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56.漢、食べろと差し出す(拒否される)

 焚き火がばちばち爆ぜる音に、ため息が混じった。


「やっぱりショックでした?」


 白い騎兵服に袖を通すプリムラが炎を挟んで座るハーフエルフへ心配そうにかける。


「うん、まぁ。グレイの(すさ)む気持ちがちょっとわかったというか……僕のようなどっちの血も混ざる半端者が、そこまで気にかける必要はないんだけどね」


 苦っぽい言い方でさえ気遣っているようで、ベルらしくない。

 プリムラの横に腰を降ろすがたい良き(おとこ)は当然ながら放っておかない。


「何を言うんだ。どちらの立場にも立てる血筋ではないか。優しいベルにこそ相応しい宿命だ」

「宿命ってこられると、なんか凄く重たく感じるんだけど」

「そこはしょうがないぞ。なにせ俺に出会った時点で他の連中ではおいそれと理解できない大変な境遇の下で歩くこととなったんだ。これを宿命と言わず、なんと言う」


 言い切るユリウスは、まさに一人合点だ。

 今度こそ苦笑したベルである。


「僕がを騎兵団に入れたのってユリウス団長じゃなかったっけ」

「そうだったか? イザークの策略ではなかったか」


 焚き火を囲む長身のハンサムな長槍騎兵長は突然の振りにやや声を尖らせる。


「ユリウスが入団させたいというから手を貸したんだ。自分が全てを裏から策謀していたみたいな話しへ持っていくのはやめて欲しいものだ」


 そうだったかぁ〜、とユリウスは呑気に答えている。

 そうだっただろ、とイザークは念を押してくる。

 ははは、と笑うベルの気分はだいぶ和らいだようだ。


「それにしても驚いたな。まさか姫の国に侵攻があったとはのぉ」


 いつもの癖でアルフォンスは顎髭を撫でながら訊いている。

 ヨシツネもまた確かめたい事柄があったようで質問を重ねる。


「それにしても魚人族の連中。ムートとか言ったっけ? 戦いを仕掛けるなんて人間並みの繁殖が出来る種族なんですかね」

「いえ、魚人は僅かな手傷を与えられただけで引き揚げたそうです。やはり一人でも失いたくないとする姿勢が見えれば、いずれの亜人を変わりなく出生数は厳しいように思われます」


 明察を披露するプリムラには騎兵服がよく似合っている。戦略会議に等しいこの場において意見を求められる一人となっていた。

 自然な調子でユリウスが訊く。


「それにしてもムートと言えば大陸の北において交易の要とされているのだろ。各国に通じ、かなり財を為した部族と聞いている。それがどうしたわけだ、他国へ侵攻などとは」

「あくまで推測の域を出ませんが、富を獲得しすぎたのかもしれません。野心を抱けるほどに。現実にドラゴ部族は彼らとの交易を断たれたせいで食糧難へ陥らされましたから。ムートとしては自分らの影響力を再確認したはずです」


 ドラゴ部族は山間を活動の拠点とする。農地は広大とまでいかず、鉄鋼を主とした資源の輸出によってムートから食料を仕入れていた。不幸だったのは不作となった今期に加え、いきなり交換比率の倍増を要求され、返答の躊躇を拒否として断じられてしまった。

 初めからドラゴ部族を追い詰める意図があったとしか考えられない。 


「辛かっただろうな、龍人(りゅうじん)たちも。酷い仕打ちにあったとしても、同じ亜人。食糧の強奪に人間の国へ向かってしまう気持ちはわかるぞ」


 沈痛な想いに沈んだユリウスは翼人(つばさびと)とすごした日々が甦る。

 そういえば翼人の里において当初は冷たい態度を取る者もいた。

 ふふふ、とプリムラがユリウスを幸せにする微笑を投げてくる。


「けれども策謀を巡らす者たちにとって、予想だにしなかった事態が起きてます。それはユリウス・ラスボーンという人物を見誤ったせいで、今頃とても後悔しているでしょう」

「俺がなんかしたか」

「はい。彼らは闘神とする評判から好戦的な性格の持ち主と考えていたに違いありません。実際のユリウスさまは亜人相手で、しかも戦っている相手に心を通い合わせるなど、思いも寄らなかったはずです」

