44.漢、誓う(襲撃者には関係ない)
命ある限り共にする! 高らかなユリウスの決意表明は周囲に敵兵が群がるなかで行われた。
当事者の二人以外は身内や仲間に相当しない。暗殺をしかけてきた連中である。どうでもいい話しなど聞いていられず、ぼんやりもしていなかった。
こうなっては諸共抹殺と襲いかかる。
ユリウスは宣言の直後に大剣は振るう。当たらずとも風圧がこれまでになく凄まじい。勝負に出ていた敵の足を一旦とはいえ止めた。
わずかな隙かもしれなかったがユリウスが始めてた。俺が間違っていた、と今度こそプリムラに向けて言う。
「共に暮らした日々は夢かと思った。そうだとも、三回も見切りをつけられた男に、これはおかしくないか。だから戦うしかないこんな俺を見せて、今後を決めてもらおう、なんて考えていた。だがこんなの身勝手だった。プリムラを試す真似してただけだ」
ユリウスさま……。プリムラの声は小さい。肝心の相手まで届いていたか、わからない。
わからなくても強い想いが返ってくる。
「再会したその日に『わたくしの命だと思って』と渡されたお守りを手にした時に、その決心を理解していなければならなかったんだ。心を決められていなかったのは俺のほうだった。あまりにプリムラが素敵だから怖気付いていたんだ、俺は」
ユリウスさま、とプリムラは今度こそ耳まで届く大きさで呼ぶ。プリムラ、と返事があれば、自分の番とした。
「わたくしはユリウスさまと、一生ずっと一緒に人生を歩んでいきたい」
「ありがとう。なんて言うか、そのぉ……嬉しいもんだな」
柄にもなくユリウスがはにかんでいる。
照れている姿にプリムラも伝染されたかのように少し赤くなる。うふふ、とこちらも遠慮がちに微笑んでいた。
幸せな二人だった。
ただ敵の連中にすれば、どうでもいい。
なかにはこれを好機と捉える者がいて当然である。のぼせているところを一気に突く。ある意味、優秀な敵兵の一人が手にした槍を突き立てていく。
ユリウスの横面を捉えた、と槍を手にした敵兵に会心の笑みが口許にかたどられる。驚愕で歪むのも、すぐだった。なに? とうめく。いきなり柄に重さを感じれば、自分の力で動かせない。
寸前で届かなかった槍へ逞しい腕が伸びている。口金辺りをつかんでいた。
槍の一撃を放った敵兵は幾度となく戦場をくぐり抜けてきた風貌を持つ。決して腕力がないわけではない。むしろ一般兵より優れていたかもしれない。
狙った相手が規格外であった。
闘神と呼ばれる漢に槍を握られたら、ぴくりとも動かすことが叶わない。
加えて騎士として戦う以外の顔は突拍子ない者である。
「キサマ、俺が婚約者と大事な話しをしていたことがわからんのか。邪魔するな!」
と、一喝されてもである。
「知るものか、そんなこと」
ここは戦場である。槍の敵兵は真っ当な反駁をした。
この世は正論を吐けば報われるものではない。むしろ逆の結果を招く例も多い。しかも相手は私事において非常識なタイプである。
「キサマ、婚約したことがないのか」
予想していなかった質問に、つい槍の敵兵はまともに答えてしまう。
「していたら結婚している。婚約までしておきながら破棄されるなんて、余程でなければないからな」
ここでの正直さは囚人が自ら刑の執行へ導いているようなものだ。
すぅーとユリウスは音を立てていそうなほど血の気を引かせていた。
「俺は……俺は……三回だー!」
悲しみが絶叫されたなか、槍の敵兵は宙を舞った。手に持つ武器ごとぶん投げられていく。どさっと敵兵の一人へぶつかれば、したたかに頭を打ったのだろう。地面に転がれば、ぴくりともしない。
大の男一人くらい片手で持ち上げられるユリウスは、気持ちも上がっている。敵にすれば悪い意味で力が激っている。変なスイッチが入っている。
「許して、許してくれ、プリムラ。婚約破棄され続けで世間の笑い者になっている男の許に来るはめにさせてしまった。本当に、本当に申し訳ない」
泣きを全身に及んでいた。熊かゴリラかといった容姿なものだから、みじめさがとても際立つ。
その姿には敵兵にすら哀れを催す。
婚約者であれば、なおのことだ。
「これまでなんてどうでもいいのです。わたくしはユリウスさまの許へ来られただけでいい。貴方がいなくなったら、この命も終える時です」
「許して欲しい、プリムラ。俺に万が一があったら後を追ってくれると言うのにだ。俺はプリムラが死んだら、死にたくなるまでしか言ってやれん。あいつらの今後や恩人たちのことを考え、やはり死ねないだろうと思う。婚約者とするには情けない限りではないか」
「口先で良いこと言って誤魔化さない、そんなユリウスさまだからこそ、大好きなのです!」
プリムラの声は力強い。
誠かと疑うユリウスではない。偽りない心で応える漢だ。
「ありがとう、プリムラ。俺は良い婚約者……いや違うな、良い夫になれる器はないかもしれん。だがな、俺の命はプリムラを守るためにある。出会った時に決まった運命だ。生涯それに従うと、貰ったお守りを胸に誓おう」
ユリウスさま……、とプリムラのほうも泣く寸前の声で呼んだ。
だからこそ「約束してくれ」とユリウスは始めた。
「プリムラは死に身を委ねたがる時があるように見えるんだ。どうか俺に守らせてくれ、守らせて欲しいんだ。だからプリムラも最後まで生きることを諦めないでくれ」
返答はしばしの間を置いてからだった。
「……わかりました。わたくしも誓います、最後まで生きることを諦めないことを、ユリウスさまのために」
ユリウスもまた一瞬の間を開けた後だ。
うおぉおおお! と雄叫びを上げる。
「俺は死んでも守るぞ。いやいや待て待て、死んだら守れんだろ。死んじゃいかん、いかんのだ。だから俺が死んでも生き続けるんだぞ、プリムラは!」
支離滅裂に独り突っ込みまであり、無関係者である敵兵にすれば反応は難しい。どうやら戦う気概は漲らせているようだから、本来の目的へ戻ることにした。ぐずぐずしていたら援護の兵がやってくるだろう。
傭兵として参加した敵の五人が、一斉に襲いかかった。
うぉおおお! 気力充実のユリウスは向かってくる敵兵を一斉に薙ぎ払う。
屈強なはず五人は大剣の前に人形のごとく跳ね飛ばされていく。
まだ数がある敵兵たちだが、あまりの強さに青ざめるしかない。
微笑みを浮かべられる者はユリウスの影にいるプリムラだけだろう。
だが多勢に無勢、戦いは終わっていない。
立ち向かうユリウスはたった一人だ。
しかし戦いはこれからだと闘志をたたえた顔へ、突如だった。
ヒュンッと空気を裂いて、一本の矢が飛んできた。