57.漢、帰るべき場所へ向かうー第6部・了ー
うおおぉおおー、とユリウスは疾駆する。健脚ですまない強靭な足は疲れを知らない。麾下なら、馬にくらい乗ってくださいよー、と言い出す者もいよう。
今回、付いてくる者たちは龍人だ。大半が妙に感心していた。人間の指揮官でもユリウスは変わっている。撤退している賢國にしろ、まだ戦いは終わっていない帝国にしろ、指揮する人物は騎乗していた。もしかして、と考える。心配のあまり取りも直さず走りだしたか。
「イザーク、待ってろー。無事でいろよー」
僚友を想うユリウスの叫びもあれば、感動すら呼んだ。知っている顔でもあれば、生きて欲しいと願う。
だから、ようやくイザークを発見したらである。
なんで? となった。
なんで大虎に襲われている? 下になっているイザークが獰猛な口へ長槍の柄をかませ防いでいた。噛み殺されないよう必死に力を込めながら、叫ぶ。誤解だ!。
対する返事は、おまえ、キモチ悪いんだよ! であった。かんかんな姿が容易に浮かぶ激しさだった。
龍人に混じる唯一の人間として付いてきたツバキは事情を察す。
「またですか、イザーク様」
もうヤダと言わんばかりに呆れ果てていた。隣りにいたエルクウィンとアスカードの副長コンビはどういう理由か訊く横で、大声が響き渡った。
「なんだと! 連中は大虎を手懐けていたのか。そういえばシスティアがいたくらいだからな、タイガもいておかしくないぞ」
ユリウスのおかしな論説を正せる人物は大虎と格闘中だ。そうなのか、とアーゼクスの返事が象徴するように龍人騎兵は素直に受け取っている。戦闘へ向けての機運が高まる。
とっとこ走ってくる別の大虎がいた。新手とするには騎乗している人物が一見で判別可能な特徴を有している。髭面の大男であれば、アルフォンス以外の誰でもない。
おおっ、とユリウスが戦いを忘れたかのように左手を上げた。
「アル、身体はいいのか。あまり無理するな」
大虎へ騎乗している点は全く気にならないらしい。むしろ少しは推察してもらいたいくらいである。
アルフォンスは付き合いが長い。ユリウスについて流すべきところは心得ている。気遣いに感謝しつつ、ふぉっほっほっと笑う。訊かれずともイザークがグレイに襲撃される経緯を簡単ながら話した。
いかんな、と龍人の現戦闘頭アーゼクスがいかにも経験者として真っ先に意見する。
「どうやら頭の良いイザーク殿でも女性の扱いはまだまだと見える。だが男女の仲は考えるより経験しなければわからないことばかりだ。その時は問題なくても、時間の経過と共に通用しなくなることは往々にある」
そうだとも、と龍人の前戦闘頭ダイロンが切羽詰まった声で上げてくる。
「以前に通用したことが全く効かなくなる、それが妻というものだ。己のつがいになったからなどと油断は禁物だ。戦場の出ていたほうが気は楽とするくらい手強い相手になるぞ」
そうなのか、とユリウスの表情がこれ以上になく引き締まる。
かもしれん、とアーゼクスは顎に手を当て沈思の様相を見せる。
ところでのぉ、とアルフォンスが二人に向かって訊く。
「イザークを助ける気はあるかのぉ。別にどうでもいいとするならば、吾輩もしょうがないとするかのぉ」
何気に無慈悲であるが、ユリウスを刺激するための言上とツバキは思うことにした。アルフォンスの近くまで足を進めては涼やかに言う。
「アルフォンス様もお人が悪いですわ」
ふぉっほっほ、とアルフォンスは返事もせず笑ってくる。認めたようなものだ。それからイザークとグレイのやり取りをより詳細に語ってくれた。つまりずっと黙って聞いていたということだ。どう考えても面白がって見ていたに相違ない。
一方でユリウスはのっしのっしと歩む。ぷんぷんのグレイの肩へ、ぽんっと肩を置いた。
「グレイよ。イザークはああいう男だ。諦めるしかないぞ」
まったく具体性を欠いた内容が良かったのかもしれない。はぁー、とグレイは大きくため息に違いないものを吐く。
「うん、そうだね。ユリウスの言う通りだ。イザークはずっとあのままだね」
