51.漢の、龍人の友は挑発に乗る(これは俺たちの戦いだ)
戦況の風向きが変わりだしていた。
様相は変わっていない。帝国と賢國の連合兵団が攻め立てる。龍人騎兵が合流したユリウス率いる騎兵団は迎え撃つ。攻守は以前通りだった。
けれども中身が違う、まったく違っていた。
力づくで押し返すから、整然とした陣形による阻止へ変わっている。五千から一万へ増えただけとせず、一個の騎兵団とする兵数が完全な編成を可能とした。しかも龍人騎兵は強靭だ。元帝国十三騎兵団の騎兵と何度も刃を交わしたことで、互いを知悉している。昨日の敵は今日の友とした結着を見ている。息もぴったりだ。
ここに至りユリウスの『みんな仲良く』が思わぬ形で功を奏していた。
比べて帝国と賢國は水と油の関係から脱し得ないばかりか、どっちつかずの傭兵も混じる。騎士団長の下で整然な動きを見せる兵もいるが、全体からすればごく一部でしかない。当初からの数頼みとする攻勢から抜け出せない。
さらにウイン皇弟の前面で展開する賢國兵団が押され出していた。
前戦闘頭であり現部族長であるダイロンがかつての麾下を率いた部隊は往年の強さを発揮する。活き活きとした活躍が賢國の右翼を完全に崩すまで、そう遠くなさそうだ。
ユリウスとアーゼクスの二人に至っては無敵になりつつある。呼吸を合わせて振り抜かれた二本の大剣に賢國の防御陣形は粉砕させていく。
「ユリウス。もしかしてとても貴重な体験をしてないか」
「ああ、俺とおまえ。二人揃って敵へ向かう機会など、そうあるとは思えないぞ」
大陸一、二の猛将が肩を並べたら、いかに凄い相乗効果を生むか。援護へ駆けつけたツバキやエルクウィンに、遠くから眺めるヨシツネが感じ入っていた。敵味方関係なく畏敬の念を抱かせる強さだった。
けれど認めるわけにはいかない者たちもいる。
「人間の闘神はともかく、亜人ごときにいつまでも調子に乗らせるな」
けなす当人の耳へ届くほど、賢國の将軍が叱咤した。第三のガストンで、ユリウスたちの大剣に比肩する大ぶりな剣を振り回している。教皇の教義を忠実に守る指揮官として鼓舞していた。
なぜかアーゼクスは妙に感心しだす。
「ホントに居たのだなぁ。ああいう恥ずかしげもなく言えるヤツが」
「賢國は全体的にあんな感じだぞ」
もはや相棒感満載のユリウスが教える。
ガストン将軍まで会話が届けば、こちらは敵愾心そのもので反応する。
「悪魔とすべき種族が人間と対等などと思うな。いずれおまえだけでなく、妻や子もこの世に厄災をもたらすものとして処分される日がこよう」
途端にアーゼクスの様子が変わった。おおっ、とユリウスが唸るほどだ。ユリウス、と低く呼び、要請をしてきた。
「妻を殺すというあいつは、オルフェスの夫である、このアーゼクスにやらせろ」
ユリウスが断るはずもない。
アーゼクスがガストン将軍に「戦え」と要求すれば、せせら笑うように条件を付けてきた。
「戦場で騎士道を気取りたくないが、亜人ごときに逃げ出したと思われては我ら騎兵団の士気にかかわる。一対一の勝負、受けて立とう」
あれ? とユリウスがアーゼクスへ向く。
「アーゼクスよ。一人でやるつもりだったのか」
「いや。こっちも今、そうなのか、と思った。だが、まぁいい。むしろ望むところだ」
さてといった感じでアーゼクスは独り前へ出ていく。
ふむ、とユリウスは何やら考え込んでから後ろへ言い渡す。
「ツバキにエルクウィン、それにハットリもいるな。いいか、アーゼクスがあっちの将軍との戦いに集中している隙を突こうとする輩はいるかもしれない。勝負が終わるまで、今言った注意の一点に集中して動け」
まるで背中に目がついているかのようなユリウスのお達しである。名前を呼ばれた者たちは返事と共に散っていく。
馬からガストン将軍が降りた。大股で正面へ立つ。
「アーゼクスと言ったか。ずいぶん評判が高い剣士らしいが、所詮は亜人だ。我らに及ぶべくもない」
「言っておくが、ガストンとか言うヤツよ。これがユリウスと引き剥がすための策略だとしても、承知のうえだ。わかっていても、おまえは俺の手で思っただけだ」
「悪魔とされる連中でも肉親の情は篤いところを示したいようだな」
ガストンが嘲笑すれば、アーゼクスはやれやれとばかりに首を横に振る。
「賢國の民はそんな見方しか出来ないのか。同じ人間でもユリウスたちとまるで違うな」
「正しき道を歩む者と正邪の区別がつかない者の違いだ。亜人はユリウスの考えなく受け入れる態度を器と勘違いさせたようだ」
「何度も戦っておきながらユリウスをその程度でしか計れないのか。なるほど、確かにおまえたちは危険だ。自身の考えに固執するヤツは平気で残忍なことを行えるものだ。噂は本当だったか」
なにを……、とガストン将軍の問いかけをアーゼクスは無視した。大剣を天へ突き出し辺り一帯へ戦闘頭としての宣言を張り上げた。
「龍人騎兵へ告ぐ。今日の戦いはユリウスたちの加勢でやってきたが、ここで気持ちを入れ替えろ。これは我々の戦いだ、龍人……いや亜人とされる者の未来を賭けた戦さだ。わかったな!」
おぅー、と龍人たちは一斉に呼応する。なぜかユリウスまで「うおぉおおー」と一緒になって挙げている。ユリウスの麾下にある騎兵から笑みがこぼれた。
ふんっとガストン将軍が鼻で笑う。
「ずいぶん強く出たようだが、所詮は悪種。知恵は足らないようだ。やっと一万を超える程度の数で何ができる。どうやら龍人は騎兵を総動員したようだ。ならば里には女子供しかおるまい。今なら殲滅は容易かろう」
脅しの効果を信じ疑っていなかったから、アーゼクスの平静ぶりは気になる。ガストン将軍のほうこそ慌てて問う。
「言っておくが我ら賢國に人間のためならばと協力する国は帝国以外にもある」
「もしグネルスとかいった国のことを指すならば、おまえたちは帝国に担がれたな。武力をちらつかせて協力を迫ったものの、あそこはまだ態度を保留したままだ」
そこへ賢國の一兵卒がガストン将軍へ近づく。何やら耳打ちする。聞いたほうは囁きを無駄にする大声を張り上げた。
「グネルス皇国が帝国に宣戦布告だと。なんだその『プリムラを傷つける者は許さない』などという理由は!」
はっはっは! それはもう大きく、ユリウスが響かせた。さすが俺の恋敵だ、と一部の者にしか通用しない言葉も発していた。
嘘ではない証拠に、地平彼方で紫の団旗がはためいている。グネルス皇国の騎兵団が向かってきている。進行方向は賢國騎兵団の右翼だ。まだ加勢の可能性を見ていたガストン将軍も、プリムラを傷つけるとは何事だ! と聞こえてくれば冗談でないことを知る。どうして亜人が人間の国の判断を知っていたか、問いたいところだ。けれど、本当にやる気があるのか、とアーゼクスに言われれば口より剣を構えた。
賢國の武将として、亜人の挑発に乗らざる得なかった。




