56.漢の、僚友はいつも通りです(以上です)
どうやら勝ったな、とイザークは視線を彼方へ向けたまま呟く。
えっ、とグレイは馬上で腰掛けたまま仰ぐ。真上には背中を預けたイザークの顔がある。俄には信じられなかったが、表情を見たらそれ以上の質問は野暮に思えた。
システィアは立場が違う。無様に転がったまま長槍の穂先が目前に据えられている。窮地極まる。味方の助けだけが希望だ。忖度などしてられない。
「適当なことを言わないでよ。賢國まで兵を出したのよ。絶対に負けるわけ、ないじゃない」
「とても士官学校の戦略科に在籍していた者の発言とは思えないな。いったい何を学んできた」
なにやら説教でも始めそうなイザークだ。もしグレイの声がなければ、四天の、特にベルとヨシツネが嫌がるお得意の講義をしだしたかもしれない。
「みんな……来てくれたんだ」
涙ぐむような感激が不出来な生徒を放って感情を分かち合いたいとなった。
「グレイ、キミだけではなかったわけだ。ユリウスの戦いを我が事として考えていた者は」
どういうこと! とシスティアが叫ぶように問う。地べたに尻を着く体勢であれば、外の様子が窺えない。質問は当然だったが、イザークにすれば良い感じだった。邪魔された気分は目つきを鋭くさせた。
「全ての亜人が力を貸してくれたようだ。龍人だけではない、エルフやドワーフに翼人まで参戦している」
「だからって、なんで亜人なんかに負けるのよ。こっちが兵の数はぜんぜん上なんだから」
「教義なにか知らないが戦場で敵をあおるような真似は止したほうがいい。悪魔だの、悪種など、亜人なんかと口にしている瞬間は良い気分だろう。だがそれは相手の戦意を高めるだけだ。結局は自分に跳ね返ってくると今、実感中だろう」
くっとシスティアが悔しそうに目許を歪めた。上体だけ伸ばしたら帝国賢國の両兵は逃亡へ入っていることが確認できた。イザークの断言は嘘でなかった。ならば訊く事柄は一つしかない。
「これから私をどうする気?」
「さっさと殺せとは言わないのだな。戦乙女なのだろう。潔く我が身を処すとしないのか」
冷徹そのものとする口調でイザークは性格の悪さを発揮する。悔しくてならないとシスティアは怒りで身体を震わせながら叫ぶ。
「祖国に対して叛逆を行ったあんたたちには、いずれ天罰が下るわよ。国を裏切って無事にすむなどと思わないことね」
「叛逆の定義は詰まるところ権勢者からの視点にすぎない。帝国からすれば反乱だが、ユリウスの治世となれば弑逆に相当するのはどちらか。自明の理だろう」
システィアにとって、今の今まで考えさえしなかっただろう。イザークの言に呆然とする。
「えっ……ユリウスの治世って、それって……」
「かつての婚約者たちにすれば、逃した魚は大きすぎたということだ」
システィアの口は閉じた。思考の時間が必要であったようだ。再び開くと、それこそ怒りの声を発した。
「ユリウスが、ユリウスが皇帝なるって言うの。悪い冗談みたいなこと、やめてよ。あれが国の指導者だなんて……」
「その可能性を見出せなかった者は帝国の貴族令嬢だけだ。他では人種に関係なく上へ立つ資質を認めている。不満は口にしても現状維持を強く望む身分層にはユリウスという人物が見抜けないようだったな」
ここでいきなりイザークが相好を崩した。
システィアにすれば警戒しか湧かない。なによ、と問い質したらだ。
「いや、なに。ユリウスがプリムラ王女をつかんでいてくれて、本当に良かった。そうでなければ、ここまで順調にこられたか。ユリウスに申し訳ないが、つくづく三人と婚約が成立しないでくれて良かったと改めて思う次第だ」
最初の婚約者にすれば屈辱の何ものでもない。イザークっ、とシスティアは目と歯を剥く。品位からはとても遠い姿をさらしていた。
不意に穂先が伸びてきた。顔面に迫れば、ひっ、とシスティアは怒りから怯えへ塗り変える。態度の急変は長槍を突き出した人物も同様だ。
冷然とイザークが言い放つ。
「帝国と賢國の関係性について聞きたい点が山ほどある。どうやらシスティアはその辺りについて深く関わっているように見受けられる。だから現在は殺さないでおこう。しっかり尋問させてもらおう。逃げられないよう厳重に拘束しておけ」
締めの命令はイザークの長槍隊へ向けてだった。近くまで来ていたことを確かめずとも感知していたらしい。はっ、と了解の返事が鋭く上がる。
システィアが連行されていく。
なぜか急に白馬が怯えだした。原因を即座に理解したイザークは軽快な身のこなしで馬から降りた。
どうしたの? とグレイが訊けばイザークは微笑みながら手を伸ばす。
「グレイ。キミを慕う頼りなる相棒がこちらへ向かってきている」
そうなんだ、とグレイも笑い返しながら差し出された手を取った。イザークの助けを借りて馬から地面へ着地する。長槍隊の麾下にある騎兵も心得たもので指示がなくても白馬を連れていった。
入れ替わるように大虎の登場となった。アムール、とグレイは呼びながら抱きついていく。まるで猫をあやすように頭を撫でているところへ、イザークは向かう。じゃれているところへ、すんなり近づいていく。真実に大虎を怖れていない。
「せっかくの機会だから、グレイ。キミへ私からきちんと伝えておきたいことがある」
思わずグレイはアムールを撫でる手を止めた。な、なにかな、と本人は焦って向かい合う。顔を真っ赤っかだ。ちょっとうつむく姿は可愛らしい。
コホンッとイザークはわざとらしい咳払いをした。いつになく姿勢を正している。大事な要件だと誰の目をもってしてもわかるだろう。
キミだけにはわかって欲しい、と意味深な前置きをしてからだ。
「私の欲情が向かう先は女性のみだ。男性になど向かわないことをしっかり認識しておいてもらいたい」
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以上が駆けつけたユリウスらへ、アルフォンスが語り聞かせた事情である。
大虎の襲撃によって生命が風前の灯火と化したイザークの経緯である。




