25.漢の、槍はまたミスする(頼りにはなる)
死は覚悟していた。これまで多くの命を奪ってきた。いくら理由があろうとも、行った事実は否定しない。況してや戦場に飛び込んできている。殺されもしよう。
けれど辱めは考えていなかった。
ずっと男の子に見られてきた。エルフも人間も関係なくだ。自分自身でも男くらいに思っていた。誰がボクなんかを女だと……。
一人だけ、初めから美少女だと言ってきたヤツがいた。やたら女性の魅力があると訴えてきた。ボクがユリウスに好意を抱いた時は着飾ってくれた。いつも力になってくれていた。
押さえつけてきた帝国兵の一人が、やると言っている。何をやるか、興奮ぶりから想像がつく。
名前の由来となった色の瞳にじんわり涙が浮かんだ。どうしていつも肝心なところで考えが甘いんだろう、ボクは。情けなくて、悲しみゆえの憤りが口に出そうになった。
だが実際の言葉は、別だった。
「イ……」
一瞬にして明るくなった。取り巻いていた帝国兵が除かれたせいだ。突かれた頭から血を噴き立たせ、ばたばた倒れていく。
「私を呼んだか、グレイ」
長槍を片手にした長身がそばで立っていた。左手を伸ばしてくる。つかんだグレイは初めて手を握ったことに気づく。なんだか急に恥ずかしくなれば、起こしてもらってもつっけんどんな態度を取ってしまう。
「べ、別にイザークって呼ぼうとしたんじゃないよ……そ、そうさ、イヤだって言おうとしたんだ」
「いったい何がイヤ……」
と、聞き返す途中でイザークは思い至ったらしい。
ガシガシガシっ、とすでに長槍で頭を貫かれ事切れた帝国兵を滅多刺しする。死んだから許されると思うな、と吐き捨てている。もっとも死人に鞭打つ行為の無駄を自覚すれば、無茶をした者を叱ることへ切り替える。
「グレイ、なんで来る。戦場の認識がきちんと出来てはいないようだ。命を取り合う場所だと理解すべきだろう。キミのような美少女が来てはいけないところだ」
一部の表現を除けば、厳しい説教をした。反発される覚悟でイザークはぶつけた。一緒に旅した経験が、彼女の反応くらい想像はつく。
イザークに人はいつまでも同じでないとする事例が示された。
「役に立たないくらいボク自身が一番わかってるよ。でも、でもそれでも何かしたいと思っちゃダメなのかな……」
グレイが目を伏せ唇をかむ姿に、イザークは思わずといった感じで左手を目許に当てた。
「ど、どうしたんだよ、イザーク」
ここは戦場だと強くいさめた当人など思えない、絞り出すように返してきた。
「そ、そんな拗ねたような感じは……グレイ、キミはずるい。そんなチャーミングな反応されて対抗できる男はいない。私は跪き、キミは完全勝利を得たわけだ」
そ、そうなの? とグレイは今ひとつ理解が追いつかない。
これに対しイザークはここ一番を見せた。
「キミの麗しき容貌に可愛いらしさを乗せたら、誰もが膝を折って当然だろう」
台詞だけでなく顔つきまで、キメ! にかかる。つまりミスを犯したわけである。
「おまえ、ほんとキモチ悪いんだけど」
グレイはかつて旅した仲間全員から同意を得られる回答をしていた。
本来ならイザークは納得いかないと反駁を試みただろう。
今回は敵兵の気配を察知した。じりっと帝国兵がにじり寄ってきている。
ルーヴァン、とイザークが呼ぶ。
はい、と同じく長槍を振るう騎兵が応じる。
「撤退に入る。準備はいいか」
はい、と再度された了承が長槍を持つ騎兵らを動かす。イザークの下へ、長槍を振るいつつ集まってくる。
「グレイ、キミも手伝ってくれないか。これからの撤退に」
うん、とグレイは嬉しそうだ。急いで弓と矢袋を拾い上げ装着し直している。
ふっとイザークは口もとに微笑みを湛えた。
「これから私の隊は後駆を務める。追撃してくる帝国兵を一身に引き受ける、大変危険な役回りだ」
「つまり重要だと言えるわけだろ」
「なかなか頼もしいことを言ってくれる。実際、弓兵が加わってくれたらとても助かる。距離を開けての威嚇に適しているからな。今回は突撃を主とする編成から我らの弓隊を砦門の警護に置いてきた。だから弓使いのキミの存在は非常に有り難い」
とても必要とされているようでグレイは嬉しい。もしかしてイザークは意識して言葉を選んでくれたのかもしれない。後になってそう思う。
この場では気分が高揚した。頑張るぞ、と意気込みが口を軽くする。
「でもボクたちより帝国の陣営を破るほうが大変だろうな」
「そちらは問題ない。現在のユリウスは無敵だ」
あれ? とグレイはなった。貴族令嬢が嬌声を上げる端正な横顔を眺めれば、疑念は濃くなっていく。
ユリウスならいくら強固な敵陣営でも突破するだろうと読める内容だった。無敵だなんて、ずいぶん勇壮な表現までしてくる。ちょっと誇張がかっている気がした。
たぶん敢えて気を昂めるため大袈裟な言い回しをしたのだろう。
なのに……ユリウスは無敵と伝えるイザークの顔ときたらだ。
見ているほうが辛くなるような悲痛をにじませていた。




