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8.漢、その記憶(そう、運命の瞬間だ!)〈3〉

 その剣は重い。

 長さは身の丈ほどあり、大木を想起されるほど幅広い。わざわざドワーフへ依頼してまで作らせた特注製だ。一般の者では手に負えない質量を誇る。

 里を出るとなったユリウスへ贈られた大剣だ。 


 大剣の立場からすれば初陣となる戦いであった。

 一振りすれば騎兵の刀剣だけではない、身につけた鎧まで粉砕する。

 もはや剣というより鉄塊だ。斬るというより粉砕である。首や手足が分断されてやっと斬撃もある認識ができた。


 なにより持ち主のユリウス自身が大剣の威力に驚愕している。

 孤軍奮闘を可能としたのはシスイを初めとする翼人による心遣いのおかげだ。


 だからこそユリウスは声にせず詫びた。

 送り出してくれた早々に終えそうな我が命を。

 倒した数は五十をとうに超えただろう。それさえだいぶ以前な気もするし、つい今さっきな感じもする。


 もう時間の概念が飛ぶほど乱戦は続いていた。

 肉体を緋く染めるものは敵だけではない、自らの出血とする箇所も多い。身体だけでなく顔もまた流血おびただしい。朦朧とまでしなくても、目に入ってくる血を拭わなければならない状態であった。


 敵はまだ壁のごとく押し寄せてくる。ただ進む足がやや鈍ってはいるようだ。

 たかが相手は一人、だが鬼神の奮闘である。

 所詮は金で雇われた者たちだ。命は惜しい。


 ならば、とする兵が現れた。

 まともに戦ってなどいられない、目的を果たせばいい。

 多勢に無勢ながら互角の戦いが繰り広げられるなか、敵兵の一人が王妃一向へ迫る。


 再び敵兵の血飛沫を、特に王女がまともに受けるはめへなった。

 駆けつけたユリウスは、片手で血塗られた大剣を掲げ、敵を牽制しつつだ。


「すまない。またかわいい姿を血で汚す真似を仕出かしてしまった」


 詫びる相手は小さな子供だ。でも幼い相手ゆえに殊さら大袈裟な口ぶりとした。励ましたいとする強い気持ちの表れであった。

 残念ながらユリウスの意図は届かなかった。


「もういい、もういいのです。どこぞの騎士さまか、存じ申し上げませんが、わたくしと母は囮の役目は果たせました。どうか我が侍女であるこの者を連れてお逃げください」


 王女! と侍女の少女が驚き叫ぶ。


 敵との睨み合いが続くユリウスなれば、背中の様子は想像するしかない。

 きっと毅然としているだろう。幼くても王女だ。血を浴びようが気品ある姿は少しも損なわれていないだろう。

 簡単に殺させてはならない。


「侍女殿には申し訳ないが、俺は王女のため、ここへ踏みとどまる」


 騎士さま! と王女が呼ぶ。とても大きな声だった。


 ふっとユリウスの口許が緩んだ。


「助けてやれるなんて思えないからこそ、命を賭して戦ってやる。俺は単なる木こりの倅だが貴女(あなた)に少しでも力づけられる姿を見せたい。何より傭兵どもに奪われるだけの光景を目にするなど、もうまっぴらなんだ!」


 最後は雄叫びとなっていた。

 言い切ってからユリウスの胸に後悔が波のように押し寄せてきた。

 余計なことを言ってしまった。これでは自分が満足するために戦いへ臨んだ、とならないか。勝機の薄い戦いだからこそ、王女のために、としなければならなかったはずだ。大事な場面でしくじった。


 (くじ)きかけたユリウスの左手を、そっと包む小さな両手があった。


貴方(あなた)がどのような出自であろうとも、わたくしにとって騎士さまです。例え勝ち目がなくても守ろうと戦う姿が、わたくしにどんな終わりを迎えようとも怯えず受け入れられる勇気を与えてくださいました」

「良かった、それは。ならば俺は命尽きるまで剣を振るい続けられる」


 どうやら気落ちを招いていないようであれば、ほっとユリウスは胸を撫で下ろす。屍体転がる凄惨な場所であり、いつ自分がそこへ加わるか知れない状況にも関わらず、良かった良かったとしていた。


「騎士さま、もう一つ、お聞かせ願いますか」

「なんだろうか、王女」

「お名前を……お名前を教えていただけますか」

「ユリウス。木こりの出だから、名前しかない」


 左手をつかむ小さな両手に力がこもった。ぎゅっと握りしめてくる。

 例え隙を作ろうともユリウスは目を向けずにいられない。左肩越しに顔を落とす。

 黄金で輝く髪とすみれ色の瞳が印象的な少女の愛らしい唇が開く。


「わたくしはプリムラ……どうかプリムラとお呼びください」


 ユリウスの胸に掠めていた弱気は跡形もなく霧散した。



 ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


  

 暖かな陽射しの下に現れたものは、春の妖精であった。

 まるで夢物語に出てくるような姿をしている。

 だが十年前の記憶が確かな存在へさせる。

 場所もあの時とほぼ同じだ。


「プリムラ……そうか、プリムラか!」


 喜色で彩られる懐かしさでユリウスもまた笑みが溢れてくる。


「はい、ユリウスさま。ずっとお会いしとうございました」


 答える王女が一歩踏み出し、手を差し出してきた。

 剛勇を誇る騎士は思わず、ほっそりした白き手を取る。


 ユリウスとプリムラの両人は十年ぶりに手を取り合った。


 後世において、新たな時代へ動き出した瞬間だったと語られるようになる。

 無論、現時点では当人も含め誰も歴史を揺るがす再会だったと知る由もない。


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