12.漢、結婚式当日(その弐)
プリムラの告白は中断となった。
式の直前だが青の騎兵服を着た青年は駆け込んできたからだ。トラークー公国のアラン・テイラー騎士団長だった。失礼します、との声は慌てている。火急の用事に違いない。
それでもプリムラのウェディングドレス姿に息を呑む。
報告より見入ってしまう。これほどとは……、と思わず呟いている。
不躾な訪問者の驚きに花婿のほうがご満悦だ。
「やはりアランよ。おまえも感激するか。わかる、わかるぞ。プリムラがこんな俺に降嫁していいはずはない。もったいなさすぎるぞ」
はっと我に返ったアランは、ユリウスへ申し訳ありませんと胸に手を当てた。
「なにを仰いますか、ユリウス様もまぁまぁであります」
決して評価は間違っていない。純白のタキシードは意外にもそれなりに似合っている。ただ急いだせいだろうか。サイズは合っているものの、筋肉の分が計算されていない。ピチピチ感が付きまとう。だから、まぁまぁとなる。
もっとも立場を考えれば、素直な意見はどうかと思える。かつて夜通し恋愛について語り合った気安さが、花嫁の美しさによってつい出てしまった。無理もないとするほどプリムラは輝くように美しい。
「ところでアランよ、何か用があるようだが」
ユリウスの問いに、アランは夢から醒めたように首を振る。自分の立場を思い出し、片膝を床へ着けて報告する。
王都内の一部で火災が発生した。どうやら不穏な集団が動きを見せている。直ちに我ら騎兵団は対処へ向かう。
「ユリウス様。かねてからのご指示通り総出で当たりますが、本当によろしいのですか?」
やはりアランにすれば今一度確認せずいられない。全員で行っては式典を開催する王宮の警護が手薄になる。何かあったら、と心配になるのは当然だ。
はっはっは! ユリウスはこんな時でも、こんな時だからこその高笑いをした。
「頼む、アランよ。全員で行ってくれ。これはプリムラも決意したことなんだ」
内容に多少の引っかかりをアランは感じる。が、自らの使命を優先させた。これから王位に就く人物から頼まれた。いつまでも以前からの知り合いとする関係に甘えていられない。はっ、と了解の意を示し、立ち上がりざま一礼する。己の任務を全うすべく出ていった。
再び花婿と花嫁に侍女の三人へ戻るなりだ。
ユリウスは花嫁の白きウェディンググローブに包まれた手を取った。
「俺はプリムラを必ず守る。今回だけではない、生涯に渡ってだぞ」
はい、とプリムラのすみれ色した瞳はじんわり滲んだ。
ツバキはもらい泣きしそうになった。なんとか役割りを自覚して踏み留まる。
「姫様もユリウス様も、誓いの言葉はまだ早いですわ」
作った明るさだけに、むしろ効果があったようだ。
はっはっは、とユリウスは場を取り繕うため高笑いした。
そうですね、とプリムラはちょっとはにかんだ。
そうそう、とツバキは思い出す。
「ところで姫様はユリウス様に何を告白しようとしていたのですか?」
少し気を緩めた瞬間とする、良いタイミングだった。
先まで見えたプリムラの気負いが和らいでいる。今となれば、アラン騎士団長の登場は有り難かったと思える。
「わたくしはユリウスさまに謝らなければいけないことがあります」
白き両手をプリムラは祈るような形で組み合わせた。
はて? とユリウスは太い首を傾げる。
「我が妻プリムラに謝ることがあるなどと思えないが。俺のほうならいくらでもあるがな。婚約破棄されたり、婚約破棄したり、まったくしょうもない男だぞ」
直前とはいえ式を挙げる前から妻呼ばわりである。気は早いが、ここではプリムラに告白しやすくする安心感を与えたようだ。わたくしは、と静かに始める。
「わたくしはユリウス様に助けていただいて以来、ずっと想い続けてまいりました。本当に、ずっとです」
「こんな俺には有り難いとしか言えないぞ」
「けれど……ほんの一時だけ、ほんの少しだけ、カナンをいいなと思ったことがあります。好きとまではいきませんけれど……ちょっと意識した時はあったのです」
それから一瞬の間を開けてから、「すみません」と付け加えた。
はっはっは! 今までにない大きさは響くを超えて轟いた。
笑った後にユリウスは満面の笑みで答える。
「我が妻プリムラのその気持ち、とっくに気づいていたぞ」
えっ、とプリムラだけでなくツバキまで驚きを隠せない。
「だから俺は、カナンの野郎としてきたし、恋敵と呼んできたわけだからな」
ユリウスは返答すればまた、はっはっは! と笑った。
驚きから微笑へ、プリムラの表情は変わっていく。解いた両手を胸に当てて言う。
「やはりユリウスさまは素敵です。世界中のどんな男性よりも、ずっとずっと……そんな方の花嫁になれるわたくしは幸せです」
感激はユリウスだけではない。
ツバキだってしていた。ただし今回は気分が乗っていたせいか、不穏さを撒く。
「やっぱりユリウス様以上の男性は錚々いないですわ。私も想いを新たに出来ましたわ」
興奮のまま発してくれば、プリムラにはすれば、ちょっとーとなる。
「ツバキぃー、わかっているわよね。ユリウスさまはわたくしの旦那さまですからね」
「もちろんですわ。姫様の妻ポジションを尊重します。ええ、わかったうえででありますわ」
「あら、気のせいからしら。挑発に聞こえます」
「いやですわ、姫様。私ことツバキは昔のままというお話しですわ」
そういうことね、とプリムラの答えに、そういうことですわ、とツバキもまた返す。二人は互いに顔を見合わせて笑う。
ふっふっふ……、と不気味このうえない。
はっはっは! をユリウスが被せてきた。
「プリムラとツバキの仲良しぶりに、つい俺も混ざりたくなった」
と、理由が述べられれば、三人揃っての笑いを湧き起こした。
十年前の出会いは、今、こうして形を為した。
そろそろご準備はよろしいでしょうか、と案内の者が呼びにきた。
よしっとユリウスは気合いを入れた。控えの間から式場までこのまま連れ立って向かう。
「プリムラ、そしてツバキ。覚悟はいいだろうか」
はい、と二人は寸分違わずの返事を挙げた。




