49.漢、その作戦会議(弓の回想も1)
はっはっは、と天幕内に高笑いが響く。
もちろん発生源は第十三騎兵団のノリに乗っている騎士団長である。
「婚約者から一緒にいたいなどと言われると、こんなに嬉しくなるものなのだな。初めて知ったぞ」
丸テーブルを囲む四天の一人であるヨシツネが遠い目をしながらだ。
「なんか団長のそれ、泣けますね」
「そうだろう。これまでの婚約者たちは普段の俺にはがっかりしていたみたいだったからな。一緒にいるのは辛い、みたいなことを言われたこともある」
「でも今までと違って、姫さんには特別な感情なわけで、結果は良しですかね」
「ばばばバカ、本人の前でそういう話しはやめろと言っているだろ。照れるだろ」
風態に似合わずユリウスが赤くなっている。
なーにを今さら、とヨシツネはからかいつつ相手の傍へ視線を向ける。
騎兵服の黒がひしめくなか、唯一の白を身につけるプリムラが横の婚約者を見上げた。
「わたくしにとってユリウスさまのお気持ちは全て嬉しいものなのです。ですからどうぞ恥ずかしがらず、お聞かせください。その分だけ幸せになれます」
そうなのか! と叫んだユリウスは両手を握りしめる。王女の幸せになるならば……、と本人は小さいつもりだろうが周囲にはっきり聞こえるほど大きい。ううっ、と唸る姿に黙って待つプリムラ及び同席の将たちであった。
「やっぱり恥ずかしいぃー、恥ずかしいんだー。プリムラを常にそばへ居て欲しいなど、図体がでかいばかりの俺が口にしていいセリフではないだろー」
紛れもなく言っているが、口にした当の本人だけは自覚していない。
「すまない、王女。やはり俺はこういう不細工な男だ。自分の気持ちを表へ出すことさえ、まともにできない。その代わりに身命をかけて守る。それで許してもらえないだろうか」
「ええ、許すのなにもわたくしはユリウスさまのそばにいられるだけで幸せです」
不服どころかプリムラは感極まっていた。
今にもまた抱擁しだしそうな勢いである。
たしなめる冷徹な声がなければ、気分が盛り上がるままの事態へ発展していただろう。
「そろそろ作戦会議に入ってもいいだろうか」
イザークは長身で端正な顔立ちゆえに冷ややかな眼差しが際立つ。
ユリウスとプリムラのカップルが二人だけの世界へ入りかけたのを止めただけではない。すっかり緩みがちだった四天の他三人へ気を入れるよう求めている。
ユリウスと士官学校で共に過ごした同年のイザークだからこそ果たせるお目付け役であった。
「しっかり気を入れ替えてくれ。ドラゴ部族の侵攻戦に対してこれからが本番だからな」
すまん、とするユリウスに続いてプリムラもまた謝罪を口にする。
さっすがうちの参謀、とヨシツネがおちゃらけでいるが信頼は疑えない。「だね」とベルが、「そうだのぉ」とアルフォンスも挙げている。
「じゃぁ、さっそくだが」
と、テーブルに地図を広げるイザークの胸の内の、実際のところはである。
自分だって本当はもっと見ていたいんだ、と内心で叫んでいた。
ユリウスは元々からして面白い。プリムラ絡みになれば可笑しさ倍増である。バカカップル度がどんどん加速していれば、眺めていたい気持ちは他の誰よりもあるはずだ。
だが自分の立場は重々に承知している。空気を引き締められる役目は自分しかいない。
野望を叶えるためにもユリウスを引き立てていかなければならない。
ぐっとこらえてイザークは冷然な将を演じるのであった。
「龍人の連中はここから先は未知の土地となる。つまり誘い込みは成功したと考えよう」
地図上に龍人陣営を見立てた駒をイザークが置く。
「しかしだよ。うまくあいつら、こっちへ誘い込めるかなぁ」
ベルが難しい顔で立てた人差し指を置いた箇所には『Monsun』の文字がある。
だが、と背中に大剣を差したユリウスが切りだす。
「ベルの友達も言っていたではないか。龍人族の生活状況もかなり逼迫していると」
だから焦りに駆られての行動は可能性が高い。ユリウスがそこまで言わずとも、この場にいる者たちは理解した。
友達じゃないんだけどな、とベルがふと淋しそうに微笑んだ。
つい先までの場面が思い出していた。
大虎にまたがったグレイの声が甦れば、悲しみに似た感情がよぎってくる。
「もう亜人に未来なんかないんだよ。こんなに数が少ないのに、その亜人同士で争っているようじゃ、もうお終いさ。いっそのこと滅びたほうがいいんだ」
自暴自棄な姿にベルは矢を引く指を離しかけた。
グレイはもうここで楽にしてあげたほうがいいかもしれない。
猛獣さえ手懐けられるほど心優しい性質なのだ。動物とは楽しそうにじゃれ合う幼き姿を見ていれば、いかに辛い心境にあるか。想像するだけで胸が苦しくなる。
けれども命の幕引きは熱い雄叫びに阻まれた。
「バカなことをいうな。なぜそこで諦める。亜人同士が駄目ならば、我らと仲良くなればいいではないか」
ユリウスの声は怒号にも等しかった。本当に怒っていたのかもしれない。
だけど嬉しくならないわけがない。
ベルは矢を放たなかっただけではない。弓矢自体を降ろしていた。