48.漢の、僚友は助勢に感謝する(でもまだ終わらない)
どう反応すべきか、珍しくイザークは迷う。
大虎が馬を怯えさせる。魚人族の都においてキバ一族相手の戦闘で経験済みだ。なんで来たかと、嬉しくても諫言は忘れてをならないと気を引き締める。
けれでも正体を確かめたら、何とも複雑な気分になった。
大虎に騎乗している者はエルフではない。髭面の僚友だった。
「アルだったか……身体は大丈夫なのか?」
敵の頭をつかむアルフォンスは笑う。ふぉっほっほ、と大虎に乗っかったまま大きく上げた。
おかげ賢國帝国の両兵はネイト将軍が捕らえられた事実を知った。
「イザークは優しくなったのぉ。やはり虎の嬢ちゃんのおかげかのぉ」
答えるアルフォンスの視線を、イザークは追った。
オリバーたちの危機を救うべくグレイが奮闘している。大虎の咆哮が敵の馬だけでなく兵士まで身をすくませる。獰猛むきだしの獣にまたがったまま休みなく弓矢を放つ。
王国騎兵もヘクター騎兵長を先頭に参戦していた。砦門の守備に多く割いたせいか、大した人数ではなかったものの、盾を持つ部隊を引きいていた。攻撃一辺倒の長槍隊に防御が加わったことは大きい。攻勢のみとする編成からの脱却は長槍の突き出しを自在にさせる。王国騎兵長の素晴らしい判断だった。
加勢がイザークに従ってきた長槍隊の息を吹き返させた。
離せ、とネイト将軍がわめいた。背後から頭をつかまれているため剣を向けられない。届かない腕の代わりは口とした。
「背中から襲撃など、なんて卑劣な。騎兵ならば、恥ずかしいと思わないのか」
「大人数で少数を攻めてて、よく言うのぉ。都合のいい正々堂々は聞く耳ないのぉ」
「まったく亜人などと一緒に過ごす連中らしい考え方ではないか」
ほーぉ、とアルフォンスの声が潜まったことに気づかなかったか。それとも危機に恐慌をきたしたか、ネイト将軍は捲し立てる。
「亜人を人間に奉仕させなければ社会秩序の崩壊を招くことがわからないのか。劣悪種には、人間という優れた種の意向に強制的でも従わせるべきだ。それこそが世界をより良い未来へ導く……」
「なるほどのぉ。人種が違うだけで相手に対する想像はなく、ただの断定とくるか。だからラライアは辛い目に……あんな優しい女が亜人というだけで、あれほど酷い目にあったわけだのぉ」
アルフォンスの慨嘆に返事はなかった。すでにネイト将軍は事切れていたからである。音が立たないほど一瞬で首の骨が折られたせいだ。なにせトドメを刺した本人が「聞かせる前にやってしまったのぉ」と残念がっていた。
イザークは笑いそうになった。が、それより先にやるべきことがある。
戦乙女を守護にきた賢國兵団の指揮官を葬った。敵の士気を挫く大きな出来事だ。ここは思い切り宣伝するべきだ。グノーシス賢國第七将軍ネイトを討ち取ったり! と成果を高々と挙げた。
すると心得たオリバーが周囲へ触れ回る。賢國のネイト将軍を討ち取ったぞ、と具体名を前置きして勝鬨を放つ。エイエイおぅおおー、と空に吸い込まれそうなほど轟かせた。
ここで帝国と賢國の混成による弱点が顕著となった。指揮官の仇討ちと熱り立つ兵は賢國に限られる。その賢國兵も初めて対する大虎の襲撃に対応しきれていない。帝国といえば主力はユリウスの対戦を忌避してやってきたフリッツ騎士団長が指揮する第七騎兵団だ。勝機が下がれば如実に及び腰を見せ始めた。
「どうやら勝ったようだな」
慎重なイザークが戦闘は続いているにも関わらず確信していた。するだけの事態を高身長の視線位置をもって捉えたようだ。ただし目立つ体格だから、ある賢國騎兵が襲撃してくる。ネイト将軍の仇、と叫んでやってくる。
イザーク! と呼ばれた。誰の声など確かめるまでもない。
