお方であれば、心配には及ばないと考えますが」

「そう言ってもらえるのは嬉しいが、俺は婚約破棄を三回連続でされた稀有な男だ。ここ隣りにいる婚約者から確かな気持ちを伝えられても、やはりかつての知り合い男子が実にカッコいいでは、抑えきれなくなるものなのだ」

「ユリウス騎士は、なにを抑えきれないのでしょうか」


 興味のあまりカナン皇王が前のめりになっている。

 ちなみに四天や宰相も姿勢は取らないが、心持ちはカナン皇王と同様にある。


 期待を一心に受けていることを知ってか知らずか、ともかくユリウスは片膝をついた姿勢ながら堂々と胸を張った。それはだな、と偉そうな前置きまでしている。


「嫉妬だ。俺の婚約者に久方ぶりに会ったという少年は今や二枚目ハンサムな男に成長しているから嫉妬しているのだ」


 逞しい右腕を突き出し、拳を握りしめての力説を繰り出してきた。


 四天の四人は立場上、いろいろ考えるところはある。


 おもしろい方ですね、とグネルス皇国宰相が示す気遣いは本心も多分に含んでいそうだ。


 取り敢えずイザークを先頭に随行してきた四人は平謝りの言葉と態度を取った。しょうがないだろ、男と女については身分など関係なくなるもんだ、と尤もらしい余計な声もあれば、ますます恐縮せざる得なくなる。


 謁見が終了し、控えの間へ戻るなりだ。


 四人の仲間うちだからこそ出来る文句が次々に上がった。

 対するユリウスは高笑いしてからだ。

 嫉妬すると王女が喜ぶんだ、とする種明かしには、ぐったりする配下の面々である。時と場所を選んでくださいよ、とヨシツネなどははっきり言っていた。


 二度と親善使節などやらせないで欲しい。戦場の方がどれだけ楽かわからない。


 そんなふうに思った一時が平和だったと振り返るまで、そう時間はかからなかった。

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