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婚約破棄され続きの騎士は想いが重い王女の愛で進撃す!  作者: ふみんのゆめ
漢の怒涛篇

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27.漢、父の想いを知る(姫の妹たちにも頼む)

 地面へ叩きつける降りだった。


 雨は近年に見られない量と勢いであった。まるで雨雲が今回の戦場に焦点を当てて集合したかのようだ。大陸西部一帯は土砂降りで、なかなか止みそうもない。


 グラジオラス砦門(とりでもん)付近に多くの仮設小屋が設置されている。急ごしらえの建物は粗末な屋根で、雨音はやかましい。それでも天幕よりはずっとマシだろう。負傷者のために出来る限りの環境を、とドクタータナカの具申が受け入れられた形であった。


 実現して良かったとする患者が運び込まれていた。


 元より白いところへ血の気が失せたせいで、生きているのが不思議な顔色になっていた。

 今にも死出へ旅立ちそうなプリムラを、ユリウスはじっと見つめている。ベッドへ横たる婚約者を前にぎりぎりで踏ん張っている感じだ。なんとか取り乱さないようしているなか、誰かが入室してきた気配を感じた。


 振り向けば、看護師の女性がいた。大ぶりな弓形の耳に櫛のような線が入っていれば、魚人とわかる。エレナであった。何やら透明な管みたいなものを手にしている。


 今のユリウスは何でもいい、すがりたい。見たことがない機材に期待せずいられない。


「そ、それでプリムラは助かるのか?」


 落ち着いてください、とエレナは冷静さを求める。これは足りなくなった血を他の人から直接に補充させるもので、決して命が救えると約束できるものではない。変に期待を持たせないようにしながら性能を説明した。


「ならば俺の血をやってくれ。全部抜いてくれて構わないぞ」


 極端なユリウスの申し出に、エレナは困惑するしかない。普段なら苦笑ですませられるが、今回はあまりに必死な形相が痛ましすぎて反応に難しい。


「ユリウス様。血液には型があります。誰の血でも適用するわけではありません」


 事情を伝えながら沈着なドクター・タナカが入室してくる。

 ユリウスの意識はその後に続いてきた人物へ向けられた。


「おおっ、父殿。どうして……」


 随行した者たちを外で待機するよう命じたリュド王が軽くうなずく。雨打つ薄暗い部屋でも色気が匂う壮年男性だ。居るだけで場が華やぐ。プリムラへ引き継がれた特性だった。


「私は父親だからな。型も同じであれば、最も似た血液なのは間違いない。だから後は任せるがいい。もし私の分で足りなくなったら、妹たちも連れてきている。幸いにもプリムラには同じ血の型を持った妹たちが四人もいる」

「さすがだ、父殿は。今日のことを考えて、下半身は緩くで生きてきたのだな」


 そんなわけないが、ユリウスは真剣だ。だからこそタチが悪い。ただしこの場では空気を和らげる作用が働くから、何が幸いするかわからない。


 輸血の準備が進むなか、リュド王はベッドへ横たわって捲った腕を差し出す。それから、ユリウス、と呼ぶ。


「なんだ、父殿」

「私は周囲からいくら嫌悪されようともプリムラの母親を、ガーベラを愛していた。だから彼女が静かな場所で母娘二人だけの暮らしをしたいと希望すれば叶えてやった。何より妻とした女性の意向を尊重したからだ」

「父殿の気持ちはわかった。いろいろ合っても好きだったんだな」

「だが後悔はある。娘に対しては特に、だ」


 たぶん、とユリウスは考える。リュド王のプリムラと同じ色の瞳が訴える全ては理解しきれていない。まだ婚約しただけの若輩では、数知れない経験を積んできた年配者の胸のうちを垣間見るまでがせいぜいだ。


 けれど父親としての心情は信頼できる。それくらいわかる。


「任せたぞ、父殿。俺の婚約者……俺のプリムラを頼む」


 ユリウスは部屋を出ていくことにした。出口で一旦足を停めて、振り返る。プリムラを見れば付き添っていたい気持ちが湧き上がってくる。それを、ぐっと押し込んだ。


 戦いはまだ終わっていない、やらなければいけないことがある。


 だが辛さが顔いっぱい出ていたのであろう。


 別室で待機していたプリムラの妹たちの前を、ユリウスは会釈も忘れて通りすぎかけた。

 一人が我慢できずと声をかけてきた。


「どうかユリウス様。気を確かにお持ちなってください。わたくし達もプリムラお姉様を微力ながらも助けられるよう力になりますわ」


 見た目はほっそりしているものの、力強い優しさを窺わせる声だ。すまない、とユリウスは頭を下げつつ名を聞く。


 第三王女のミーシャ。年齢はプリムラより一つ下らしい。


 父殿は励むな、と今日のユリウスは感心しきりである。さすが口にはしないが、当時からずいぶん女性に対してお盛んだったらしい。まさしくその一例であるプリムラと同年齢の第二王女が横から入ってきた。


「言っておきますけど、わ・た・く・しはプリムラなんかに血を渡さないんだから」


 王宮の間でユリウスたちに不平を鳴らしたローズが、ここでも敵慨心むきだしだ。


 もぅ、お姉様ったら、とミーシャがたしなめた矢先であった。


 どんっと床が鳴る。目前の二人だけでなく、他の妹たちも目に驚きを宿した。


 発生の主はユリウスだ。勢いよく床へ手だけではない、額も音が鳴るほど打ちつけた。


「頼む。どうかプリムラのために……プリムラのために、頼む……」


 必死すぎてユリウスは言葉がつながらない。だからこそ懸命さが滲み出ている。現にミーシャを始めとする妹たちが感動のあまり涙ぐんでいた。


 私だって、とローズも慌てて言う。


「ば、バカね。本気で真に受けてんじゃないわよ。ここまで来てやらないなんて、あるわけないでしょ」

「ほ、ホントか」


 ばっとユリウスが顔を上げじっと見つめたら、なぜかだ。ローズの顔がみるみる赤くなっていく。


「本当に決まってるでしょ。信じなさいよ、闘神ユリウス!」


 すると人の良さそうなミーシャが悪戯っぽい笑みを閃かせた。


「前から薄々勘づいてはおりましたけれど、今ローズお姉様の男性趣味に確信を得ましたわ」

「うっさいわね、そうよ、ミューズの思っている通りよ。プリムラが羨ましくて、しょうがないのよ」


 ムキーと唸りそうな勢いでローズが告白すれば、場に居合わせる妹たちの乙女心が湧き立つ。


 ん? と四つん這いのユリウスだけが意味を理解していない。


 こっそりドアの影から様子を覗き見ていたイザークも、つい微笑が口許にたゆたう。これだからユリウスに付いていくと面白い。思わぬところで出会した癒しの場面だ。これが一時の休憩になってくれればいい。


 これからは難しい話しだけとなる。

 今やユリウスの騎兵団を含む王国兵団はぼろぼろだ。誰の目からしても惨敗を喫したに等しい状況であった。


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