目を向けたら、飛んできた。どうやら矢だけでなく、長槍の投擲も正確無比に行えるらしい。
兵の間を縫い長槍が真っ直ぐ向かってくる。
イザークの右手は目前で柄をつかむ。握った長槍の穂先で華麗な円を描く。目にも止まらぬ早さは、襲撃してきた賢國騎兵だけでなく周囲にも及んだ。相変わらず見事だのぉ、と見慣れているはずのアルフォンスでさえ唸らせる。いつも以上の長槍さばきを披露していた。
「イザーク、無事かい?」
大虎に乗ってグレイが近づいてきた。
イザークは返事より頭をかいた。どうしたものかと困惑している。滅多にしない様子を有り有りと見せてくる。
心情を察したグレイは、ちょっと頬を膨らませた。大虎アムールの上で少しうつむいては、もごもご言う。
「い、いいだろ、もう来ちゃったんだからさ」
「私が途惑っているのは、グレイ、キミに対してではない。自分自身に対してだ」
えっ、とグレイが不思議そうに顔を上げた。
かく手を頭から降ろしたイザークは苦笑を閃かせる。
「私はキミに来るなと言っておきながら、今、とても嬉しく感じている。助かって安堵したわけではなく、来てくれた相手がキミだったからだ」
それって……、とグレイは詳細を求めかけたが、他の重大事が告げられた。
「システィアが逃亡した。我々としては絶対に逃すわけにはいかない」
展開が錯綜するなかでもイザークは冷静な目を失っていなかった。
さすが、とグレイは素直に感心を示してから訊く。
「追うの?」
「当然だ。幸いにも賢國の将軍が乗っていた馬もある。あとはアル、任せていいか?」
大虎を前にして冷や汗でもかいていそうな白馬へイザークは近寄っていく。
ふぉっほっほ、とアルフォンスは片手にした盾を掲げた。
「実は上半身はまぁ何とかなるんだが、立つのが厳しくてのぉ。だから嬢ちゃんにマレートといったか、大虎を貸してもらって大助かりしているのぉ。ホント、嬢ちゃんの大虎は頼りなるのぉ」
返事の含む意味を、イザークがわからないわけがない。ひらり白馬に騎乗すれば、長槍を地面へ突き立てる。開いた右手を差し出した。
「グレイ。力を貸してくれないか。キミの弓の力が必要なんだ」
「ボ、ボクなんかが役に立つの?」
「グレイでなければ駄目なんだ」
わかった、と明るい返事のグレイは右手を伸ばす。
二人の手がつながれた。
直後にグレイの身体が舞うように浮き上がる。大虎から馬へ、イザークの前へ腰を落とす。
イザークとグレイが二人して白馬にまたがる姿に、アルフォンスは息がもれる。絵になるのぉ、と胸の内で呟いていた。
アムール、アルを助けてやってくれよ、とグレイが今まで乗っていた大虎へ頼んでいる傍で、ふとイザークが思いついたように尋ねる。
「ところでアルは虎が大丈夫だったんだな」
以前に大虎と船の同乗はヨシツネとベルにアルフォンスが遠慮していた。
ふぉっほっほ、と笑ってからだ。
「あの時も言ったがのぉ、虎とは見つめ合わなければ、むしろ可愛いくらいに思っているのぉ」
なんだそれは、とイザークは言いたいが、実際は「そうか」の一言ですませた。その節においてアルフォンスには何か意図があったのかもしれない。だけど確認しだしたら長くなりそうだ。
今は追わねばならない。
大地からイザークは自ら刺した長槍を引っこ抜く。もう片方の手は手綱を握る。自分へ背中を預けたグレイがいる。
いくぞ、とただ一人だけに向けて発し、白馬を駆った。
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ちょうどその頃、ユリウスの麾下にある者たちは危機を迎えていた。
ある意味で、という注釈をつけるが。




