18.漢の、婚約者とだったとの激突・上編(マジです)
黄金の髪をなびかせて馬を駆る姿に、システィアは自覚するほど口許が緩んでしまう。
ユリウスの婚約者が必死になって向かってきている。心中を押し計ればいかほどのものか。最初の婚約者に対し、ざわつく胸を鎮められないのであろう。
その気持ちはよくわかる……。
わかるわけがないじゃない! システィアは急に腹立たしさを覚えた。こちらの動きを見透かしたような突撃だ。戦術上において、してやられていた。
「我らのヴァルキュリアよ。どうかここは我々に任せてお下がりください」
部隊長クラスと思われる中年の騎兵が前へ出てくる。あんな弱い連中などすぐに片付けてきます、とその近くで立つ若い騎兵も勇ましい。
ちょっとシスティアは残念な気分になった。自ら戦場に出てくるなど、なんとも男にトチ狂ったものだ。でも深窓育ちの令嬢ならば珍しい話しではない。貴族と比べものにならない高い身分の王女となれば思い込みはさらに激しくなるか。
愛で強くなったりはしないのよ、とあの王女様に教えてあげられる機会が失われて残念だ。こっちは士官学校で戦場に出るための訓練を受けている。幼そうな見た目が人格を表していそうで、現実を教えてやりたかった。
けれどもせっかく私を守りたいとする騎兵たちの気持ちは無下に出来ない。
凛々しくも穏やかな微笑をもってシスティアは戦闘を託す。
私を慕う大勢の騎兵が阻止に動く。無謀を通り越して浅はかな王女などにかかずらっていられない、関わり合うべきではない。
私を想う騎兵たちなら、と信頼して任せた。
ところが、どういうことだろう。
帝国の陣形が破られた。正確には壁の一箇所を穿つように突破してきた。
王国騎兵団が雪崩れ込んでくれば、システィアは思わず目を見開く。
敵陣の隙や弱点を素早く見抜き、自らの兵を一糸乱れることなく突入させる。見事な采配がなければ可能することではない。
指揮はどう見ても王女がしている。
プリムラという、ユリウスの婚約者が。
ぎりっとシスティアは歯軋りをした。
まさかここまでやるとは思わなかった。戦闘指揮の腕は、かなり優秀だ。それは自分が求めて止まなかった理想の姿だ。しかも命を賭しても構わないとする婚約者までいる。
比べて私のほうは……。
システィアの前に展開した帝国兵が次々と斃されていく。戦乙女の守護を胸にと言いながら、王国騎兵に負けている。
プリムラ王女の下に団結した者より引けを取っている。
ヴァルキュリア! とシスティアが乗る馬の横で控えていた騎兵が驚きを発した。なぜなら腰元に差さる剣を抜いたからだ。なにを、と問う間もなく馬が駆け出していく。
システィアは自らプリムラへ向かっていった。
剣を抜き、他を押し退け、振り降ろす。
乱戦の真っ只中へ飛び込み、黄金の髪を抱く頭をかち割ってやるつもりだ。士官学校で剣の教練は受けている。王族の温室育ちなど一刀で斬り伏せられるはずだった。
鈍い剣の激突音が立つ。
互いの刀身が弾かれるのも、すぐだった。
「……王女様、意外に腕力があるのね」
意外でシスティアは動揺を隠せない。
戦いの最中にも関わらず、プリムラはにっこりした。
「ずっとユリウスさまの隣りで戦うことを夢見てきましたから。でもあの方はわたくしを戦わせないよう全力を尽くしてくれました。他人の力なんてぜんぜん必要としない強さで、ずっと守ってくれましたから」
嬉しそうに語ってくる姿が、システィアには眩しい。それによくよく見れば、王女の顔は埃や返り血で汚れている。豪奢な黄金の髪と愛らしい容姿に惑わされていたが、ここまで必死に戦ってきた跡だ。多数でひしめく敵の陣を打ち破ってきていた。
プリムラが婚約者のため必死な姿をシスティアは認めると同時だ。ぞわっと背筋に悪寒が走っていく。
彼女は命がけできている。ここまで敵兵を殺すことさえ辞さず、私の命を取る、ただそれだけを目指してきている。戦場など無縁で生きてきた王女などと侮ってられない。手にした剣はためらいなく敵の、この首へ突き立てるだろう。
帝国侵攻兵団の新たな支柱となりつつ戦乙女を討つために……。
急に自分の命は風前の灯にある気がした。
無意識のうちにシスティアは周囲を見渡す。
陣を突破され不甲斐ないとしていた帝国兵が攻勢をかけていた。
プリムラを囲む王国騎兵は防戦一方だ。剣で払いつつ盾をかざす。時折、甲冑ではなく黒い格好した人影が過ぎる。不明な要因が見え隠れしているものの、反撃は行われていた。
状況を冷静に眺めたら、心が落ち着いてきた。
懸命に剣を振るいながらこっちへ向かって来ようとする彼女を見たら、なんだかだ。とても憐れにもなってきた。
嘲笑ってやりたくなった時、黒い人影が前を横切った。
システィアとプリムラの間にいた帝国兵がいなくなっている。全員が地面に倒れ伏している。
再び視線をかち合わせれば、動くほうはプリムラだった。馬の横腹を蹴り、剣を振り上げる。同じく馬上にある戦乙女へ振り降ろす。
激突した二本の刃は今度こそ離れなかった。
力を込めて押し込む両者が刀身越しに睨み合う。相手の剣をへし折らんと一歩も譲らない気迫で満ちている。
ユリウスとアーゼクスの剣戟を想起させる体勢であった。
ただし騎士団長同士の激突は大陸最強の豪腕を競うのどかさがある。
対して、こちらは感情の交錯を帯びだす。
帝国の戦乙女システィアは口の端を吊り上げて、顔を間近とするプリムラへ投げかけた。
王女、あなたはユリウスの真実を知らない、と。




