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53.姫、事態を目す(感服もされる)

 プリムラのそばへ、イザークがやって来るなりだ。


「すみませんでした。自分はプリムラ姫を少々見くびっていたようです」


 白い騎兵服で身を包むプリムラへ頭を下げる。


「そうですか。でも、わたくしとしてはイザーク様が一番の理解者だと思っております」

「実はどの程度のものか見届けてやろうとした気持ちがあったことを正直に申し上げさせていただきます。次いでに告白させてもらえば、女がどれほどの知恵が出せるものか、とする帝国男子の悪いくせも出ていました」


 プリムラの愛くるしい口許が、ふっと緩んだ。


「おっしゃらなければわからなかったことを、わざわざ教えていただけたということは、認めていただけたと捉えてもよろしいでしょうか」

「認めるも何も昨日の瓦解しかけた後方隊をまとめてくれた時点で、その勇気と才覚にうなされています。後方はいつでも投入できるよう待機が、先日の作戦における大前提でしたから。もし崩れていたら、真実の敗北を喫していました。全てプリムラ姫のおかげです」


 感謝を受けたプリムラは前方へ目をやる。

 風景は真白で染まっている。

 だがようやく濃霧が引き始める気配を見せる。

 横に立つイザークも正面を眺めつつだ。


「自分も霧が立つだろうと思ったものの、ここまで濃くなるなど予想できなかった。読み切ったプリムラ姫には感服しかありません」

「それはわたくしというより、ニンジャたちのおかげです。彼らは気象を読むことを得意としていますから」

「そしてドラゴ部族はこの土地に明るくない点を踏まえ、ユリウスが望む結果をもたらす戦法を考案する。自分ではこうはいかなかった」


 くすくす、プリムラが笑う。

 とても無邪気とは程遠い、含みがある響きだ。ユリウスの前では見せない笑みだ。


 だがイザークは不審など抱かなかった。

 なぜならば自分らも同じだからだ。

 ユリウスを前にする際と、いない場合では人間が変わる。

 だからプリムラが変化を起こすことに理解というより共感できる。

 むしろ信頼が増す姿だった。


「そう自分を卑下致しますイザーク様も、モンサン湿原の利用は考えていたのでしょう。『たばかりの美しき沼』の別名を持つ、ここを」


 プリムラの確信めいた声に、イザークは参ったなとする顔をした。

 昨晩の天幕内における作戦会議で、プリムラが地図上の彼の地へ指を当てれば、自分の考えと同じで嬉しく思った。どうやらその節に浮かんだ顔色を読まれていたらしい。

 それから濃霧の発生を予期して、作戦を披露する。

 もし霧が発生しなかったら? 思ったより濃度が低かったら?

 念の為とする確認事項は他にもいろいろあったが、まず最善手で挑む方向で準備を進めていくとなった。


 おかげでベルとヨシツネは夜通しの特訓をさせられるはめになったが。


 薄まりだした霧のなかで、声が上がっている。

 驚愕と苦悶と腹立たしいとする中身であった。


 そこへ近寄ってくる者の足音がした。


 いちおう用心でイザークは長槍を握り直す。

 暗殺の対象とされていたプリムラであれば、油断は大敵だ。

 姫様、と聞き慣れた声を耳にしても槍は降ろさない。


「どうですか、ツバキ。上手くいきました? もちろんユリウスさまは無事よね……」


 尋ねるプリムラの声は冷静から感情へ移っていく。ふと駆られた不安のせいで、最後はか細くなる。


「はいそれはもう、ユリウス様は相手の説得に乗り出していたくらいです。王女の想いは無駄にせん! と力強く申しておりました」


 白い闇の中から騎兵服のツバキが姿を現しては報告する。

 良かった、とプリムラが胸を撫で下ろす。

 イザークは構えを解いていた。


「どうやらいつもお付きの方が戻られたようだ。ならば自分は陣形の最終確認に行きたいと思いますが、どうでしょう?」


 快諾があれば、長槍騎兵長は姿勢を正して恭しく頭を下げる。

 陣形に隙間はないか、自らの足をもって確認へ向かう。目視が不自由ななかであれば、用心に越したことはない


 お疲れさま、とプリムラは二人きりになるなりツバキへ労いを述べた。

 周囲の警護に就くオリバーを初めとする信頼篤い騎兵がいるが、霧の中へ沈んでいる。声も二人の間にしか届かない大きさで交わす。


「思った以上にユリウス様の配下の二人が体得してくれたおかげで、こちらの思惑通りに運びました」


 耳打ちするようにツバキが報告する。

 聞きながらもプリムラは晴れ始めた前方の光景から目を離さない。


「では前にいる龍人兵は、だいぶ数が削られているわけですね」

「はい。霧に紛れたニンジャの誘き出しと襲撃で、ここにいる兵は三百もいないかと」

「でもその中に猛将アーゼクスがいる」


 陽が高くなり、青空を垣間見せてきた天候が霧を払い出す。

 白い闇はみるみるうちに溶けていく。


 プリムラの眼下には泥沼によって腰まで沈んだ龍人兵が広がっている。

 身動きに不自由する敵を取り囲む帝国騎兵がいる。


 勝敗は決していた。

 だが目指していたところは戦のさらなる向こうにある。


 真実の目的を果たすための役者がやってきた。


 おーい、と巨漢に似合わぬ軽快な足取りで、ユリウスが向かっていた。

 ハナナ王国第八王女へ、婚約者へ、プリムラの下へ。


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