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35.漢、敵将と覚悟を交わす(婚約中と妻帯者)

 敵三千の数に対して、ユリウスが今回において率いる騎兵は六千である。

 倍の数を持って迎え撃つ。


 数字だけ見れば充分な戦力であるが、イザークは憤りを挙げた。現実に即していないほどがあるからだ。

 敵の龍人(りゅうじん)は人間の少なくとも三倍以上の膂力(りょりょく)を有すと見立てられる。単純に強さを比較すれば、龍人一人に対し人間は三人がかりで互角とする計算が成り立つ。


 人間で構成される国は最低でも三倍以上の兵力を用意して然るべきなのだ。


 ユリウス率いる第十三騎兵団は三千人で構成させている。

 これまで龍人のドラゴ部族は千の数で攻めてきた。

 兵数として理に適っているだけでなく、第十三騎兵団は精鋭を極める。他と違い個々の腕力だけでなく、各自の特性を踏まえた編成の妙がある。常に侵攻を跳ね返す強さを団全体で備えていた。


 本来なら三倍を必要とするが、第十三騎兵団なら倍で済むとした判断なのだろう。だがそれはユリウスと四天(してん)と呼ばれる各自の戦闘長によって鍛えられた騎兵だからとする条件があってこそだ。

 他三千とする増兵の内訳は実戦経験の薄い新兵と金銭次第では敵にもなる傭兵が半々で分け合う。戦力になるかどうか不明な新参兵と臨時兵で陣形に組む困難さは想像に難くない。

 帝国騎兵団のトップであるヘッセン・シュタット総団長は増員の兵数及び質に問題あり、と判断し皇帝まで提議したらしい。しかし実権はサイラス宰相が握っている。隣国と繰り広げている戦闘が優先として却下されてしまった。戦場はアドリア公国内であり、いくら友好関係にあろうとも所詮は他国のことといった態度である。ユリウスが率いる第十三騎兵団ならばいかなる劣勢も覆すであろう、とするお題目まで唱えられてしまった。


 おかげで今までにない不利な戦況となった。

 さらに付け加えるなら敵の龍人兵も以前とは違う。兵数から並々ならぬ覚悟を感じさせる。


 予想通りガゼル平原でユリウスが先頭に立つ帝国第十三騎兵団とアーゼクスを戦闘頭とする龍人の騎兵群は対峙した。


 人間より二回り以上はあり硬そうなうろこが腕から覗くアーゼクスが、ついと前へ出てくる。ユリウスの名を呼んだ。


 当然だとばかり第十三騎兵団騎士団長は独りで歩を進める。


 開戦前にして、両者の大将が互いの距離を詰めていく。

 どちらも剣を握っていれば、いつ始まってもおかしくない。

 ぴんっと空気が張り詰めるなか、アーゼクスが口火を切った。


「ユリウスよ。婚約破棄の傷は癒えたか。三回とは想像だけでも身に堪えるぞ」

「すまんな、心配をかけて。でもおかげさまで、新たな婚約を結べた。しかもサイコーな女性だ。あ、でもだからといって今までの婚約者が悪いわけでなくてな。縁というか相性という点だ。いや待て待て、こんな俺に合わせてもらっているのだった。つまり素晴らしい婚約者だということだ」


 ユリウスとしては冷静な分析を述べているつもりである。

 無論、聞かされるほうは惚気と取った。だからこそ意見したくなったのだろう。


「そうか、それは良かったな。ようやく愛しい者を巡り会えたか、良かったなと言ってやりたいが夫婦としては先輩である、この俺から一つ忠言させてもらう」

「ぜひ、聞かせてくれ」

「妻とは当初どんなに可愛らしく儚げであったとしてもだ。必ず強くなる。世間でどれほどの勇猛を轟かそうと、家では敵わない存在となる」

「それは絶対か」

「ああ、絶対だ」


 敵将からの揺るぎない断言である。

 ユリウスにとってプリムラは妖精と表現するほどの可憐さだ。それがいずれ自分を踏みつける光景を脳内に浮かんだ。ぐりぐり黄金の髪を揺らして王女が背中を踏む場面が過ぎっていく。うむむ、と思わず唸っては、真っ直ぐ助言者へ目を向けた。


「わかった、そういうことはあると覚悟した。だが俺としては、それはそれでアリな気がするぞ。そんな悪いことでもないと思うしな」

「家庭人の先達として言わせてもらえばな、ユリウスはまだ甘い。はっきり言おう。強くなった妻は大変だぞ。俺自身が、よぉおおく身に染みている」


 こいつも大変なんだな、と口にしないもののユリウスは同情を寄せた。龍人の妻が泣き悶える夫を踏みつける絵図を頭の中で描いたりもした。けっこう失礼な想像を巡らせていたわけである。


「そうか、女性は強くなるか。猛将アーゼクスが言うのだから間違いないな」

「そうだ、例え夫がいなくなっても、きっとやっていけるはずだ」


 空気が固くなった。対峙する騎士の二人が放つ気に拠るものだ。

 ゆっくりユリウスは右手にする大剣を胸の前へ掲げた。


「今回の戦、もう引き下がれないところまで来ているんだな」

「ああ。ユリウスの彼女が婚約者を失うか、俺の妻が夫を失うか。どちらかの結末が必ず訪れることとなる」


 アーゼクスのほうもまた手にした大剣を突き出してくる。

 じり、とユリウスは足裏を引きずらせて一歩を出す。


「俺は婚約者の元へ戻る、絶対だ。なぜならまだ名前で呼んでいない」

「こっちも妻に子供を残すまでは死ねない。そうだ、負けるわけにはいかないのだ」


 そうか、とユリウスが言えば、そうだ、とアーゼクスが返す。

 ならば、とユリウスとアーゼクスの声が重なる。


 それが合図となった。


 勇名誇る二人の大剣による激突音が空を覆うように轟く。

 互いの背後で一斉に喊声(かんせい)が上がった。

 黒で身を固めた帝国側の騎兵と獣皮の中衣に腕を通す龍人の騎兵が突進を開始する。

 今までにない数であったせいか、それとも混成とする編成のせいか。

 以前では考えられない乱戦へ陥っていく。


 混戦は以前とは較べものにならないほどのダメージを招く。

 ひときわの損害は黒き騎兵服を着用した側へもたらされた。

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