14.漢、料理す(味は微妙ながら愛は燃え上がる)
ロマニア帝国第十三騎兵団の四天と呼ばれる四人は食堂へ集っていた。
誰も口は利かない。息を詰めている。
耳を澄ますベルの口が開くのを、他の三人は待っている。
「らしき連中は周囲の建物にいそうだ。たぶん屋根から監視している」
ゆっくり慎重にする報告に、長身のイザークが顎に手を当てた。
「アサシンといった、いつ襲撃してきてもおかしくない連中ではないのか」
「少なくても刃物系は所持していなさそうだ」
ベルは同族もしくはそれに準ずる種族の誰より耳がいい。屋敷周囲とする距離ならば刃ずれの音くらい簡単に拾える。
「住居が居並ぶなかでの襲撃は普通考えづらいが、あの宰相ではわからない」
「なにせ異世界人とする噂もあるくらいだからね。常識で計るのは確かに危険だ」
ベルの指摘に他の三人は一様にうなずいてくる。
コンコンとドアを叩く音がした。
メイド服のツバキが四つのお茶を載せたワゴンと共に入室してくる。
「ユリウス様から、あいつら今頃、眉間に皺を寄せているだろうから持っていってくれ、とするご指示を受けましたので、お運びしてきた次第です」
まいったな、とする四人の顔だ。自分らの指揮官は豪放磊落でありながら気の回りがいい。これが婚約者絡みになると途端に頓珍漢そのものになるから難しい。
「しかし本当にあいつ……じゃないユリウスが料理しているのか」
有り難くいただく、と最初にカップを手にしたイザークが続けてした質問だ。
「はい、それはもう楽しそうに姫様のお手伝いを超えて、まさに共同作業といった具合です」
「団長がねぇー、姫さんが一緒とはいえ、食えるもん作れんのか」
自らワゴンまで赴いてカップへ手を伸ばすヨシツネの揶揄は本気が半分ほど混じっている。
「人のお気持ちがわかるあの方が、おかしなものを出すはずがありません。ご安心ください。少なくとも、全然に役立ってくれないモノより信用はかなり高いかと申し上げさせていただきます」
平坦な口調だがツバキは間違いなく罵っている。相手は明白だ。
ヨシツネが黙っていられるはずもない。
「おぅおぅ、ツバキぃー。慕っている団長を褒めたいからって、その腹心を落とすのは感心しねーぞ」
「なにを仰いますか。実際にそうだったではありませんか。道中にて、私と姫様の間を持ってくださった人物は、依頼したヨシツネ様ではありませんでしたわ」
プリムラと馬車に同乗していないことへ気づいたユリウスが事情を察した。近くまでやってきては、ツバキを引っ張る形で連れていく。馬車と並走するままプリムラを呼んで、窓を開けてもらう。
「王女、文句はしっかり言ったほうがいいぞ。生きているうちにな」
まさに殺し文句をユリウスが放てば、プリムラは軽いため息と共に折れた。ツバキの同乗を許す。
「ユリウス様の御気遣いは心の強さからくるのでしょうね。取りなしを頼んでもビビるだけで動けない方を見ていただけに、殊さら思います」
「しょうがねーだろ。団長とは立場が違うんだよ、立場が。それに姫さんと言うだけあって、そこらの女と違って、なんていうか気圧される雰囲気を持っているんだよ」
珍しくヨシツネが弱気をさらしている。
「普段のお調子者はどうしたのですか。特に女性には気後れと真逆な行動しかない方が、いざとなったら腰が引ける。とても身分が理由とは思えません」
今回のツバキは特別に手厳しい。
他の三人が戦場以外でも友軍とする行動を必要とするか、考え始めたタイミングだった。
「まぁまぁ、ツバキ。そう責めるな。ヨシツネは女好きだが、やはり美人相手では他と同じようにいかないものだ」
なだめながら、ユリウスが入ってくる。
屋敷の主人を慕うツバキがおとなしく聞き入れるのは当然としてである。
なんでこんなヤツを……、とヨシツネは反論しかけて、息を呑み込む。四天の他の三人もまた我らの騎士団長を唖然として眺める。
熊かゴリラかとするごつい体格を覆う、かわいいエプロンである。一緒に入ってきたプリムラと同じものを着用していた。お揃いの格好というわけだ。
「ユ、ユリウス、その格好……」
さすがのイザークも今回は内に留めておけない。懸命に笑いを堪える声は震えている。
はっはっは! と笑われる側が高笑いした。ユリウスが胸を反らして訊く。
「牢にぶち込まれていた時に、看守のリースから提案を受けていたのだ。二人の仲をより親密するために同じものを身に付けるのも一つだとな。どうだ、似合うだろう」
似合うかどうかはさておき、うーんとベルはあからさまに唸ってみせる。
「ユリウス団長、意図は理解するけど、どうして選りよってエプロンなのさ」
「遠征から帰還するまで確実に仕立て上げられそうな衣服といえば、これだったからな」
ええっと、とヨシツネは戸惑いを隠さず訊く。
「それで、いつ注文しに行ったんですか」
「もちろん、牢を出たその足でだ。ドラゴ部族の侵攻を止める件は聞いていたからな。慌てたもんだ」
アルフォンスは例のごとく顎髭を撫でながらだ。
「ユリウス、お主の感性は昔から尖っているのぉー」
「そうか、そんなに似合っているか」
誰もそんなことは言っていない。それが四天とされる四人が胸の内で呟く共通の感慨であった。
プリムラは「とてもお似合いです」とうっとり言い、「素敵です」とツバキが頬を染めている。増長させている原因を目の当たりにすれば、四人は揃って嘆息をもらす。
「そ、そうか。そこまで似合ってはいないだろう」
紛れもない賞賛は却ってユリウスに照れを生じさせている。四人も正直、似合っているかどうか何とも言えないが悪くはないと思う。ただこの場において下手な感想を口にしては無粋な気がしないでもない。当人たちが幸せなら良しとすべきだろう。
俺も作ってみたんだ、とするユリウスの料理にも興味が惹かれる。
実際はプリムラの手伝いに終始し、野菜を主とするスープだけが手ずからの料理みたいだ。味はなんとも微妙だった。旨くはありませんね、と胸の内に閉まっておけないヨシツネの評価には、調理人は太い首を捻る。
「そうなのか。牢で出されたものより、ずっと良い味だと思うぞ」
「団長、そんな所のレベルと合わせないでくださいよ。まったく囚人生活に馴染みすぎじゃないですか」
ヨシツネの返しに、一同から笑いが起きる。誰もが穏やかな顔になっていく。
食事会は愉しいひと時となった。
いつまでも過ごせたら、と思う時間だった。
それだけに食後の紅茶が出される段へなれば、幾人かは一抹の寂しさを覚えたほどだ。
終始朗らかだったユリウスが顔つきを改めれば、誰もが終わりを悟る。
「おまえたち、考え直すなら今のうちだぞ」
当夜に集められた真の目的である、肝心の確認が、ついに為された。
四天の四人は、返答を求められていた。




