48.漢、相変わらず(話しの流れを切ります)
苦笑するしかない大虎にまたがる殺戮者であった。
「すっかり騙されたよ。さすがはユリウス・ラスボーン。闘神と呼ばれるだけはある。話しをするフリして標的とさせる。油断させる策略の巡らし方はさすがだよ」
ベルが構える弓矢から逃れられないと悟ったグレイは感心しきりだ。
ならば誤解させておけばいいものだが、ユリウスは出来ない。
「騙すなどするものか。油断させて、俺になんの得がある!」
ふっとグレイは前髪をかき上げる。
「もうこれ以上はキミの策に踊らされる気はないよ。さっさと用件を切り出すがいい」
「その前にちゃんと俺が許してくれと言っていることを、ちゃんと聞け!」
これはいかんのぉ、とするアルフォンスの声は、他の者たちにとっても共通とする思いである。これでは永遠に話しがかみ合わない。せっかく貴重な秘密を聞き出せうな機会を失いかねない。
きちんと尋問しなければいけない。
その役目は自分か、とイザークが前へ出かけた時だ。
「わたくしの暗殺を依頼した者を教えていただけないでしょうか」
ユリウスの横に立つプリムラが平静を越え冷徹さをもって訊く。
ふんっとグレイは鼻を鳴らし口許を歪めた。
「言うわけないだろ、そんなこと」
「そうでしょう。依頼人を伏せたくて、このような暴挙に及んだのでしょうから」
「だったら無駄な質問はよすんだね」
「と、貴方に思い込ませることが依頼人の目的だったかもしれませんよ」
な……、とグレイが絶句するだけではない。
弓矢で狙いを定めているベルでさえ目を見開いている。
四天もまた意表を突かれた顔つきだ。
そして表情で止められないのがユリウスである。
「なんだと、王女。こいつは騙されていたというのか」
「あくまで推察になりますが、いくら口封じを必要としても、ここは第十三騎兵団陣営の真っ只中です。乗り込んだ本人が無事に出られる可能性は低い、つまり虎の暗殺者も上手くいけば始末できると、依頼した人物はそう考えたのではないでしょうか」
「そうか、ずいぶん我らを高く見積もってくれたものだな」
もし大剣を構えていなければ、ユリウスは今にも両腕を組んで考え込みだしそうな気配である。
ふふふ、とプリムラが横で笑う。
「正直に申し上げさせていただければ、利用できると目された対象は第十三騎兵団そのものではなく、騎士団長に対してです。なにせ大虎を一撃で一刀両断できる者など、大陸広しと言えどユリウスさましかおられません」
「王女にそのように言ってもらえるのは嬉しいが、出来るのは俺だけじゃないぞ。なぁ?」
同意を求めた仲間うちの一人、イザークがユリウスへ叫び返す。
「無理に決まっている! おまえだけだ、そんなこと出来るのは」
そうなのか! と驚くユリウスを尻目にベルが弓を引いたまま口を開く。
「グレイはいったい何をしたいんだ。こんな酷いことしてまで……」
「酷いこと? 何がヒドいことなんだ。人間からすれば亜人なんかどれだけ死のうが関係ないからな。特にこいつらはいくら殺しても飽き足らない」
「それはどういう……」
「人間側についたベルに教える必要はない」
あのな、とベルが荒げた。
熱くなりかけた会話へプリムラが割り込んでくる。
「貴方がそれほど憎んでいる人間の提案に乗った理由は、先だっての舞踏会で葬った貴族も含まれますか」
グレイに多大な衝撃を与えたことは間違いなかった。真実と認めるだけの強張りを見せてくる。
「な、なぜ、プリムラ王女がそれを……」
思わずした口走りが決定的となった。
ふぅ、とプリムラは小さく吐く。それから意を決した顔を虎に乗るエルフへ向けた。
「貴方は他を巻き込みたくなかったのでしょう。帝国がエルフ討伐を掲げたら、名乗り出ては処刑されるくらいの覚悟をしているみたいですね」
「なんで、そんなことを!」
ベルもまた堪えきれないように訊く。
答えの声がなければ、正解と返事しているようなものだ。
ふふふ、と虎の上でグレイが急に笑いだす。一瞬、気が触れたかと思えた。
「さすがだね、ハナナ王国第八王女は。その明晰さを恐れて今のうちに暗殺と考える御仁が現れるのも納得できるよ」
グレイ様とお呼びさせていただいてよろしいでしょうか? と急にプリムラは相手に呼び名を確認してくる。
ああ、とグレイは観念したかのように首肯した。
プリムラはすみれ色の瞳に冷たい光りを宿した。
「グレイ様は依頼人の性質を見誤っております。なぜならわたくしは昔からよく知っているからです、カナン・キーファの為人を」
グレイだけでなく四天を含む、この場にある誰もが息を呑むなかだ。
王女、と声高にユリウスが呼ぶ。
はい、とプリムラが静かに答えた。これから黒幕の大本について語る用意は出来ているようだ。
ユリウスは大剣の柄が鳴るほど握り締める。意を決したように尋ねる。
「カナンなんとかという御仁とは幼馴染なのか。王女が実は……心を寄せている者だったならば、辛いが応援したい。俺は三回も婚約破棄されるような男だが、何よりも王女の幸せを願うぞ……」
「ち、違いますよー。わたくしがお慕い申し上げる方はユリウスさまだけです。もう、ユリウスさまだけですからぁー」
泣きだしそうなくらい必死にプリムラはユリウスの腰へしがみつく。
ありがとう、とユリウスはだいぶ落ち着きを取り戻すも、辛そうな顔つきは崩れない。
「俺は女性の気持ちなどわからない無骨ものだ。妖精のような王女を幸せしてやれるなど、到底思えないのだ。でも、でも共に歩きたいという想いが消せず、俺は苦しい」
「わたくしは……ずっと一緒にいたい。ユリウスさまに救われたあの日からずっとそう願っておりました。そしてやっと、そうやっとです。おそばにいられる幸せを離したくありません」
プリムラ……、と熊かゴリラかと言われる巨漢が声を震わせて呼ぶ。
……ユリウス、と妖精と称されるくらい美少女の王女が初めて名前だけを口にする。
左腕でユリウスはプリムラをすくい上げる。
互いの名を呼び、再び抱き合う二人である。
まさに二人だけの世界が構築されていた。
蚊帳の外に置かれた者たちからすれば、眺めるだけだ。
いったい何を見せられているんだ、と勇将の誉れ高い四人が呆気に取られていた。
敵として虎を従え対峙するエルフだけは、ユリウスの一面を胸のうちで呟く。
ここまできても剣を降ろすことはしないんだな、と。