23.漢の、弓は純情を貫く(彼女もまた)
ツバキの絶叫がニンジャの三人へ届く。
いったい何が起きたか、瞬時に理解した。してしまったばっかりに、三人は隙を生む。
「姫様が、ウソだ」「まさか」「ツバキ姐ぇ」
ハットリにサイゾウ、キキョウも動きを止めてしまった。忍び装束は敵に存在をつかませないための軽装だ。目に止まったら、仕留めやすい獲物にすぎない。激戦が続けば、帝国兵も莫迦ではない。素早さを武器にした相手がいるくらい薄々勘づいている。目にすれば躊躇なく攻撃の手は繰り出される。
しまった、とサイゾウは肩を押さえつつ地面へ転がっていく。
うぐっとハットリは苦鳴をもらす。恰幅のいい帝国兵に首をつかまれた。絞め殺すつもりだろう、ぐいぐい握る手に力を込められていく。
キキョウに至っては命が風前の灯火だった。
三人の中で最も事態に気を取られたせいで、直前まで迫る剣先に気づけずいた。
額の寸前で届かなかったのは、剣を突き立てた帝国兵が横から飛びつかれたせいだ。
いきなり組みつかれた帝国兵は転げながらも剣を離さない。邪魔した者の背へ突き立てた。ぐっと唸る相手の耳が尖っていることにようやく気づく。
「なんだ、エルフか」
と、人生最後の台詞を吐いた。
剣で刺したが、弓柄が首に押しつけれた。一気に横へ引かれた。刃物のごとくとした斬れ味で喉ぼどけが裂かれる。声もなく絶命した。
ベルお兄ちゃん! とキキョウは駆け寄っていく。
僕はハーフエルフだよ、とベルが抱き合う形だった帝国兵を突き飛ばす。近づいてくる顔へ懐かしそうな目を向ける。笑おうしたが吐血して出来ず終いだった。
油断するにはまだ早かった。
目に涙をためたキキョウの背後へ新たな帝国兵が迫る。このガキィー、と剣を振り下ろす。これ以上にないほどベルは力を振り絞る。
剣はキキョウの首に突き立てられるはずだった。だが実際はベルが差し出した右腕が代わりを務めた。上腕部が貫かれていく。
さすがに激痛でベルがうめけば、キキョウも状況を悟る。くっと悔しさを滲ませながら振り向きざま、相手の額へ手裏剣を投げる。帝国兵は白目を剥きながら背中から地面へ落ちていった。
まだだ! ベルが叫ぶ。
初めてキキョウが耳にする、渾身の声だ。同時に身体が押し退けられた。
決して乱暴な扱いをしないベルが今回だけは余裕がない。立ち上がるなり、矢筒から五本を取り上げる。弓に添えて引き絞れば、右腕から血が滴り落ちる、背の赤い染みが広がっていく。大量の出血と激痛で意識が飛びそうになったか。ぐらり、首が揺れる。が、気迫を目に宿せば、矢尻から手を離した。
転がるサイゾウを取り囲む連中と、ハットリの首をつかんで持ち上げていた帝国兵が声もなく倒れていく。 正確無比に射抜いていた。
矢を放った瞬間にベルはうめいて膝を落とした。弓を離した左手で右腕を押さえる。傷口から血は止まらず、右手は赤で塗れた。
ベルお兄ちゃん、とキキョウが屈んだ。滅多に変わらない顔色を真っ青にしている。
かなりな痛みを覚えているはずだ。それでも名を呼ばれた相手は懸命とわかる笑顔を浮かべてきた。
「僕はユリウス団長に謝らなきゃな」
「な、なにを言ってるの。それより血が……血が……」
キキョウは長布を取り出し、ベルの右腕に当てる。無理して矢を射ったため傷が酷くなったのは明白だ。布がたちまちにして血を吸って赤くなっていく。効果に疑問がもたげても、巻く手は止まらない。涙もまた堰き止められない。
聞いて、キキョウちゃん、と呼ばれて顔を上げる。微笑みを満たす顔が優しい声で告白する。
「僕はユリウス団長のために最後まで戦うって決めたのに、結局キキョウちゃんの助けに来ちゃったよ。本当に悪かったなぁ〜、と思っている。行っていいとしてくれた、アルさんやヨシツネに対してもね」
