16.漢ではなく、その姫の従者も覚悟す(色ぼけもす)
グラジオラス砦門の王国領土側に騎兵団は集う。数は二千足らず。騎兵団の一部隊にしか相当しない規模である。
ただし国の最高位に連なる者が指揮に就く。しかも美しい女性である。愛らしい容貌は頼りなさより、凛と騎乗の姿を際立たせている。何よりも揺らめく黄金の髪がくすんだ光景を照らすように輝いている。
神々しさでは帝国の戦乙女に勝るかもしれない。
まるで女神のようなプリムラが馬上にて剣を掲げる。
「我々の目標は、ただ一つです。ヴァルキュリアと称す帝国のストレリツィ男爵令嬢システィアを討ちます」
敢えて出自と名前を出すことで神格化から降ろす。単なる下級貴族の娘にすぎない。味方の騎兵が抱いているかもしれない敵将への畏怖を取り除く。
姫様……、とツバキは砦門の上から眺めていた。主人の心象操作に、見事ですわ、と本人を前にしていたら伝えていただろう。戦いへ臨む本気が窺える。
本気だけにツバキの不安は募る。
きっとプリムラは果敢に挑む。怖れない姿勢は戦闘の渦中へ飛び込むことを意味する。主人の身を何よりとすれば承服できない。
けれどもずっと長く共にあった。
主人の、プリムラの懸念がわかる、わかってしまう。
ユリウスたちは帝国の総指揮官ウイン皇弟に絞って討って出た。たかが七千の数で四十万の陣形へ挑むなど無茶すぎる。そんな当初の判断は、イザークの論説をハットリから聞かされてから、もしやに変わる。もしかして、やり遂げるかもしれない。
ユリウスらの強さを目の当たりした者ならば希望を抱かずにいられない。
問題はウイン皇弟を討った後だ。指揮官を失った帝国兵団がどう出るか。まずは復讐戦として押し寄せるだろう。ユリウスの騎兵団は敵陣形の最奥まで突き進んでいる。真実の危機は目的を果たしてからかもしれない。
もし開戦当初の状況だったら逃げ出せばいい。復讐の相手を失い兵の熱狂が冷めた帝国兵団は、今後について頭を悩ませなければならなくなる。ともかく巨大すぎる組織をどう立て直すか、本国に問い合わせなければならなくなる。頭を失くした図体がのたうち回るさまを演じるはめへなったはずだ。
ただ現在は砦門の通路が開いてしまっている。帝国兵の復讐は自分らの指揮官を討った騎兵団から、王国領土へ向ける可能性は高い。もしかして戦乙女と名乗る者が亜人と共生する国を討伐しようと扇動するかもしれない。侵攻という本来の目的へ立ち返るかもれない。
気持ちを激らせた兵士が、どれだけ侵略先に無法を働くか。一方的な蹂躙をユリウスは何より忌む。そんなことになるくらいなら帝国の憎悪を一心に受け止めようとするだろう。逃げも隠れもせず迎え討つ。四十万を引き受けようとする。
それで討たれるなら構わないと思ってもおかしくない。
ユリウスが討たれも、プリムラへ私怨に似た感情を抱くウイン皇弟はすでにいない。
王国に対し帝国は引き渡し要求していた異世界人の二人を回収し、今後の献上を約束させられるだろう。戦後の困難は待ち受けているが、少なくともハナナ王国の王族に対する身の危険をだいぶ回避できそうだ。確実とは言えないが、そうなる蓋然性は高い。
自分を捨てて婚約者の無事を願う。麾下とする者たちはそれに付き合うのを良しとする。
はぁー、とツバキは嘆息を吐いた。
主人の身の安全を何よりとしたい。でもプリムラならユリウスの後を追いかねない。追うだろうと思う。積年の想いを長き渡り見てきた。黄金の自毛を使って縫い物をしている姿を目にした際は、さすがにドン引きしたが……。
ツバキ姐、と呼ばれた。
忍び装束の三人が片膝を着いていた。音もなく見事に近づいたサイゾウとハットリにキキョウの三人である。舎弟は待つとした姿勢を取っていた。
ツバキもまたメイド服は脱ぎ捨てている。いつ以来とする、忍びの格好をしていた。今回は戦闘体勢で主人に随行するつもりだ。もはや止める段階はすぎている、戦うしかない。
「いいのね、あなたたち。生きては帰れないわよ」
忍び装束の下へ鎖帷子は身に付けているものの、騎兵と比べてかなり軽装である。とても刀身から守りきれるものではない。だがニンジャが武装兵に対抗するとしたら、身軽さしかない。そして敵の指揮官に迫れる者は、王国騎兵より忍びの者のほうが可能性が高いと考えている。暗殺だって辞さないツバキら四人こそが、帝国の戦乙女に近づけそうだ。首へ刃を立てられればいい。ただし討ち取った直後に敵兵が押し寄せてくるだろう。状況によるが、たぶん死は覚悟しなければならない。
ニンジャがシスティアを討つことは我が身と引き換えになる公算が大きい。
ツバキとしては三人へ命がけな戦いである旨を確認せずにいられない。
「ツバキ姐さん、らしくないよ。覚悟できているよ」
ちょっと寂しそうながらキキョウはきっぱり告げてきた。ベルと一緒は諦めて、プリムラの守護へ就いた。この中では最も葛藤が大きかったはずだ。それが決心した。
姐貴分のツバキは気の毒を感じながらも、やはり頼もしく思う。
本当のところ、プリムラだけでなく皆がとても気がかりだ。慕うユリウスは無論のこと、他の者たちも旅を通してかげがえない人たちになっている。共に敵の暗殺者を撃退していれば、仲間とする気持ちは芽生えている。どうか無事で……。
「まぁ、あいつはどうでもいいですわ」
なにか言った? とキキョウが尋ねてくる。どうやら口に出ていたらしい。
慌ててツバキは「何でもないわ」と返した。頭も二、三度横へ振る。
どうしておちゃらけた男の顔に引きずられるのか。好みのタイプと逆へ位置するようなあいつである。やはり二人だけで戦う経験が複数に渡ったせいか。
そういえば、と思い出す。貴方は素敵だと龍人の青年から真顔で言われた。部族長の息子のエルクウィンが真剣そのもので、面と向かって告白してきた。好みなら絶対こっちだと……。
ツバキ姐さん! とキキョウから強く呼ばれた。
いけない、いけないっ、とツバキは猛省した。大事な時に色ぼけしている場合ではない。
これからは一瞬だって気を抜かない。
突撃! とプリムラの命令が耳に届けばなおさらだった。
過酷な展開がまだとする時点であれば、ニンジャの意気は高かった。




