58.姫、宣言す(彼の配下の者たちへ)
帝都への帰還に特別な配慮は必要としないくらい近くの山まできた。
イザークは腹心のオリバーに第十三騎兵団の行軍は任せて離れていく。
指揮官の所在を確認しなければならない。
ユリウスが帰途の行軍から離れたようである。
自分を見つめ直したい、とおよそらしくない理由からである。
突拍子もないとするにはいつものことだ。
今度は何を仕出かしているのか、内心わくわくしながらも仏頂面を作って馬を走らせる。報された行き先の水辺まで急いだ。
到着すれば早々に、いちおうの状況は把握できた。
腰巻一丁のユリウスが滝に打たれている。
隣りで一緒になってハットリというニンジャの少年がふんどし一丁で付き合っている。
なんだか親子みたいだな。イザークはそんな感想を胸に馬から降りた。水縁に腰掛けて見守っている者たちへ向かって歩いていく。
プリムラとメイド服の侍女にニンジャ二人だけではない。
アルフォンスにヨシツネ、ベルといった三人もいる。ここにイザークが加わるから四天が揃うことになった。
豪華というか、肝心とするメンバーが勢揃いときている。
彼らは一斉に新たな登場者へ注目を集めてくる。
イザークは、いい機会だと思った。
ユリウスを抜きにした皆の前で問いたい事柄がある。
来たのぉ、とアルフォンスが気さくな出迎えの声に応じず、さっそくだ。
「プリムラ姫。いや、プリムラ・カヴィル。あなたは何者なんだ」
周囲はお構いなしでイザークはいきなり切り込む。
おいおい、とツッコむヨシツネに、なんだ? とベルはやや面食らっている。
むしろ不躾な質問をぶつけられたプリムラのほうが落ち着き払っていた。
「確かにユリウスさまに聞かれたくなければ、現時点が最良の機会です」
人並み外れた五感を持つユリウスでも滝に打たれていては地獄耳の発揮は難しい。
「挨拶もせずとした点はお許し願いたい。ただそうせずにいられない心境を、察してもらえたようで、ここはそれに甘えて話しを続けさせていただきたい」
「それはお褒めていただけていると解釈してよろしいでしょうか」
「もちろんです。偽者とした当初の印象とは真逆の意味で、今はプリムラ姫の身分に疑義を申し立てているのですから」
確かにこれは、ユリウスに聞かせられない。
うっすらプリムラの口許は歪んだ。決して婚約者に見せないであろう冷笑が象られている。
「わたくしの身分ですか」
「はい。正確には身分というより地位とでも申しましょうか。自分にはプリムラ・カヴィルという王女が第八に位置するとは思えない」
「なぜ、そのようにお考えなられました?」
「龍人はドラゴ部族と名乗っているが、それは少人数ゆえの呼称であり、実際は一個の国に等しい。しかも亜人だ。それが人間の国であるハナナと国交を開く契機をもたらすなど、相応の発言力が持っていなければ為し得ないでしょう」
食糧難に陥っていたドラゴ部族は資源と武力の供給をもって、ハナナ王国から食料の提供を受ける段取りまで着いている。貿易を今後も行う算段へ入っている。仲介に翼人も入ったおかげで、龍人側は胸襟を開けた。これからも続く関係が結ばれようとしていた。
鎖国に等しい状態にある人間の国が他と交流を始め出す。
しかも相手は亜人だ。
あまりに出来事が画期的というか、意表を突きすぎている。
指導者の血筋にあれば誰でも可能とする規模の話しではない。
「これは王かそれに近しい立場になければ実行不能な話しでしょう」
イザークは見立てを開陳した。
ふふふ、とプリムラが浮かべる笑みは単純ならざるものだ。
「もしわたくしが最高位もしくはそれに準ずる立場にあったとしたら、どう思われるのですか?」
「プリムラ姫がユリウスの許へ来た理由について疑わざるを得なくなる」
「どのように?」
「闘神と呼ばれるほどの騎士であるユリウスを自国へ引き込むため。つまり籠絡するためにやって来た可能性もある、ということです」
滝が激しく水面を叩いている。
初夏へかかる陽気は景色を暖かに染め上げている。
思惑を秘めた会話が飛び交わなければ、平穏そのものの情景であった。
「お優しいのですね、イザーク様は。ユリウスさまの気持ちを思い煩っていらっしゃる。他の御三方はともかく、貴方だけ少し違うと思っていたので意外でした」
静寂を破るプリムラの含みがある発言だ。
少し肩をすくめるイザークは正式な位取りを為されていなくても、誰もが認める第十三騎兵団の副長だ。騎士団長の腹心であると同時に長年の友人でもある。
「あいつとは士官学校以来の付き合いですからね。まったく女に絆されやすい性格は変わらないというか、唯一の弱点とも言えましょう。だがそんなヤツだからこそ、我々のような者たちは付いていきたいとなるようです」
個人としての想いもあることを伝えてくる。
ふふっとプリムラが浮かべる笑みはつい先と違って愉しそうだ。
「ご安心ください、とイザーク様を含め、ここにいる四天とされる他の御三方にも申し上げさせていただきます」
第十三騎兵団の名を成す四人と故国から付き従ってきた侍女及びニンジャの二人は視線を向ける。
注目を集めたプリムラは立ち上がった。まるで聴衆に応えるかのように高らかに上げた。
「わたくしことプリムラ・カヴィルは、ユリウス・ラスボーンに身命を捧げます。この言葉に嘘偽りないことを、彼に集いし者たちへ宣誓致しましょう」
内容もさることながら、耳にした者に拝聴の意識まで抱かせる。
そこまで余人の追随を許さない貴人の格を感じさせた。
順位など問題ではない。
彼女は王女に違いなかった。
少なくともここにいる者たちは、その存在感に圧倒された。
唯一、ハーフエルフのベルを除いて。