51.漢、忘れてるっぽい(四天の一人に運命の瞬間あり)
カナン・キーファ皇王。ロマニア帝国、グノーシス賢國に次いで大陸三位の国力を持つグネルス皇国の最高位にして指導者である。
「しっかしよ、あの時、団長は相変わらずだったけど、イザークもまたなんて言うか、面白かったよなぁー」
思い出し笑いのヨシツネが、天幕内にて丸テーブルを囲む作戦会議を脱線へ導く。
だね、とベルが、アルフォンスも髭を撫でながらニヤニヤしていた。
面白くないイザークが喰ってかかる相手はユリウスだ。
「まったくなんで騎兵団の指揮官たる者が大国のトップを知らないんだ」
はっはっはっ! とユリウスはこの頃は高笑いをよくするようになった。プリムラという婚約者を得てから見せる顕著な変化だ。
「カナンなんとかが皇位に就いたの、けっこう最近なのだろ。じゃ、無理だ。なにせ俺は婚約破棄され続きですっかり世間などお構いなしだ」
「私的な事情で公務に影響を及ぼすなどあってはならないことだ。その辺りはしっかり自覚を持ってだな……」
イザークの説教は内心でしたくないと思っていても始めると長い。自覚がないだけに時と場合によっては厄介である。幸いにも近しい間柄が空気を読んで対処に出る。
まぁまぁ、とベルがなだめれば、アルフォンスが感心したように言う。
「グレイが打ち明ける気になったのはイザークが大きかったに違いない、と吾輩は思うのぉ」
振られ続きの弊害か。プリムラがカナン・キーファを知っているとしただけで、ユリウスは動揺した。自身が婚約者として相応しくないなどとする方向へ話しを持っていく。
確認しなければいけない点へちっとも進まない。緩い会話に業を煮やしたイザークが買って出てきた。ただグレイへかけた第一声が後々まで話題へ昇るようになる。
「申し訳ないが話しはこの自分、イザーク・シュミテットとしてもらえないだろうか。ユリウスだけではなく自分もまた好意的な誼みを結べたい。キミはとてもチャーミングであるしな」
どう見ても失敗しているなぁー、とベルはグレイの表情から判断した。推論でないと発言からもはっきりしてくる。
「なんだか、こいつ。キモチワルイんだけど」
「イザークはいつもこんな感じだから気にしなくていいよ」
ベルの躊躇なさが、ぐさりといったようだ。
がーん、とイザークは音を立てていそうな衝撃を表している。せっかくのハンサムを台無しにするほど、いじいじと呟いている。じ、自分が……気持ちワルイ……そ、そんな……、とまでは聞こえたが、その後は小さすぎて聞こえない。
打ちのめさせているのは間違いないようである。とても憐れみは誘う姿ではある。
いちおうベルは仲間だからかばう。
「グレイ、気持ち悪いだなんて表現が直接すぎなくないか」
「しょうがないだろ。急に変なこと、言いだすんだから」
「でも舞踏会に出かけた時のイザークなんて、これが普通だよ。それでけっこう令嬢と仲良くなっている」
「貴族って変わってるな」
「なら、うちのユリウス団長が貴族社会でどれだけ苦労しているか、想像つくだろう」
グレイがなにか腑に落ちた顔をする。問われるまでもなく、ユリウスたちへ教えてきた。
カナン皇王はプリムラに執着している。自分のものにならないならばこの世から消すくらいの気持ちでいるそうだ。ただ暗殺の企てにおいては、ユリウスに対する懸念も起因している。
「なんだと。俺はカナンなんとかなんてヤツと会ったこともないどころか、名前さえ知らなかったぞ」
「向こうはユリウス・ラスボーンのことはよく知っているよ。しかも腹立たしいことをされている」
憤慨するユリウスを諭すようにグレイは続ける。
「ユリウス・ラスボーンは強い、強すぎるんだ。先だってのトラークーとグネルスの国境境で起きた傭兵蜂起の件は忘れていないよね」
「……あったな、そんなこと」
ちょっと記憶が怪しそうだったが、さすがにもう心得たグレイもは口を止めない。
「真実はあれ、グネルスのデモストレーションだったんだ。多くの傭兵を囲うためのね」
「さっぱり意味がわからんぞ」
「グネルスとしては、我が国は大陸最強の第十三騎兵団とまともにやり合う真似はさせない、と示したかったんだ。現在の傭兵はユリウス率いる騎兵団との交戦する可能性を匂わされただけで逃亡者が出る始末だからね」
「つまり依頼先はまず帝国や賢國といった二大大国を優先するとした傭兵の傾向を改めようとしたわけか」
割り込んできたイザークに、グレイはちょっと見直した様子を見せた。
「うん、グネルスは当面の増強は育成より即戦力と考えれば、より多くの傭兵を自国へ呼び込みたい。そのためにも帝国の第十三騎兵団とは戦闘になっても無茶はさせない旨をトラークーの際に喧伝するつもりだったんだけど……結果はいつも以上の戦果を上げていたよね」
イザークを筆頭に他の三人を含めた四天が一斉に大きくうなずいた。
とてもよく憶えている。
あれは当初の予定では、お茶を濁す程度の戦闘規模で構わないとしていた。グネルスとトラークの国境に集う傭兵の群れは市井に不穏を煽る。集結した荒くれ者たちを退かせるだけで良かった。
ところがユリウスが、やってくれる。先に帝都へ行かせたプリムラの身を案じるあまりだった。独りで勝手に突撃してくれる。婚約者の下へ帰るんだ、と言うくせに敵中奥深くまで潜り込んで戦う無謀さである。
おかげで四天を筆頭に配下はがむしゃらに進撃するしかなくなった。
思わぬ戦果を上げてしまった。
それがある一国の思惑を打ち砕く行為になっていたようだ。
私的感情から行ったユリウスの無茶が敵の計算を狂わせた。
結果的には功を奏したには違いない。
でもだからといって四天の四人にすればである。
「はっはっは! そうかそうか、何が幸いするか、わからんもんだな」
考えなしで行動された当人に結果オーライとされては複雑にならざる得なかった。