11.漢、勝利の方程式を聞く(信じるが大事)
ハナナ王国のグラジオラス砦門から出たユリウス率いる騎兵団の人数は七千にも満たない。連日の死闘を鑑みれば、驚異的な損耗率の低さだ。ただ敵の帝国兵団は傭兵の雇用によって数が変わらないに対し、こちらは補充が効かない。逃亡者まで出た王国騎兵団のため騎兵を割くはめにもなっている。
「これはなかなか見られない、壮観な景色だのぉ」
珍しくアルフォンスが真っ先に声を挙げてきた。ふぉっほっほ、と笑ってもくる。
ユリウスたちの前方には、ずらり敵が並ぶ。まさに、ひしめいている。かつてない戦力差による対峙であった。
「これはやりがいありますねぇー」
額へ手をかざすヨシツネに気負いは見られない。本気で張り合いを感じているようだ。聞く者の気を奮い立たせるものがあった。
「そう考えたらミケルとローエンには気の毒なことしちゃったかな」
のんびりとベルが、悪かったとする感じで言う。
ユリウスの騎兵団へ参加したばかりの新兵であれば付き合わせたくない。今回ばかりは、生存の可能性がかなり厳しい。それでも二人は、特にミケルが参戦したいと訴えてきた。指揮官から、いざに備えて自分の婚約者を任せたいとお願いされては引っ込むしかなかった。
戦闘を前に騎兵の間で戦場へ立てて良かったとする雰囲気さえ漂いだしていた。
「おまえたちは何か勘違いしているようだ」
ずいっと前へイザークが出てきた。
せっかく盛り上がってきたところへ水を差す気だろうか。ヨシツネなど警戒心露わとしていた。けっこう空気を読めない我らの副長とする印象を持っている。ここ最近は頓にそう思う。
いいか、とイザークは四天の他三人だけでなく騎兵全員へ向かって伝える。
「今回の戦いは五分以上の率で我々に勝機がある。だから気を入れて欲しい」
そうなのか? とユリウスが驚いている。
「俺としては、皆にこんな不利な戦いをさせて申し訳なく思っていたぞ」
指揮官自ら、あまり勝てるように思っていない節を匂わせてくる。素直だが、普通に考えれば戦闘直前でしていい発言ではない。だが帝国において十三の数字が当てられた騎兵団は忌憚のない意見として好意的に捉える向きがある。
ふっとイザークが軽く微笑む。お得意のキメ顔を作る。オリバーと数名の騎兵が送る視線は熱い。この場にはいない虎使いのグレイが見たら、キモチ悪い、と必ず口にするあの表情だ。
「困ったものだ。指揮官たる者が現状における優位性を自覚していなかったとは。しかも同様に不利と考えている者も多そうだ。私としては冷静に導き出した勝利の方程式を披露せずにはいられない」
「おお、それはすまん。じゃ、教えてくれ」
と、ユリウスが助かるとした返事をしている傍においてであった。
ヨシツネとベルが、ヤバいぞ、と口にしないだけの態度を取ってくる。イザークの顔つきといい、芝居がかった物言いといい、長話ししだす気配が濃厚とくる。普段だって遠慮したいのに、戦い前では気が滅入ってしまう。短くでお願いしますよ、とヨシツネは条件反射で口にしていた。
当然だろう、とイザークが返ってきたから安心した。けれどもすぐに「ヴァルモット王朝が建立する契機となった……」と始めだしたから、ちょちょっと、となった。どう見ても歴史の講義をやる気である。前段を思い切り置くつもりだ。
幸いにも指揮官が正常な判断を下してきた。
「イザークよ。長くならないだろうな。帝国の連中だっていつまでもじっとしているとは限らないぞ」
ユリウスでさえ懸念を表明した。長い付き合いが危険を察知したのだろう。
本人は自覚してくれたようだ。コホンッと気を取り直す、わざとらしい咳払いが行われた。
「皆も充分に承知していると思うが、帝国の失敗は総指揮をウインに任せたことだ」
今や皇弟を呼び捨てるイザークの言に、騎兵たちはうなずく。
「砦門の通路が開いたにも関わらず、連中は攻めてこなかった。ウインが自分の安全を何よりも第一として陣形を組むよう命令したせいだ。この辺りは確認せずとも手に取るように想像がつく」
実際はニンジャを使って確認しているが、そこはイザークだ。士気を高めるほうを優先とする。
「帝国兵の中にはウインの命令に不服を感じている者が多くいるだろう。けれども勝利を確信しているから、不満ながらも大人しく従っているようだ。だがおかげ我々は勝ちへ近づけた」
どういうことだ、とユリウスの問いに、イザークは顎をしゃくった。先には山峡の入り口周辺に展開する帝国兵団の前衛がいる。
「どうやら前面に傭兵を押し出したようだ。これは悪手極まる。なぜなら勝利が確実と思われる中で戦死するほど、傭兵にとってバカらしいことはない」
勝利すれば規定通りだけでなく付加の報酬だってあり得る。けれども死んでは取りっぱぐれだ。生き残れった者たちが掠め取っていく。故人の意向を尊重するような連中ではない。
現在の帝国が傭兵を前面に出す陣形は、傭兵に対する報酬支出を少しで減らすためではないか。そうだとしたら、あまりにせこい。けれどもそう疑いたくなる布陣である。何より傭兵自身が疑っているだろう。
「それに六人で三千で取り囲まれたなか突破した歴史的事実もある。あれも勝利を確信した兵の及び腰が大きな原因だ」
たぶん放っておいたら長くなった講義の一節が披露されてくる。
そしてここが大事だが……、とイザークは力を込めて述べる。
「我々は龍人相手に対等と渡り合える強さがある。ユリウスと私を含めた五人で何百とする敵を打ち破ってきたこともある。臆病者が指揮する人間相手ならば勝利の活路は開けていると考えて然るべきだ」
一斉に騎兵が明るい表情でうなづいている。
うんうん、とユリウスも胸の前で腕を組んで首を落とす動作を繰り返している。さすがのイザークだ、と思っている。
味方の気持ちを昂らせる術に感心しきりだ。
なにせ、どう考えても総指揮官ウイン皇弟のいる場所は最奥である。討ち取るべき目標は四十万の人壁を突破しなければならない。いくら好条件を並べても、やはりこの戦い、無謀極まりない事実は変わらない。
絶望的な戦いだからこそ、イザークの人心掌握術には感服しかなかった。




