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13.漢、その配慮(受ける相手は剣戟兵長と侍女)

 責任のなすりつけ合いが始まっていた。


「早く姫様にお詫びしてくださいません? 私、怖くて同乗できないんですけど」


 馬車の後を追う馬上のツバキが横に並ぶ馬上の主へせっつく。


「いーじゃねーか。見つかったあの場で謝ったわけだし」


 ヨシツネがいかにも、行きたくない、と返している。もちろんこれでツバキが引き下がるはずもない。


「改めてですよ、改めてしてくださいと言っているのです。許してもらうためならば命を差し出します、くらいのこと言ってください」


 なにやら物騒な内容で焚き付けてくるから、ヨシツネは相手の表情を確認する。あらかた冗談だろうと予想しながら目にしたメイド服の侍女は一見して真剣であった。姫のご機嫌を直すためならば、死ね! とする鋭い眼光を放っている。

 第十三騎兵団の四天(してん)に括られる勇壮な騎兵がたじろいでいた。思わず近くの仲間へ助けを求める。


「おい、ベルぅ〜。ちょっと相談乗ってくれないぃいー」


 声に猫撫でも混じっている。

 共に過ごす月日を重ねてきたハーフエルフの弓騎兵長は、この僚友がどんな場合に使用する声音かよく知っているから、即座だった。


「やだ。僕を巻き込まないでくれるかな」

「なんだよー、まだ何も言ってないぞー」

「どうせ、昨晩のことだろ。だから近くまで行くのは止せ、と言ったのに。自業自得だよ」

「しょうがないだろ。こっちは近づかなければ聞こえないんだし、見たいしな」


 庭園のガゼボ(西洋風東屋)で我らの団長が婚約者と二人きりになる。夜中である。これは絶対に面白くなると踏んだ。

 興味を抑えられない者はヨシツネだけではない。ベルは耳を澄ましているし、イザークなんてディディエ卿との話しが長引くから代わりに見てきて欲しいとくる。城主との話し合いに同席するアルフォンスも顎髭を弄りながら、面白そうだのぉ〜と言っていた。


 オレは皆の期待に応えただけだ、とヨシツネは言い返しかけたところで、ふと思いついた。

 一緒に覗きに行ったプリムラの侍女へ視線を戻す。


「なぁ、ツバキ。ちょっと思ったんだけどよ。姫さんの怒りが解けないのって、オレのせい?」

「なにが言いたいのですか」

「別にオレだけじゃなく、うちら四天がこっそり出張っても、あそこまでへそを曲げないような気がするんだよな」


 返答がなかったから、ヨシツネは「てめぇ」となった。

 本来のツバキなら、しれっと誤魔化すが今回ばかりは黙ってしまう。


 昨晩、プリムラからユリウスと庭園へ出る前に、ある覚悟を告げられていた。再会後において、初めて二人で話し合った、あの思い出のガゼボで決めたい。八角屋根の下で初めての口づけをしたい。

 なんて可愛らしい、と聞かされた際は確かに思った。ユリウスを慕うツバキとしては少々複雑な心境にならなかったと言えば嘘になる。けれどもプリムラを応援したい気持ちは真実(ほんとう)だ。名前を呼ばれたり、頭を撫でられたり、抱きかかえられたりと、肝心の婚約者より先んじて心ときめく体験をさせてもらっている。これ以上はぜいたくだと思っている。

 けれど乙女心は難しい。自分のことながら制御が効かない……、と考えたところで、ある結論へ至った。


 ふっとツバキは微笑して口を開く。


「ヨシツネ・ブルームハート様が覗き見を提案しなければ、こんな事態に陥らなかったのです」


 ツバキにすれば、こいつがあちこちに覗き見へ誘う真似なんかするからいけない。行くなら一人でさっさと行けば、自分も乗らなかった。

 逆恨みな気がしないでもないが、ツバキは真剣にヨシツネのせいとした。


「まぁー、そうなんだけどよぉう」

 と、認めてくれば、ここは甘えたい。


 しょうがないとヨシツネがこめかみをかいた。


「姫さんに死んでお詫びをするとすれば許してもらえるんだな」

「ええ、死んでください」


 ヨシツネがする人の良い言葉に、ツバキはにべもない。だから提案者は不安を隠さず確認してくる。


「なぁ、死ぬなんて口だけの話しだよな」

「なにを甘いこと。以前に姫様がヤバい女だとお伝えしたはずです。その場で自害してください」


 ヨシツネにすれば、おいおい、である。


「ツバキ、てめぇも充分ヤバそうで信用ならねーぞ」

「あら、もしかして前言を翻そうなど考えてはいらっしゃいませんよね。第十三騎兵団四天の一人には二言などあってはならないことです」

「調子いいこと言うなよ。こっちは名声なんかクソ喰らえで生きてきてんだよ」


 情けない、とツバキが返したら、カチンときたヨシツネだ。怒りの反撃を繰り出せば、相手も黙っていない。馬を並べて喧々諤々の言い争いとなった。

 近くにいるベルとしてはいつまでも放っておけない。もういい加減したら、と割って入るだけではない。


「そんなに姫様のご機嫌を取りたかったら、ユリウス団長に頼めばいいじゃないか」


 なんで思いつかないとする提案も付け加えてきた。


 あっとした顔をヨシツネとツバキがした。

 プリムラにずっと付いていく、と言われてからのユリウスは頬が緩みっ放しだ。余程うれしかったのだろう。野生とすべき勘で発見した、茂みに潜んでいたヨシツネとツバキを許すだけではない。しょうがないな、と笑い飛ばす。至ってご機嫌なのは日が改まっても変わらない。

 まだ今なら一つ返事で引き受けてくれそうではないか。


 うちの団長どこだ、とヨシツネが慌てて所在を求めた。視線を遠くに運んだから見つけるまで時間を要してしまった。

 いつの間にか、探し求めていた人物は正面にいた。プリムラが乗る馬車へ馬上のユリウスが横付けしている。

 なぁーんだ、とヨシツネは脱力を覚えた。しかも手招きまでされている。これは話しが早くていいや、と内心でほくそ笑んで近づいたらである。


「なんだ、ヨシツネ。おまえじゃないぞ」


 つれなくもユリウスから人違いとされていた。

 ツバキー、と今度こそ間違いないよう名前が叫ばれた。ビクッと呼ばれた相手が震えていれば、「大丈夫だぞ」と優しく笑いかけてくる。


 おかげで馬車の内からこっそり外を窺っていたプリムラの頬はいっそう膨らんでいた。


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