「……ベルのお兄ちゃん」
「でも後悔はしていない。だからもしユリウス団長に生きて会えたら、謝りたいな」
もうキキョウは我慢できない。ベルお兄ちゃん、と抱きついた。その頭をそっと名を呼んだ相手の左手が撫でた。
戦場の真っ只中にあって、ベルもまた幸福だった。だが戦いの最中であることも忘れていない。
助けたニンジャの少年二人が駆け寄ってくるなりだ。
「ハットリ、今すぐユリウス団長の下へ行け。姫様が出陣して危険な状況にあることを報せるんだ」
「でも、もしユリウスが皇弟に迫ってたら……」
「討ち取っても姫様を失っては意味がないんだ。それじゃユリウス団長が幸せになれない。今の僕なら、それがわかる!」
ベルの激しさが、ハットリに微かに過った迷いを吹き払う。わかった、と返事すると共に姿を消していた。
いかなくちゃ、とベルは膝を上げた。抱きついたまま一緒に立ち上がったキキョウが尋ねる。本当はわかっていても訊いてしまう。
「ベルお兄ちゃん、こんな怪我して、どこへ行くつもりなの?」
「姫様は何がなんでも無事に帰さなきゃ。先にアルさんとヨシツネが行っている」
それより……、とベルは続きを口にしかけたところで、キキョウが離れた。サイゾウに並んで、きっぱり告げる。
「あたしたちは、ニンジャ。主人の命令以外は聞きません」
サイゾウも揺るがない同意を顔つきで示してくる。
ベルは降参するしかなかった。二人には離脱を勧めるつもりだったが、先読みされてしまった。何よりベルのほうがキキョウやサイゾウよりずっと酷い負傷だ。救助という観点に立てば戦力が多いに越したことはない。
行こう、とベルは努めて明るく返事して二人を伴って急ぐ。
そして目指す場所へ辿り着けば、絶望を味わった。
背中に矢を突き立てたままアルフォンスが前のめりで倒れ臥している。両膝を着くヨシツネは力尽きた感だ。
肝心のプリムラは背中が真っ赤だ。傍に寄り添うツバキの表情が致命傷を物語っている。
ちっくしょ、とベルは吐き捨てた。ニンジャの二人は主人のプリムラへ向かう。騎兵団の僚友を援護する者は自分しかいない。が、諦めたりしない。もはや動けないアルフォンスにトドメを刺そうとする帝国兵へ矢を構える。放つ分だけ右腕が激痛と共に駄目になっていくなど百も承知で矢を射つ、射ち続ける。
アルフォンスに群がる帝国兵を排除して辿り着けば、ベルは必死に呼ぶ。アルさん、アルさん! けれども応答はない。
新たな帝国兵が押し寄せてきた。
ちっと舌打ちして、腰の矢筒へ右手を伸ばす。
つかめなかった。
痛みすら通り越して、感覚がなくなっている。思うように指先が動かない。
なれば愛用の弓それ自体を剣同様に扱う。ドワーフの名匠によって製作されていれば、刃だって受け止められる。殺傷能力だってある。
勝ちがない今、足掻くだけなら、これで充分だ。
敵の剣が振り下ろされてくる。前方は打ち払った。けれども人数は向こうが圧倒的だ。後方に気配を感じていても、対応しきれない。
やられた、と思った。
苦鳴が飛び込んできた。優れた聴覚が投擲されて刺さる音を拾う。背後の帝国兵は手裏剣によって倒されたと想像がつく。
「キキョウちゃん、どうして。ニンジャなんだから姫様のそばに……」
振り返りざまにベルはとがめる。が、キキョウの表情に目を細める。こぼれるような笑みが眩しい。
「あたしも姫様に謝らなくちゃ。主人より好きな人を選んじゃった」
ベルはどうにもならない状況下を理解している。それでも顔が綻んでいくのを抑えられない。
しかも敵兵の怯える声まで聞こえてくる。
人喰い虎だ、と。
それから少し遅れて、別の声も響いてくる。
バケモノだ、と。