それから「アムール」と口にした。呼ばれた大虎は攻撃を止め、主人の下へ向かう。グレイはすぐに飛び乗る。バカ、とイザークへ言い残して何処かへ去って行った。
はっはっは、とユリウスは僚友へ向かう。
「やはり窮地に陥っていたか、イザークよ」
「ああ、何度もな。でもこうして切り抜け、ここにいる」
背中の埃を叩きイザークは立ち上がった。本来なら戦友が再び生きて会えた良い場面だが、今の今までが選りによってとするしょうもなさである。特に最後の窮地は余計だろうと龍人騎兵でさえ思う。
取り敢えずこれで少しは懲りるだろうと願う先で、イザークが声を弾ませた。
「それにしてもグレイは素晴らしい女性だ。見たか、『バカ』と伝えてきた際の可愛らしさは。あれは傾国の美女になり得る魅力を放っていた」
沈着冷静な智将とした普段だけに、救い難さがより強くにじむ。ツバキが心配のあまり「ユリウス様、これで大丈夫なのでしょうか」と耳打ちしたくらいである。
きっぱり即答があった。もちろん、大丈夫なわけがないぞ、と。グレイの苦労は一生ものだろう、と断言していた。
評価が地へ落ちかけたところで、イザークは本来の役目に立ち返った。本人に自覚はないが、ぎりぎりで依然通りの印象で踏ん張りきる提言をした。
「どうやら帝国のほうも、じきに戦いを投げ出すだろう。それは賢國と違い撤退ではなく瓦解という形で、だ」
うむ、とユリウスはうなずき目を遠くへ向ける。
今や帝国兵団は逃亡の流れが加速している。賢國の撤退が呼び水となって、まず傭兵から脱落者が出始める。やがて騎兵団も自分らの総指揮官は逃げ出した報が届けば、戦意は著しく低下する。闘志満々の敵兵を前に、他国の加勢まであると聞いて騎士団長自ら逃げ出せば戦線の維持もままならない。
てんでバラバラとなって戦線を離脱しだしていた。数ではまだおよそ十倍以上いるはずの帝国側が敗残兵となっていた。無秩序に各方面へ散っていっている。
ユリウスはイザークへ視線を戻した。
「ここは皇帝や異世界人の宰相らがいる帝都を落とす好機だと思うぞ。どうだ?」
ああ、とイザークが冷静とする顔でうなずく。
「ではバカ親父と合流して、一気に帝都へ行くぞ」
「ディディエ卿が生きていたのか!」
さすがのイザークも驚きは大きい。
手短にユリウスは現状を説明した。ディディエ卿が元来の配下とエルフ及びドワーフの兵を連れてやってきた。グネルス皇国とアドリアやトラークーにビュザンの三公国も加勢にきてくれた。
そうか、とイザークはちょっと考え込んだ。
「ディディエ卿がいるならば大丈夫だろう」
「おお、そうだな。バカ親父がいればこっちは百人力だ」
「これから我ら人種問わずの連合国兵団で帝都の陥落を目指す」
「ウインの野郎、逃さないぞ」
「まとめ役に打ってつけなディディエ卿がいるならば、当面は大丈夫だろう。ユリウスは取り敢えず来なくていい」
なんだと! 今度はユリウスが大きな声を挙げた。
ふっとイザークは微笑む。ちょっぴり意味ありげな顔つきを作って見せた。
「プリムラ王女に会ってこい。まずは婚約者の顔を見て、無事を確認してこい。それから帝都攻略へ向かう我らの下へ来て欲しい。待っている」
行ってこい、ユリウス! とアーゼクスが力強く肩を叩く。
あとは任せるがいいのぉ、とアルフォンスは今にも笑いだしそうだ。
姫様が待ってますわ、とツバキの声には願いを聞き取れた。
ユリウスは身体を直角に折った。この場にいる麾下の者たちと龍人たちへ、深々と頭を下げた。
「すまん、いくら感謝してもしたりないぞ」
馬くらい乗ってけ、とイザークが近くの配下に白馬を連れて来させた。システィアの捕獲にグレイと共に使用した馬だ。
おお、とユリウスは有り難いとばかりまたがる。騎乗すれば、一直線だ。それこそ後を振り返らず走らせる。
「今すぐ、行くからな。約束通りプリムラの下へ、俺は帰るぞ」
軽快に蹄の音を鳴らして白馬は疾駆する。まるで元からの主人は現在騎乗している人物だったかのように人馬一体となって王国へ向かう。
愛しい人への想いを胸にユリウスは風を切っていた。




