11.漢、結婚式当日(その1)
賢國の動きが目に見えて活発化してきた。
両国の国境とするルーヴァン河は南へ下るほど幅を広げ水量が増す。支川の合流によって本流が太っていく形だ。逆を返せば北へ昇るほど渡航がたやすくなる。好天が続けば船を使用せずとも対岸へ辿り着ける場合もある。
北の国境の賢國領土内にて、兵が集結しつつある。たぶん賢國騎兵もさることながら、かつての帝国騎兵もいよう。賢國が帝国兵の亡命を積極的に受け入れた理由は、新たな王国という脅威に備えるだけでない。侵攻の機会も窺って、と考えて然るべきだ。
正式に王が就く前の時期を狙ってきたか。地固めが為されていない今のうちと見たか。
ならば戴冠式を当初の日通りに開催するとした。
同時に結婚式も行うとした。こちらは当人たちの強い意向による。もうこれ以上は待てない。両人の希望だ。派手でなくとしたユリウスの希望にも叶う。状況を鑑みて、主に近親者だけの参列とする。
もちろん不平を挙げる者はいた。
急先峰はアーゼクスだった。なぜ俺が出席できん! と喰ってかかってきた。もっとも理由は明白で、集結しつつある敵兵団の迎撃に備えてもらうためである。
賢國兵団は帝国騎兵を迎え入れている。騎兵団として十個は構成できる兵数まで回復していてもおかしくない。加えて傭兵も雇い入れているようだ。
対する王国は帝国から引き続く騎兵団が四個に満たない。皇国や三公国から騎兵が派遣されたものの自国の警備もあれば全騎兵とはいかない。龍人騎兵団でさえ先の王国侵攻戦のような総出ではない。七千で訪れてきている。
数の戦力差でいえば、王国側がだいぶ劣る現状は変わらない。
だがいずれも強兵で鳴らし、先の戦いと較べたら戦力差は格段に縮まっている。対等以上に戦えると見立てた。
ただユリウスが陣頭にいない。懸念があるとしたら、ここだ。だから防衛の陣は猛将アーゼクスに任せたい。特にユリウスとプリムラの結婚式が終了するまでは外敵の侵入などあり得ないとしたい。ここまで絶大な信頼感を寄せられる指揮官は、大陸中で一人しか考えられない。
アーゼクスが説得されたことにより、渋々ながら騎兵の多くが防衛の陣へ着いた。
こうしてしめやかなとする規模になったが、やはり当日となれば帝都から王都になるベクセンは華やかさで彩られる。式典が行われる宮中の喧騒に至っては喧しいくらいだ。
「よくよく考えてみたら、結婚式と戴冠式を一緒になんて無茶すぎるわ」
皇宮時代からのお局とする立場を死守した宮女ミラがこぼす。
忙しすぎて耳に捉える者はツバキくらいだ。無論、準備の手は止めない。
大変な一日なるだろう。覚悟は出来ている。
それでも花嫁の控室で、その姿を見たらだ。
社会がどうこうだの、自分の覚悟がどうかだの、どうでも良くなる。姫様……、と息を吐くみたいな一言を口にするので精一杯だ。
プリムラのウェディング姿は美しい。すらり純白の裾が広がり、ベールは陽を浴びて輝く。花嫁衣装としてシンプルなのが却って、着用者の豪奢な黄金の髪と化粧により多少は大人っぽくなった顔を、この世でないものへ引き上げている。まさに神々しい。
一目見に来た者たちの誰もが息を呑んだ。
妹のローズなどは声なくため息を吐いていた。悔しいけれど、と脱帽の台詞をはっきり口にしてくる。
父のリュド王においては意外なほど在り来たりな場面で終始した。綺麗な娘を誇りに思い、幸せになって欲しいと父が告げれば、娘は涙ぐみながらお礼を述べる。この様子を前にしたツバキはプリムラのわだかまりを知っている。知っているからこそ「ありがとう、お父様」の声に良かったとつくづく思う。せっかくの婚礼の場だからとした配慮も働いだだろう。けれどもリュド王が瀕死のプリムラへ血を分け与え続けてことで雪解けを呼んだに相違ない。
良き場面が続いていたところへ、珍妙な訪問者が飛び込んできた。
「ごめん、どうしても一目だけ、プリムラの花嫁姿が見たくてきてしまったよ」
ツバキとしては訪問者に、さっさと戦場へ帰れ! と言いたい。プリムラに安心して式を挙げてもらいたいから自分が騎兵団の指揮を取る、と恩着せがましく訴えてきたくせに。まったく未練がましいにも程がある。もしかしてこのしつこさが姫様の障害に……と考えたら無意識のうちに懐の手裏剣へ手が伸びていた。
「今日の式は貴方たちが賢國の脅威を防いでくれているおかげです。カナンが守ってくれると思えるから、安心して式を挙げられます」
ぱぁあっとグネルス皇国最高位にある男の顔は輝いた。プリムラを守るよ、とカナンは急いで背を返した。ちょうど控室まで迎えへきた配下のロイが「皇王閣下、冗談はやめてください」と静かに憤慨していた。
やれやれとツバキは胸を撫で下ろした。姫様は侮り難しな一面を再認識すれば、込み上げる笑いが抑えられない。
「そろそろ時間ね。ツバキ、お願い」
カナンに際したと違う心からの笑みをプリムラは向けてくる。
はい、とツバキは背後へ向かう。ドレスの裾を持つ役目を担うためだ。
当初はもっと身分確かな親族が務めるべきだと辞退した。けれどもプリムラが主張する。ツバキに持ってもらいたい、ツバキじゃなければダメです。
それは、わがままだった。でもだからこそツバキは嬉しい。これからもずっとプリムラとユリウスの覚悟に寄り添っていきたい。
誓いも新たなツバキは、ふと良くない空気を感じた。なにやら逼迫した雰囲気を感じ取る。外の廊下がバタバタ騒がしい。ある宮女がやってきて、少しそのまま待機を、との伝言を持ってきた。
しばらくした後だ。
はっはっは! と廊下から響いてくる。誰の者かなど問うまでもない。ちょっとした騒ぎが……、と言いながらユリウスが入ってきた。途中で言葉が終わり、雄叫びへ変わった。
うおおぉおおおー! と敵陣へ突っ込むさながら挙げてくる。
もちろん敵意からではなく感激からだ。その証拠に叫び終わった後に、くぅ〜と噛み締めている。
「これは美の化身ではないか、いや待て待て、美の定義はそれぞれだからな、ここは妖精を超えた美の女神としよう。俺は幸せものだ!」
言説の一貫性は置くとして、幸福が最高潮に達したことを伝えてくる。
なぜかプリムラが純白のウェディング・グローブをはめた両手を組んだ。予期していなかった動作だけに突然感が強い。まるで祈るような格好は、何に対してか?
「わたくしは生涯の愛を誓う前に、告白しなければならないことがあります」
ユリウスだけでなくツバキも、何事か、となった。
外では式典と関係ない喧騒が収束の気配さえ見せていなかった。




