45.漢、侍女を心配す(姫は微妙……)
いきなり飛んできた一本の矢だった。
第十三騎兵団ユリウス団長の頭へ目がけてくる。
ぶすり、と音を立てて突き刺さっていく。
そろりと近づいていた傭兵の額を射抜いた。
ユリウスの頭頂を掠め、見事に的中させていた。
「お待たせ、ユリウス団長。お姫様、もう大丈夫ですよ」
弓矢を手にした長い耳のベルが、にこやかに駆けつけてくる。
追ってやってくる長弓騎兵の面々も確認できた。
ユリウスは油断することはない。むしろ部下が来たことで腑抜けた部分が消えた感すらある。大剣を構えたまま敵から目を逸らさず確認をする。
「どうだ、皆は上手くやれていそうか」
「ばっちり。予定通りいきそう。でも一時期はどうなるかと思ったけれど、お姫様のおかげで持ち直せました。助かった、感謝感謝です」
ベルが答える最後のほうは、プリムラへ向けてであった。
感謝をされた者は少し不思議そうな顔をした。
「さて、一気に片付けるか。いいか、ベル」
気合いが入ったユリウスの呼びかけに、ベルは軽く笑うように返す。
「それよりユリウス団長。もっと良い方法があるんだけど、任せてもらってもいいかな」
ユリウスは剣の構えを解かずとも拒むはずがない。
少し前へ出たベルは弓矢を降ろした。危険を顧みないというより、意識して余裕のある態度を取っている。それから付近一帯によく通る声で、傭兵たち全体へ尋ねる。
「おーい、ここにいる雇われ兵はみんな僕らを裏切るよう仕向けられたのかい? ならばこちらも掃討戦に入るけど、どうなんだろう」
左翼に配された傭兵の多くはプリムラ王女の暗殺に関していない証明をしなければならなくなった。己が立場を明確にするための行動を取り始めた。
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ずっるーい、とプリムラはいかにもご機嫌斜めだ。
「姫様、しょうがないではありませんか。それに怪我人に対しては気遣いを優先させるべき、と申し上げさせていただきます」
野営天幕内の布団に上半身だけ起こしたツバキは、慇懃ながらも呆れた様子は隠さない。
「だってぇー、ユリウスさまに頭に撫でてもらったり、お姫様抱っこしてもらったりしてさ。わたくしがずっとして欲しかったこと、全部してもらってさー。ずるいよー」
プリムラの暗殺を引き受けた傭兵は、一部にすぎなった。それを証明するため無関係な傭兵が不届き者へ襲いかかる。真偽はさておき身の潔白を示しておかなければ、もらえるものさえもらえなくなってしまう。
ここでは臨時雇用とする条件がうまい具合に働いた。
目前の脅威が去れば、プリムラの多幸感はすっと冷めていく。。
訪れていた不幸に気づく。
ツバキ……、と消え入りそうな声でその名を呼ぶ。
すっかりプリムラに気を奪われていたユリウスだ。なんだと、と言うや否や駆け寄る。しっかりしろ、と抱き上げた。
地面に転がるツバキの口許へ手をかざし、胸へ耳を当てる。
「死んではいない」
下した診断は最低限の可能性だ。まだ余談は許さない。
ともかく俺が、とユリウスが口にしかけたところで反応が起こった。
う、うーん……、とツバキが唸ってくる。
ツバキ! とプリムラは今にも泣き出しそうだ。
大丈夫なのか! ユリウスが力強く容態を質してくる。
「す……すみません……頭を強く打ったみたいで……」
うっすら開く目に、答えるために開いた口が、身守っていた者たちへ一斉の安堵を吐かせた。あたしは……もう平気……、と起きだそうとさえしていた。
ツバキの肩をユリウスは抑えた。
「無理するな。頭だからな、慎重を期そう。打ったのはこの辺りか」
横たわる頭の髪をユリウスの大きな手が触る。怪我を気遣う優しさで、ゆっくり何度も撫でてくる。
「どうやらたんこぶが出来ているみたいだから、ある意味安心できるか……と思うが、どうした、ツバキ?」
心配せずにいられないほど、ツバキの顔は上気している。
ユリウスにすれば頭を打っているから必要以上に不安を覚える。女心に無頓着であれば体調のせいではないなど思いつかない。
「わわわわたしがユリウス様に頭を撫でていただける日がくるなんて……ここで終わってもいい、終わってしまえです」
「やっぱりかなり強く頭を打ったようだな」
本気でユリウスは心配になってくる。
一方、横で立つプリムラは仏頂面だ。
ははは、と何となく心境を察したベルは苦笑しつつだ。
「取り敢えずユリウス団長、横にさせられる安全な場所へ運びませんか」
「おお、そうだな」
とても納得したユリウスはツバキの背と膝裏へ腕を通す。
持ち上げれば、それはまさしくお姫様抱っこだった。
私はもう……、とツバキは呟くが精一杯だ。ぐったりしては目を閉じる。
感激のあまりに意識を失ったわけだが、ユリウスが察せられるわけがない。
「しっかりしろ、死ぬな、ツバキ。急いで救護班のところへ行くぞ」
助かって欲しい気持ちが強く抱きしめるみたいになる
今度こそプリムラは我慢できなかったようだ。
うぎゃー! と高貴な身分にあるなど思えない叫びに「ツバキ、許さないんだから」と誰にも聞こえない音量で、おどろおどろしく独語している。
ただ近くに聴覚の優れたハーフエルフがいる。ベルの耳に自然と入ってきてしまう。素知らぬ振りをしても良かったが、我らが敬愛する団長の婚約者である。お怒りを収められるよう、現状を訴えた。
「お姫様も急いでください。現在、我々第十三騎兵団は敗走中なんですよ」
個人的な感情にこだわっていられない戦況下なのである。