30.漢、怪我人の麾下へ話しをする(酷い話しもある)
降りしきる雨が地上を叩き鳴らしていた。
仮設の建物であれば、バタバタ屋内はうるさい。室内にいる者の多くが怪我人であり、敗北に近しい状況が打ちのめされるまま横たわっている。悪天候がもたらす騒音を静かに聴くだけだ。
けれどもユリウスとイザークが訪れた一室だけは別だった。
「ともかくいいから、ツバキ、食いもん持ってこい。体力、つけんだよ」
「下手な活性化は傷口を開かせるかもしれないから、まず安静と言われていますわ。せめておかゆくらいにしてください」
「医者の言うことなんて聞いていられるか。オレには肉と酒が血となり肉になるんだよ」
ヨシツネの手前勝手な要求に、ツバキがふざけないでくださいとばかり突っぱねる。
そんな二人を同室のベルと付き添うキキョウが笑っている。
とても賑やかな空気に包まれていた。
ユリウスとイザークの入室にも、すぐ気づく。
「オレは大丈夫ですから」とヨシツネが始めれば、「僕は矢は無理だけど剣は振るえるよ」とベルが続く。
男二人が息巻く姿勢に、ツバキとキキョウは顔を曇らせていた。
はっはっは、とユリウスが高笑いで応えた。
「二人とも死ぬにはまだまだみたいで安心したぞ」
あったりまえです、と答えるヨシツネは頭と裸の上半身に包帯が巻かれている。じわり血がまた広がりだす。ツバキが慌てて新たな包帯を用意した。
僕は右腕だけだから、とするベルの顔色は青い。かなり失血は激しかったようだ。元気そうな様子で判断は出来ない。
ほら、とヨシツネの包帯をきつくしばり上げているツバキへ、ユリウスが訊く。プリムラのそばにいなくていいのか、と。
「私があまりにぐずぐず泣いていたせいで、エルナ様に怒られましたわ。少し外の空気を吸ってきなさい、だそうです。姫様が頑張っている横にいたいならば、気を確かに持てるようなったらきなさいって。仰る通りですわ」
さすがだな、とイザークがここで感心を挙げてきた。
「やはり魚人族の長の娘といったところだ。しっかりしている」
「まったくだ。デボラにぜんぜん似てなくて良かったぞ」
ユリウスの意見は同意であるものの、内容的には失礼極まる。
相変わらずですねー、とヨシツネが陽気に上げたところで、ユリウスはツバキに訊く。サイゾウとハットリの所在である。
ツバキが答えるより早くだ。
室内にニンジャの少年二人が姿を現した。どうやら近くで控えていたらしい。
サイゾウよ、大丈夫か、とユリウスが心配する。怪我しても表にしないはずの忍びが頭に包帯を巻いている。問題ない、との返事だが隠せないくらい傷は深いと見ていいだろう。
ともかくユリウスが集めたい者は全て揃った。
「雨が上がり次第、出陣ですか」
ヨシツネはやる気満々を見せてきた。大丈夫を売り込まなければならない状態だとわからない者はいない。
普段のユリウスなら、無理しなくていいぞ、と答えそうだ。今晩は無視して、ベルへ向く。キキョウも含め見つめては言い渡す。
「国王専用の国外脱出路があるそうだ。そこを通ってベルとキキョウは森の国へ行け」
えっ? とベルは挙げてから、しばらく黙り込んだ。
さらにユリウスはサイゾウとハットリにもベルとキキョウへ付いていくよう申し渡す。護衛も必要とする理由だったが、ニンジャの少年二人は返事しない。明らかに不服そうだ。
これ以上にないくらい重い空気が漂った。
「ユリウス団長は僕に逃げろって、そういうこと?」
やっとベルが絞り出した声に、ユリウスは深くうなづく。
続いて自分の役目だとばかりイザークが乗っかってきた。
「帝国に対して少しでも脅威は残しておいたほうがいい。誰かが生き残るべきだろう」
「だからって、どうして僕が……」
「それはいいな。やっぱりよ、四天なんて呼ばれるうちの誰か一人くらいいたほうが、帝国の枕を低くしてやれるってもんだろ」
ベルを遮ったヨシツネの声は名案だと言わんばかりに明るい。
ヨシツネよ、とユリウスが呼ぶ。なんですか、と返事したら予想だにしなかった話しをされる。
「おまえは戦いに連れていかない。代わりに頼みたいことがある。酷い話しだ」
へっ? となるヨシツネへ、ここでもイザークが説明役として出てきた。
「帝国は今回の戦争責任として、幾人かの首を要求してくるはずだ。出来るだけ王国に及ばないようにしたい。四天と呼ばれるうちの二人も差し出せば、気を治められるだろう」
「……オレともう一人は誰ですか」
「アルだ。もはや虫の息だが死んではいない」
イヤだよー、と泣くみたいに挙がった。ハットリが忍びのくせに涙目で訴えてくる。
「それってさ。ユリウスとイザークが死ぬ話しじゃない。今度は負けるって話しじゃないか」
はっはっは、とユリウスが胸を反らしての高笑いをしてきた。
「ハットリよ。戦いを指揮する者、常に勝敗のどちらに対しても用意は怠らないものだぞ」
「じゃ、なんで負けた時の話しをするんだよー」
「勝った場合は問題ないからな。ベルたちは無駄足になるだけだし、ヨシツネとアルは引き続き治療に専念すればいいだけだぞ」
理屈は通るが納得できるほどの説得力はなかった。
でもぉ、とハットリはぐずる。まだ少年とする面影の頭へ、ぽんっとユリウスは手を置く。優しい以外のなにものでもない微笑みを浮かべている。
「オレなら大丈夫ですよ。少しでも戦力になるほうがいいでしょ」
はっきり拒否してきたヨシツネには、ユリウスは厳然たる態度で臨む。
「そんな身体では戦場に出られないくらい、ヨシツネよ、おまえ自身が一番にわかっているはずだぞ。下手すれば足手まといになるくらいわかっているだろう」
カラ元気もユリウスの指摘に潰えた。はぁー、とヨシツネは大きく息を吐いてベッドへ引っ繰り返った。イテテ……、ともらしては不承不承ながらだ。団長の言う通りですよ、と天井を見上げながら返していた。
すまん、とユリウスらしくなく小さな声で詫びていた。
いきなりだった。
「ユリウス王太子閣下は、いらっしゃいますか」
黄色い王国騎兵服を着た青年が飛び込んできた。
お、おぅ……、と慣れない呼び方にユリウスはたじろぐ。ずいぶん慌てていれば緊急事態が予測された。
敵襲か、と身構えた。
用件が切り出されれば、まったっく思い当たらない話しであった。
ともかくユリウスとイザークは砦門へ急いで取って返すしかなかった。




