29.漢、勝つと言う(新たな忠誠を手に入れる)
はぁ? とヘクターは間抜けづらを晒した。
何が告げられたかは理解している。何を言っているかが、わからない。
勝ちにいく? 何を考えている!
「敵は四十万ですよっ」
具体的な数値を挙げて反駁した。
ユリウスが、のほほんと返してくる。
「今回はけっこうこちらも損害を与えたと思うぞ。さすがに四十万はないだろう」
ヘクターは荒げそうになったものを呑み込んだ。懸命に頭を巡らせて、指摘すべき言葉を探す。つまりユリウスのペースに乗ってしまっていた。
「確かに闘神ユリウスの騎兵団の戦果は目を見張るべきものがありました。予想するに三十九万は下回るでしょうね」
「だったら四十万でいいぞ。そこまで細かくでは、ヘクターよ。おまえも疲れるだろう」
いけしゃあしゃあと言われて、今度こそヘクターはうぐぐっと声を詰まらせた。横で聞くイザークが気の毒に思ったくらいである。これがユリウスであり、付き合うなら仕方ないと割り切るしかない。
ヘクターにすれば消沈していられない。当初とは打って変わっていた。闘神ユリウスっ、と気合を入れて意見をする。
「帝国にかなりな損害を与えましたが、こちらも然りです。どう多く見積もっても戦える闘神ユリウスの騎兵は五千に満たず、王国騎兵は千五百にも満たない。なのに四十万の敵に勝利するための算段があると言われても、俄に信じられません」
はっはっは! とユリウスは笑ってくる。ヘクター以下王国騎兵は高笑いに対し、いい加減慣れていた。いつものことだと捉える。
付き合いの長いイザークは普段にない響きを感じ取っていた。
「ヘクターよ。なぜ帝国のやつらは未だ攻め込んでこないと思う」
「それは……雨が酷いからではありませんか。悪天候の場合は、地の利のあるほうが断然に有利ですからね」
定石の回答は、けれどもヘクター本人が今ひとつ納得していない風に外からでも窺える。
「ならば、ヘクターよ。おまえが帝国の指揮官なら、今をどう見る」
「それは……好機と見て、攻め込みます」
そうだろ、とユリウスは両腕を胸の前で組み、よく出来たとばかりにうなづいてくる。
以前のヘクターなら、偉そうに! となるところだ。現在は苦笑ですませられる。良くも悪くも馴れてしまったせいで、積極的に尋ね返すようなっていた。
「では、なぜ帝国兵に動きがないか。闘神ユリウスに思いつく点があるのですか」
「帝国の総指揮官はヘクターと違って戦場に立つなど考えもしない輩だ。今回は大兵力に自分は遠くで指図だけしていればいいくらいの気持ちで就いたのだろう。戦場に出てくるには不覚悟なヤツというわけだ」
「しかしまるきりの素人というわけではないでしょう。どうやら戦闘指揮は行っているように思われます」
はっはっは、とユリウスは高笑いを挟んでから答えた。
「どうやら戦いの理屈には通じているようだ。だが実戦を知らない机上の理論でしかない。半端は無知よりタチが悪いからな。そして高官にありがちな何より我が身がかわいいヤツだぞ。また、まず自分の守りを何よりとしたのだろう。雨も降っているしな」
これまでヘクターも帝国侵攻兵団の動向を見てきた。
きっと今回の戦いでもユリウスの騎兵団は総指揮官の近くまで迫ったに違いない。再び帝国の戦陣を破る敵の奮戦を目の当たりにし、ウイン皇弟といったか、心底から怯えた。自分を守る陣形の構築を最優先としているに違いない。あたふたしている様子が目に浮かんでくるようだ。またとするユリウスの指摘に同意できる。
だが一方で疑問もまた生まれた。こちらのほうが大事だ。
「闘神ユリウス。帝国の侵攻してこない理由はおおよそ見当がつきました。けれどもそれはこちらにとって時間稼ぎでしかすぎず、勝利とするまでは結びつきません」
すると、ずいっと長身が出てきてユリウスに並んだ。ここからは私が、とイザークが代わって始める。
「もし騎兵長が帝国兵として、総指揮官から攻勢せず守備を言い渡されたら心境はいかがなものでしょう」
役職名で呼ばれたヘクターは質問だけで大体の察しはついた。なるほどと顎に手を当てた。
「確かに士気は下がりますね。好機をみすみす逃しているどころか、指揮官がこうも自身の安全を露骨に優先されては」
「忠誠からは程遠い兵が、ユリウスを前にしたらどう動くでしょう。しかも彼らは闘神の形容ではすまない『バケモノ』とするほどの凄まじい戦いぶりを目にしたばかりです。それは次の戦闘へ時間を開けたことで帝国兵内へ口伝されていくに違いありません」
大地へ水を張るような豪雨は続いている。
砦門の通路において、王国側の今後について話しは佳境を迎えていた。
「では勝利へ向けた作戦の中で我々王国騎兵団はどう致しましょうか」
静かにヘクターが尋ねれば、ぐっとユリウスが右腕を突き出した。
「ここを守ってくれ。ただ今日ここへ置いていった俺の騎兵は引き取らせてもらう」
「ええ、先ほど隊長からお話しがありました。次のユリウス騎兵団の出撃に自分たちは付いていく、と」
「おお、話しはそっちにも行っていたか。さっき直談判されてな、困ったものだ」
「それよりいいのですか、王国騎兵団を、いや私のような毎回判断を間違える騎士に指揮を取らせたままで」
はっはっは、とユリウスが暗い坑道にも似た通路へ明るく響かせる。
「何を言う、ヘクターよ。ヴァルキュリアを狙った戦法は見事だったぞ。もし背信がなければ成功していたではないか。むしろ失敗はこちらだ。狙い一人に絞ってしまったことと、裏切りが見抜けなかった、俺のせいだ」
ヘクターだけでなく近くにいた王国騎兵もまた感じた。
陽気な口調が痛ましい。闘神と呼ばれる漢が泣き笑いしているかのように見える。王女を失うかもしれない悲しみを押し殺している姿に、やはり己の不甲斐なさを思い遣らずにいられない。
「俺たちの出撃の隙を突こうとする部隊がいるかもしれない。なにせ帝国は大所帯だからな。悪いがそこは王国騎兵団だけで守ってくれと無茶な頼みをするわけだ」
無茶はどちらですか、とヘクターは返したくなる。以前なら口にしていただろう。現在は戦う者の寛容さに触れた。ユリウスの器量を認めれば、自然とだった。
ヘクターは片手を胸に当て片膝をつく。頭を垂れる。
指示をされたわけでもないのに周囲にいた黄色の騎兵服を着た兵が倣う。
恭順の姿勢を王国騎兵団が取るなか、騎士長の声が通路に反響する。
「我らハナナ王国騎兵団は、ハナナ王国王太子ユリウス・ラスボーンに忠誠を誓い、今後その命には身命かけて実行することを誓います」
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
それから数刻後、ユリウスはずっと共にしてきた配下へ提案をしていた。
ヘクターら王国騎兵団へ告げた内容とは真逆な話しだった。




