11.漢、自信がない(息子だと認識させられる)
いくら息子であろうともだ。
片膝をつく臣下のポーズを取ったほうがいい場面である。
けれどもユリウスは城主を対面するや否や悪態を吐いている。
いきなり周囲の者へ親子の愉快な会話を披露していた。
つまり未だ突っ立ったままである。
うーん、と胸の前で両腕を組んで考え込んでいた。
「バカ親父殿は、いったい誰の話しをしているんだ。ちょっとボケたか」
「ボケは、そっちだ。バカな息子だからわかるよう、わざわざ名前で呼んだの、わからんのか」
ふんっと鼻を鳴らしてディディエ卿は勢いよく椅子へ腰を降ろす。
組んだ両腕をユリウスは解いた。しかしながら口調は考え込む姿勢を崩していないことを示す。
「そう言われてもな。なぜそんな話しが出てくるか、俺にはさっぱりだ」
「そうだな。説明なしでは、いきなりすぎたな」
親子間が多少の落ち着きを見せた。冷静へ戻ったというより、ようやく気が治まった感じである。
一度、ディディエ卿は広間をぐるり見渡す。それから重々しくだ。
「そろそろ儂も引退しようと考えている」
「女遊びをか」
「違うわい。言っておくがな、こっちの女性の付き合い方はな、おまえが思うような形だけじゃないぞ。歳を取ればな、男女の仲もいろいろと……」
閣下、とマクシスのたしなめが入る。
いかんいかん、と実際に声を出したディディエ卿は用件の続きを始めた。
「儂は爵位を返上しようと思っている」
「そうしたら、ここを誰が治めるんだ。皆、困るじゃないか」
「だから、おまえがやるんだ。ここエルベウスは、ユリウス。おまえが治めていくんだ」
はっはっは! ユリウスが高笑いを上げた。
いつもの調子なのだが、聞き慣れている四天にすれば、今回は唐突感を抱く。
どうやら珍しく動揺していると判断した。
もっとも当人は自分自身のことゆえ、わかっていないかもしれない。
「冗談は止してくれ。親父殿のいたずらは度が過ぎて、困ったものが多すぎる。俺が? それは無理だろう。剣を振るうしか能がない男なんだぞ」
「立派に騎兵団をいう人間の集団を統括しているではないか」
「それは戦場においての話しだろう。政務など無理に決まっている。第一なんで、俺なんかにやれと言う」
心底から呆れたとするディディエ卿の態度だ。だが、きっぱり言い渡す。
「息子だからだよ、おまえが。ユリウスはラスボーン家、唯一の跡取りなんだよ」
しん、と大広間は静まり返った。
打ち破れる者は返答を迫られたユリウスしかいない。
さすがに即答できないようで頭を捻る様子を見せた。
が、意外にも口が開かれるまで早かった。
ただし内容ときたらである。
「バカ親父殿なら隠し子くらいいるだろう。遠慮せず言ってくれ。そのなかには政務に向いた者がいるはずだ」
返事を与えられた人物だけでなく、この場に居合わせる全員がずっこけかけた。
自分の禿頭を撫でるディディエ卿は、ため息を吐くように訊く。
「我が息子よ、どうしてそこまで自信がない」
今度の静寂は長かった。
ユリウスが返事に窮している。図星を突かれ動揺は激しい。ユリウスさま……、とプリムラが心配そうに名を呼ばなければ、いつまで黙っていたかわからない。
婚約者に応えるためにも、椅子に座る養父へ向く。
「バカ親父殿は傑出した人物だと思っている。バカ親父殿だからこそ広大なこの地方を治められているくらいはわかっている。とても俺では無理なんだ。なぜなら……」
「血統が能力を引き継ぐわけではないぞ」
ぐっと詰まったユリウスは正面を見つめる。
ふっとディディエ卿の口許に微笑が宿った。
「血筋に任せて地位を与えていたら、碌でもない事例へ至った例に数多く出くわしてきただろう。おまえだけでなく、ここにいる者ならば承知していることだ。かく言う儂だって先代の皇帝から辺境伯を賜ったものだ。誰かから受け継いだわけじゃない」
説得力はあった。けれどもそう簡単に受け入れられる話しではない。
躊躇をはっきり表すユリウスへ、返事は急がないとしながらディディエ卿は続ける。
「プリムラ王女と夫婦になってエルベウスを治めるがいい。ユリウスよ、おまえだけなら難しくても二人でならやれるはずだ。なにせ婚約者は才媛だからな、承知しているだろ」
駄目押しを忘れない、したたかな親父殿と再認識させらるユリウスであった。
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エルベウス城の広間で義理でも親子に違いない会談がすんだ後だった。
「ほほぉ〜、儂に会いたがる者は一人だけではないようだ」
城主が個人としてくつろぐ部屋へ訪れる者は複数あった。
だが訊きたい事柄はいずれも同一としていた。
誰もがディディエ卿へ尋ねる。
辺境伯を譲りたいとした、その真意を。