13.漢、死ぬなと任せる(あと少し……)
勝利の光明が見えてきた。
ユリウスの騎兵団は敵の本営へ迫っていた。帝国が敷く縦列陣形の最後衛まできた。奥で指揮するウイン皇弟まで届きそうな位置へきた。
総指揮官を討ったところで、声高な勝利とはならない。ユリウス以下騎兵の全員が承知している。きっとウイン皇弟の首を上げた時点で、各騎兵団は騎士団長指揮の下、復讐戦へ移行するだろう。現在の七千より数は減っているに違いないユリウスの騎兵団が四十万近い数を相手にする。とても無事にすむとは思えない。
けれど帝国総指揮官は率いる騎兵からの信望は篤くない。当初は高揚して挑んでこようが、少しのきっかけで士気は落ちそうだ。戦いが終盤へ近づけば傭兵は受け取る報酬のことで頭をいっぱいとするだろう。今回は騎兵を上回る数が陣に加わっていれば、戦意喪失の空気が伝播しやすそうだ。
大群ゆえの脆さを内包している。
ユリウスはプリムラの身を案じればウイン皇弟を絶対に討っておきたい。
がむしゃらに帝国の縦陣形の中を突き進んでいく。
もう少しだ、とユリウスだけでなく続く騎兵らも思い始めた頃だった。
何やら嫌な予感が走る。勘が働いたとする段階であるものの、何かが起きている。長く戦場で過ごしてきた者の素早い気配の察知だった。
後方から多くの帝国兵が押し寄せてきていた。騎兵も傭兵も関係ない。怖気づいたり、戦いを避けていたような兵がやる気を出している。
戦乙女のために! 戦乙女の下に! 戦乙女の御心のままに! 悪魔の思想を持つ輩を討つ!
まるで神の名を口にするように叫んで向かってくる。
ちっとヨシツネは舌打ちした。女にイカれてるんじゃねーよ、と嫌悪丸出しで後方へ向く。しょうもない連中としても、攻勢は本物だ。無視できない。
ただでさえ数は少ないが仕方ない。
「吾輩とヨシツネ、ベルで後ろは引き受けるがいいかのぉ」
アルフォンスの提言は的を射ていた。前進は破壊力に優れる大剣のユリウスと長槍のイザークに任せて、後方は残りの三人で引き受ける。これ以上の布陣はないし、これしかないとも言える。
ただし残って食い止める三人が率いる手勢はわずかとした。まさしく命を賭す防御戦となる。
頼んだぞ、と即座にイザークは了解する。
ユリウスは一瞬の間を置いてからだ。
「死ぬなよ、おまえら。絶対に」
絶対などあり得ない戦場で口にしてきた気持ちを理解できない三人ではない。
「団長こそ」「こっちは任せてよ」「婚約者を残して死んではならんのぉ」
ユリウスは特にアルフォンスの言葉が効いた。十年前以上となるが、幼きプリムラのため死闘を演じた際、味方についてくれた。あれがなければ、今こうしていない。
もしかしてアルフォンスがプリムラとの婚約を一番に喜んでくれていたのかもしれない。
ならば……応えるだけだ。
おおっ、とユリウスは威勢よく挙げた。うおぉおおおー、雄叫びを響かせる。
微かに残っていた、かつての同陣営とする遠慮を払い除ける。
大剣が唸れば、元からして容赦などない長槍が鋭く突き出される。
ユリウスの進撃に緩みはない。従う騎兵団の突撃はさらに早さが増してさえいる。
総指揮官ウイン皇弟がいる本営の前面で展開している帝国騎兵団は根を上げそうになっていた。ここは絶対に死守しなければならない。特に騎士団長であれば、突破されたら総指揮官が討たれなくても責任問題は免れない。前回はウイン皇弟の命令ミスであったが、今回は命じられた任務を守れないとなる。やらねばならなかった。
ただ戦乙女の麾下に較べ、従える兵の志気が違う。騎士団長の己の立場を守りたいとする気持ちが透けて見えれば、闘志をみなぎらせるまでいかない。騎兵としての役割りをこなしているにすぎない。
あくまで仕事から出ない相手に、気迫の塊とするユリウスの騎兵団に蹴散らされていくのは当然だった。
帝国側からすれば当てが外れていた。
ある騎士団長が焦燥に駆られるままユリウスの前方へ現れた。第七騎兵団騎士団長フリッツだった。
「ユリウス騎士団長は、それでいいのか。大事な仲間は後方で苦戦しているぞ。助けにいかなくていいのか」
口調は立派だったが、中身が卑劣極まりない。性根が窺い知れる。ユリウスの人の良さを付け込んだ誘導を試みたようだが、ここでは逆効果だ。
「ならば俺は一刻でも早くウインを討つだけだ。あいつらはそのために命懸けで食い止めてくれているぞ」
大剣を振るうユリウスが叫び返す。周囲へ届く大きさであれば、味方の士気を上げる。攻勢は苛烈さを増す。さらに帝国の陣へ喰い込んでいく。
フリッツ騎士団長が背を向けた。ウイン皇弟にお知らせしなければ、と口にしている。誰に聞かせる必要のない理由を大声で発している時点で、後方へ向かう気が知れた。報告という名目の逃亡へ入ろうとしている。
他の騎士団長も集結してこない。
一気にいける! ユリウスとその騎兵団の機運は最高潮とするまで高まった。
突如、聞こえてきた。
エイエイオー! と後方で何度も繰り返されている。
物凄い勢いの勝鬨が聞こえてくる。
多さからして帝国側のものに間違いない。
ユリウスらにすれば不思議でならない。
ここまで派手な勝利の号令を上げるなど、討った相手は余程の大物だ。かなり上の位置に就いている人物だ。
まるでユリウスを討ち果たしたかのような騒ぎであった。
もしかしてアルフォンスかヨシツネかベルが討たれたか。四天と呼ばれるほど名高い勇将を一気に葬ったならば、その可能性はある。
しゅっとユリウスの横に少年が現れた。知悉した気配だったから大剣を繰り出しつつ、「どうした、ハットリ」と尋ねられた。交戦が続く喧しい音のなかで、返答を聞き終えた途端だ。
ぶるぶるユリウスは震え出す。顔だけでなく全身をもって真っ青になる。異変に好機として襲いかかった複数の帝国騎兵がいた。が、怖るべき豪腕の下にことごとく上体と下半身を分けられた。無意識だからこそ、大剣に容赦はない。
ハットリの報告はイザークにも及んだ。聞き終わるなり、ユリウスへ近づき進言した。
撤退しよう、と。