「ああ、あれは亜人どうこうよりアーゼクスがいいヤツだったからな。たまたま俺と気が合っただけだ」

「でも帝国の人間が亜人と気が合うなど、他国からすれば信じられないことですよ」


 プリムラの過大評価だと思うユリウスだ。


「俺に限った話しではないと考えるが、どうだ」


 焚き火を囲む、ハーフエルフのベルを除く帝国所属とする三人へ振る。


「自分はユリウスと出会わなければ帝国の思想そのものを何も考えずに受け入れていただろうな」

「傭兵が長かったからのぉ。人間だろうが亜人だろうが敵なのかどうかだけの話しだ、吾輩にとってはのぉ」


 火を棒で突くイザークに、串刺し肉の焼き具合を確かめるアルフォンスは普段と変わりない。


 意外にもヨシツネが目を落とし、やや複雑げに返してくる。


「見たこともない亜人なんか、どうでも良かったですよ。それより明日のメシにも困って這いずり回るオレらをまるで汚いものを見るかような街の連中のほうが憎かったです」


 ばちばちっと焚き火が爆ぜた。

 ほれ、とアルフォンスが串ごと肉をヨシツネへ差しだす。オレより先に姫さんへ、と苦笑いしつつの遠慮が示す。

 ユリウスが目配せでプリムラに確かめてからだ。


「遠慮するな。苦労してきたヨシツネではないか。食え、たんと食え。アーゼクスたちに渡してしまったからたくさんとはいかないが、俺の分くらいやるぞ」

「すみません。団長が気遣ってくれているのは充分にわかっているんですが、人の感傷をぶち壊す真似はちょっとご遠慮願いたいなと言わせてもらいます」


 なんだと、とユリウスが心外だとするから、笑いは起きた。

 じゃ、僕のを姫様に、とベルが肉刺しを渡そうとする。

 受け取るよりプリムラは考えを皆へぶつけた。


「もしかしてムートはエルフにも何かしらの良くない圧力をかけてきたのかもしれませんね」

「姫様はどうしてそんな風に思うの」

「グレイさんが亜人同士の関係性に酷く絶望していたようなので。もしかして人間と組んでエルフを追い詰めるような行動を起こしたと思うのです。まだまるきりの推測でしかありませんが、ユリウスさまの態度にとても嬉しそうでしたから」


 そっかぁ、と何やら考え込むベルの横で、ヨシツネは「いらないですってば」と叫んでいる。ユリウスがしつこく差し出す肉の串刺しを押し戻していた。


 姫様、とベルは呼んでからだ。


「今度、といってもいつになるかわからないけれど、グレイに会ったら話しを詰めてみようと思う。人間の命なんてどうでもいいとするヤツだけれど、わざわざ奪いにいくようなヤツでもないから」

「そうだな、ベルの友達は王女みたいな、かわいらしい感じがする女の子だもんな」


 珍しくユリウスが茶々を入れてくる。

 団長はそうくるか、とベルが少し複雑な笑みを口許へ湛えた。

 えー、とヨシツネが驚きを挙げて会話へ参戦する。


「なんであんな男女みたいなヤツをかわいいとしますかね。団長の基準はよくわからねぇー」

「なにを言うんだ。かわいいに男も女もあるか。性別による差別はやめろ」


 あまり噛み合っているとは言い難い。

 間に入る者は誰が、とする雰囲気が流れだす。会話の当人以外が身を乗りだしかけた。


 不意にユリウスは何か気づいた顔を閃かせた

 向き合うヨシツネから背後へ身体の向きを変える。

 巨漢から想像できない素早さは、プリムラを初めとする焚き火を囲む四人が後追いとなった。


 どうだった? とユリウスが尋ねている。どうやら敵襲ではないらいしい。

 

 仄暗いなかから忍び装束のツバキが現れた。はい、と返事すると共に差し出してくる。


 それは刃を失ったロマニア帝国の紋章が描かれた剣の柄であった。

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